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第11話 生きる意味を問う人

「今、部屋に設置したものはなんだ?」

 久保田が興味深げにベッドボードにかけているゲートウェイを指さした。

「見守りセンサーです」

「それはなんだ?」

「ご入居者様の動きを遠隔で把握するためのものです。今、寝ているのか、起きているのか、そういったことが分かりますし、緊急時にはすぐにスタッフの方が駆けつけることができます」

「そこのカーテンレールにつけているものはカメラか?」

「そうです」

「わかった。全部外してくれ」

「えっと…」

 真壁は返答に困った。見守りセンサーの設置を嫌がる入居者は稀にいる。事前に介護職員が入居者に説明をしているはずだが、認知機能が低下している方などは、そもそも記憶にないこともある。真壁のメインの仕事は入居者の生体データを分析することであって、施設で行われる設置作業はお手伝いポジションにしか過ぎない。このような時、荒木ならどのように説明をするのか、考えていると久保田は鼻を鳴らしながら言った。

「無理に生かす必要はない。人間、死ぬときは死ぬ。無駄なことだ」

 その言葉を聞いて、真壁はとっさに言い返してしまった。

「人生に無駄なことはない、と過去の偉人達は言っています。なので、無駄なことは無いと思いますし、無駄かどうか、見方を変えれば無駄ではなくなります」

 久保田はその真壁の言葉に濃くて立派な眉を上げると、じろりと睨んできた。見事な鷲鼻にこれでもか、と言わんばかりのシワが寄っている。一体何を言っているんだ俺は、とその視線にタジタジになりながら真壁は言い返してしまったことに後悔した。

 仕事でセンサーの設置をしに来ているだけだし、俺は介護職員じゃないからこの人と接することはほぼない。だから愛想笑いしてスルーしても良かった。しかし、無駄なことだと想いながら余生を過ごすことは、あまりにも寂しいというか、もったいないと思ってしまったのだ。

 なんと弁明しようかと考えていると、鼻を鳴らしながら久保田が聞いてきた。

「君の仕事はそのセンサーを設置することか?」

「それも業務の内の一つですが、主にご入居者様の生体データを分析しています」

「その仕事にはやりがいはあるのか?」

「あります」

 確信を持って真壁は答えた。この仕事は社会的な意義が非常に大きい。実際に介護施設におけるケアに貢献できている、という自負もある。即答できるくらい、やりがいは十分にあった。

「そうか」

 鷹揚に頷くと男性は言った。

「社会に貢献することも、生産的な何かを生み出すこともできず、こんな箱のような建物の中で、社会に必要とされない余生を送ることになるとは若い頃は思いもしなかった。だが、僕のような高齢者でも、君のやりがいに役に立つかもしれない、というわけだな」

 真壁に問いかける、というより久保田は自分に言い含めるようにつぶやいた。

「ちなみにデータを分析すれば、できる限り良い状態を維持することに役立ちます」

 真壁がそう言うと、久保田は素早く言い返した。

「私はそこまでボケてはいない。ここの施設がどのような性質なものなのかわかっている。自立している高齢者が入る施設ではない、ということくらい理解している。だから無理に生かそうとしなくてもいい。ただ、私のデータとやらが世間の役に立つなら、自由に使ってくれ」

 真壁が、すみません、と言うと、久保田は再び鼻を鳴らした。

「センサーとやらはそのまま置いといていい。ただし、カメラは外してくれ。四六時中、監視されているかと思うと不愉快だ」

「承知いたしました」

 真壁は会釈すると、カメラのコンセントだけ外して部屋を後にした。

 社会に必要とされない余生、という言葉が真壁の心に強く残った。長年住み慣れた家を離れて、知り合いが一人もいない馴染みのないコミュニティに放り込まれる気持は一体どのようなものなのだろうか。

 介護施設に入所した入居者が孤独を感じ、鬱や不安障害を発症するだけでなく、食欲低下や認知機能の低下といった弊害が発生し、認知症の方が見当識障害や不穏行動が増してしまう、ということは長年、データを分析していく中で知識としては知っていた。しかし、入居者から直接話を聞いたのは初めてのことだった。

 有料老人ホームだけでなく、入居設備が整っている介護施設は基本的に一度入所すれば、終の棲家になる。出て行くとしたら病院に入院するか、棺桶に入れられて運ばれていくかのどちらかだ。そのため介護職員はご臨終まで見守る必要性が生じてくる。

 介護保険制度が始まってからまだ数十年しかたっていないが、家族や近所で高齢者の面倒をみる文化から、介護は制度を利用して施設や事業所を活用する時代に急速に変わった。

 今の高齢者は新しく変化した文化の波を、最初に被った第一世代とも言うべきだろう。子どもの頃から働き盛りの頃まで、高齢者は家族や地域で見守ることが当たり前の環境で育ってきた世代からしたら、住んでいた場所から離れて、同じような高齢者を一つの建物に収容されたとあれば、社会に必要とされなくなった、と感じてしまっても無理ないのかもしれない。

 データを分析することで入居者の健康状態が悪化することを防ぐことには貢献できても、生きがいや、やりがいといった精神的な面では貢献できているとは言えない。身体的なアプローチも重要だが、本人が生きがいを感じることが何よりも予防介護に繋がるはずだ、と真壁は最近になって考えるようになった。

 もう少し、データ分析の活用方法を見直そう。そう思いながら、真壁は次の居室でセンサーの設置に取り掛かった。


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