第15話 見えない眠りを可視化する
理想とされる睡眠は入眠時間が短く、ノンレム睡眠とレム睡眠が九十分ごとに繰り返され覚醒することなく朝まで眠り、本人が熟睡感を得ることだ。
ノンレム睡眠とレム睡眠はそれぞれ役割が異なり、どちらも重要な働きをしている。一般的にノンレム睡眠は深い眠りと認識されており、この深い眠りについている間に三つの重要な働きをしている。
一つ目が身体の修復。ダメージを受けた箇所に血流が集中することで、栄養や酸素が運ばれ回復を図ってくれる。寝ている間に怪我や傷、筋肉痛や風邪が回復するのはこのためだ。もしノンレム睡眠が取れないと、ダメージを受けた箇所の回復機能は著しく低下する。
二つ目が成長ホルモンの分泌。入眠後一から二時間の間に最も分泌されるといわれており、子どもが成長するためには欠かせない。しかし、この成長ホルモンの分泌は成人にも重要なものであり、細胞修復、代謝・脂肪燃焼、免疫機能の調整などに関係している。また成長ホルモンは筋肉や骨の再構築の働きを促す。
高齢になると筋肉量、骨密度が自然に減るためこの成長ホルモンが分泌されないと、サルコペニアと呼ばれる筋肉減少症や骨粗しょう症のリスクが高まってしまう。それだけでなく、脳の神経修復や安定にも大きくかかわりがあるため、しっかりと成長ホルモンが分泌されれば認知機能の維持や、不安や鬱の軽減にも繋がる。
三つ目が脳の老廃物の排出。脳が活動すると神経細胞からアミロイドβやタンパク質などの老廃物が生まれてしまう。これらを排出する働きがグリンパティックシステムと呼ばれるもので、細胞と細胞の間にできた隙間に脳脊髄液が流れ込み、老廃物を洗い流してくれる。しかし、ノンレム睡眠が取れないとこの機能が正常に作動しなくなるため、老廃物が脳内に蓄積してしまい、認知症や神経変性疾患のリスクが高まってしまうのだ。
若い世代と比べると加齢が進むにつれ睡眠サイクルに変化が生じる。理由としては様々な要因が挙げられるが、体内時計を調整する脳の視交叉上核の働きが弱まるため眠りを誘発するメラトニン分泌が減少し、眠気が起こりにくくなる。また、加齢により深い睡眠をとるために必要な神経細胞、ニューロンの数や機能が減少してしまうのも大きな原因の一つだ。
そして、浅い眠りと言われるレム睡眠は、記憶の整理と定着、感情の調整等を担うため、レム睡眠が十分にとれないと認知機能の低下や、鬱や不安障害といった弊害が生じやすくなってしまう。
高齢者になると転倒リスクが高まり、それを阻止するために介護施設側は骨を折るわけだが、そもそもどうして加齢が進むと転倒リスクが高まるかというと理由は主に二つ挙げられる。
加齢が進むと様々な機能が低下してしまうため、若い頃のようにノンレム睡眠とレム睡眠を繰り返す睡眠は得にくくなる。ノンレム睡眠では筋力や骨の修復をし、レム睡眠では歩行やバランス感覚などの運動記憶の整理と定着を行うが、これらが欠如することで転倒リスクが高まるのだ。
若い人がちょっと躓いたところで転倒しなくて済むのは、体を支えるためのバランス感覚がレム睡眠をとることで正常に機能し、そのバランス感覚を支えるための筋力がノンレム睡眠を取ることによって維持されていると言っても過言ではない。
高齢者でよく見られる睡眠状態としては、不規則性断片睡眠と呼ばれる覚醒と睡眠を頻繁に繰り返す症状、過眠症と呼ばれる夜に寝ているにも関わらず日中も強い眠気に襲われる症状だ。中には、ほんとうか?と疑いたくなるほどほとんど眠れていない方もいる。
そのような睡眠に関する知識をできる限り簡潔に、かみ砕いて説明しながら真壁は最も重要なことを伝えた。
「弊社のバイタルセンサーは医療機器ではないので、あくまでも目安として見てください。睡眠状況、心拍数、呼吸数は五分間の平均をモニターに表示しています」
なぜ五分間の平均なのか、という施設長の質問に真壁は頷きながらできる限り、わかりやすく説明を続けた。
イマココのバイタルセンサーは検知した振動を解析してデータを表示させる仕様になっている。検知する振動の中には当然、人間以外の振動、例えば建物の微弱な揺れ、ベッドの上に置いてある携帯やラジオ、ベッド周りでケアを行う職員の行動など、いわゆる余計な振動が発生する可能性が高く、そういった余分なノイズを除去し、純粋にベッドに横たわっている人の振動だけを抽出し解析することによって、医療機器に引けを取らない精度をだすことが可能となっている。
もちろん医療機器のように一分単位でリアルタイムでデータを表示させることも可能だ。しかし、それを行うと精度が落ちてしまうため、あえて五分の平均を表示させる仕様になっている。そもそも一分単位でバイタルチェックを必要とする人は医療機器を使用した方が良い状態だと言えるだろう。
イマココではデータ分析を軸とした伴走支援を持ち味としているので、データの精度が良ければそれだけ分析結果にも信憑性を持たすことができる。五分平均のバイタルでも徐脈、頻脈の傾向は十分に把握できるため、真壁の説明に施設長だけでなく看護師も納得顔で頷いた。
「長々と説明致しましたが、最初は見守センサーを使うことに慣れて欲しいので、ご利用者様の状態を把握する目的で使用していただければよろしいかと存じます」
真壁は一ヶ月後にメンテナンスもかねて、データ分析の報告書を持って行く日取りを相談し、新規施設への設置作業を終えた。




