34. 運命の人(ある意味ガチ)
34. 運命の人(ある意味ガチ)
帰り道の、夕日に染まる歩道。
「ねえねえセンセ。私がいない間、先生と何話してたの? 私の悪口?」
「……別に。お前が最近、レポートも溜めずに真面目にやってるって聞いたから、褒めてやっただけだ」
オレが疲労困憊でため息をつきながら答えると、柚葉はオレの顔を横から覗き込み、ニヤニヤと小悪魔な笑みを浮かべた。
「ふーん?本当にそれだけ?センセ、なんか顔赤いよ?」
「……っ!お前なぁ、先生に『運命の人』とか『結婚式に呼ぶ』とか、適当なホラ吹いてんじゃねえよ!」
オレが耐えきれずに怒鳴ると、柚葉は「あーっ!」とわざとらしく口元を押さえた。
「先生、言っちゃったんだ!内緒って言ったのにー!……でも、ホラじゃないもん。私にとっては、どん底から引っ張り上げてくれた正真正銘の『運命の人』だし」
柚葉は一歩前に出て、オレに向かってくるりと振り返った。
「ねえ、『叔父さん』? 私の彼氏、すっごくいい人でしょ?」
「……うるせえ。オレはお前のコーチだ。彼氏でも婚約者でもねえ」
オレが呆れたように言い捨てると、柚葉はニヤニヤと口角を吊り上げ、とんでもない爆弾を投げ込んできた。
「あ、セフレがいいんだw」
「ヤってねぇだろ!!」
夕暮れの歩道に、オレの悲痛な叫び声が響き渡る。すれ違った散歩中のおばあちゃんが、ギョッとした顔でこちらを振り返った。
「ばっ……お前、外でなんてこと口走ってんだ!冤罪どころか事案になるだろ!」
「えへへ、今はねw」
「この先もな!!」
からかってケラケラと笑う柚葉に、オレは胃を抱えて本気で怒鳴る。だが、柚葉は全く反省する様子もなく、オレのスーツの袖を引っ張って前を歩き出した。
「あ!センセ、クレープ!私、チョコバナナ生クリーム食べたい!今日、面談で褒められたご褒美!」
「……お前なぁ、さっきあんな爆弾発言落としておいて、どの口がご褒美とか言ってんだ」
「えへへー。叔父さん、買ってー?」
周囲の痛い視線から逃れるためにも、オレはこれ以上騒がれる前に彼女の口を物理的に塞ぐことを決意し、ため息をつきながら財布を取り出した。
ネイビーのスーツを着た成人男性が、制服姿の女子高生にクレープを買い与えている図。さっきの「パパ活」疑惑が現実のものとして周囲の目に映っている気がして、オレは居心地の悪さに背中を丸めた。
「ん〜っ、甘くて美味しい!センセも一口食べる?」
「いらん。口の周りにクリームついてるぞ。……ほら」
オレがポケットからハンカチを出し、柚葉の口元を無造作に拭ってやると、彼女は嬉しそうに目を細めた。
「センセって、ホントお母さんみたいだよね」
そう言ってへにゃりと笑った後。柚葉はふと真面目な顔になり、手元のクレープから、夕日に染まる長い影へと視線を落とした。
「……ねえ、センセ。さっき先生に言った『運命の人』ってやつ、半分はからかいだけど……半分は、本気だからね」
「あ?」
「だってセンセ、ただのゲームのコーチなのに、今日わざわざ慣れないスーツ着て、私の学校の面談にまで来てくれたじゃん」
「……それは、社長からの業務命令だからだ」
「でも、私の学校でのこと、先生からすっごく真剣に聞いてくれてたでしょ。……ゲームの時と同じ。ダメな時はボロクソに怒って、ちゃんとできたら今日みたいにクレープ買ってくれて」
柚葉は立ち止まり、真っ直ぐにオレの目を見つめた。夕日の逆光に照らされたその瞳には、いつもの小悪魔な色も、かつての虚ろな色も微塵もない。
「私の家柄とか、ただの子供だとか、そんなの全部関係なく……私を一人の人間、『小鳥遊柚葉』として、真正面から真っ直ぐ見てくれてる。私の弱いところも全部わかった上で、絶対に見捨てずに隣に立ってくれてる」
「……」
「だから、センセは私の運命の人。私を一人ぼっちから引っぱり出してくれた、たった一人の軍師様だよ」
そう言って微笑む彼女の顔は、16歳の少女の純粋さと、自分を認めてくれた相手への絶対的な信頼が入り混じった、ひどく綺麗で、どうしようもなく目を奪われるものだった。
オレは言葉に詰まり、誤魔化すようにスーツのネクタイを少し緩めて、わざとらしく息を吐き出した。
「……買い被りすぎだ。オレはお前に、ただの『勝ち方』を叩き込んでるだけの無職だ」
「ふふっ。素直じゃないなぁ。あ、大会の必勝祈願も兼ねて、今日は私が夕飯作ろうかな!」
「は?お前、料理なんてできるのかよ。お前がキッチンに立ってんのほとんど見たことないぞ」
疑いの目を向けるオレに、柚葉は「えっへん」と得意げに胸を張った。
「味や見た目は保証しないけど、愛だけはたっぷり籠ってるよw」
「……一番いらない調味料だな。毒味させられて腹壊したら、大会どころじゃなくなる」
オレが呆れてため息をつくと、柚葉は「むーっ」と頬を膨らませた。だが、その拗ねた顔のおでこを、オレは指先で軽く小突いた。
「……仕方ねえ。じゃあ、一緒に作るか」
「えっ?」
「オレがIGL(指揮)してやる。その代わり、一つでも工程が間違ってたら容赦なくデコピンだからな」
そう告げると、柚葉はパッと顔を輝かせ、嬉しそうに破顔した。
「えーっ!?料理でもスパルタなの!? ……でも、ふふっ、オッケー!センセの完璧なロジックで、世界一美味しいご飯作ろっか!」
夕日の中で笑うその姿は、オレが教え込んだ『ロジック』の成果以上に、誇らしく、眩しかった。
「ほら、さっさと帰るぞ。スーパー寄って食材買うからな」
「うんっ!あ、私の好物のお肉ね!」
他愛のない言い合いをしながら、オレたちは並んで歩き出す。夕暮れの街に溶けていく二人の影は、以前よりもずっと自然に、近い距離で重なっていた。
いよいよ、彼女のすべてを懸けた『Frontline Cup』が幕を開けようとしていた。




