第10話 本に囲まれた人
まずは、センサーを設置していない部屋の写真を撮り、荒木が教えた手順に沿ってセンサーを設置し終わると、ナースコールを除いたセンサーの写真を撮影していく。写真をフォルダーに保存すると、各センサーの動作確認を行い、問題なければ廊下に置いてある未設置のセンサーを取りに行き、次の居室へ向かう。
スムーズにいけば一部屋当たり十五分ほどで設置が終わるため、目標の三十床設置は余裕で終わりそうだ。明日の午後はスタッフ向けの説明会があるため、モニターの準備や不測の事態が発生したことを考慮すると、できれば今日中に全ての設置を終えたい。頭の中で計算を行いながら、真壁は手早く作業を進めた。
十三時になるといったん昼休憩を挟み、黙々と作業を続けていく。
三十二番のシールが貼ってあるセンサー一式を抱えて三丁目二番地の居室の扉を開けると、古本屋のような独特の匂いが漂ってきた。大量の本が置かれている居室内に、真壁は一瞬躊躇すると「失礼します」と大きな声で言って部屋に踏み入れた。
すると机の上に覆いかぶさるようにして本を読んでいる男性がガバッと勢いよく顔をあげ、誰だ?おまえは?といった不審な感情を真壁に向けてきた。
「読書中、申し訳、ございません。見守りセンサーの、設置に参りました。十五分ほどで、終わりますので、お邪魔しても、よろしいでしょうか?」
聞き取りやすいようゆっくりと大きな声で、言葉を区切りながら真壁が話すと男性はムッとしたように言った。
「俺の耳は遠くない。普通に話せば聞こえる」
「失礼致しました」
どうやら気難しい方の部屋に当たってしまったようだ。真壁はなるべく気配を消しながら、読書の邪魔にならないように設置作業を進めた。ベッドが接している壁に『久保田洋一郎さん、八十八歳のお誕生日おめでとうございます!』と手作り感が溢れる色紙が飾られている。見た目より歳をとっていることに軽い驚きを覚え、バイタルセンサーを設置するためにベッドに目を向けると、ベッドの上にも大量に本が置かれていることに気がつき思わず手を止めた。バイタルセンサーを設置するためにはマットレスをめくる必要がある。真壁はため息をつくのを堪えて、今度は普通のテンポで話しかけた。
「すみません、ベッドのマットレスをどかしたいのですが、こちらの本を一時的に移動させてもよろしいでしょうか?」
古びた本に視線を落としていた久保田は一瞥すると、ゆっくりとした動作で立ち上がり、これまたゆっくりした動作でベッドの上に置いてある本を机の上に移動させた。勝手に触っていいものか迷った挙句、「手伝います」と言って、日に焼けた本を真壁も机の上に移動させていく。
夏目漱石、太宰治、島崎藤村、森鴎外、三島由紀夫など、近代文学史に必ずと言っていいほど名前が挙がる有名な著書がどんどん机の上に積み重なっていく。
「すみません、ありがとうございます」
本の移動が終わると、手早くセンサーを設置し、写真を撮って動作確認をした。
「終わりました。この本、元の場所に戻しますね」
無言で見つめてくる久保田に軽く会釈すると、記憶をたどりながら元の場所に本を移動していく。興味深げに見てくる久保田と目が合って、真壁は思わず手に持っていた本の表紙を見せながら言った。
「私もこの本、読んだことがあります」
「読書が好きなのか?」
「はい、わりと」
そう答えると真壁は、手元にあるしみだらけの菊池寛の『恩讐の彼方に』の表紙に目を落とした。何度も繰り返し読まれたであろう形跡が残っている。




