28. 最悪の目眩まし
28. 最悪の目眩まし
「はいはい、次はイニシエーターね。フラッシュ(閃光弾)投げて敵の目を潰せばいいんでしょ?これこそ一番簡単じゃない?」
深夜四時。
疲労で少し目がトロンとしてきた柚葉だったが、壁を貫通するフラッシュやスタンを操る攻撃型イニシエーター『Hound』のスキル説明を読んで、再び調子を取り戻していた。
「ストライカーみたいに自分から突っ込んで死ぬ恐怖もないし、コントローラーみたいに1ミリのズレでモクが敵の盾になることもない。ただ敵がいそうな場所にピカッて光るヤツをポイポイ投げ込めば、あとは味方が勝手に倒してくれる。……なーんだ、超ゆとりロールじゃん!」
ふははっ、と悪役のような笑い声をあげる柚葉。オレはその後ろで、空になったコーヒーの缶をゴミ箱に放り投げながら、冷ややかに宣告した。
「……お前、次ラウンドで絶対に味方から『大戦犯』扱いされるぞ」
「はぁ?センセ、私のこと舐めすぎ!見てなさい、開幕で敵の目をガッツリ潰して、味方にフリーキルをプレゼントしてあげるから!」
『――ラウンド、スタート!』
障壁が解除されると同時、味方のストライカー(Lion)が、Aサイトのメイン通路を駆け上がっていく。
「よし!味方が行く前に、あの角の奥にフラッシュを投げ込んで……えいっ!」
柚葉はドヤ顔で、壁を貫通する強烈なフラッシュバンを放った。
『ピィィィンッ!!』という甲高い破裂音とともに、通路の奥で太陽のような閃光が弾ける。
「完璧!さあ味方さん、目隠しした敵をボコボコに――」
『――ダダダンッ!』
だが、画面に表示されたのは、またしても味方Lionの無残なデス通知だった。
「ええっ!?なんで!?今絶対フラッシュ入ってたのに!!」
「入ってたさ。……『味方』にな」
「へ?」
オレが呆れた声で言うと、画面左下のテキストチャット欄が、激怒した味方のメッセージで埋め尽くされた。
『目がァァァッ!』
『おいHound!!今、俺が飛び込むタイミングだっただろ!!』
『最悪のチームフラッシュだわ。前見えねえのに出ちゃって死んだじゃん! トロールおつ!!』
「な、ななな……」
柚葉は顔面を蒼白にさせ、ガタガタと震え出した。
「味方を……目隠し、した……?」
「そうだ。お前が何の声かけもなしに、適当なタイミングでフラッシュを投げたせいで、ちょうど角から飛び出そうとしていた味方のストライカーがモロに閃光を食らったんだよ」
オレは柚葉の肩をガシッと掴み、モニターを指差した。
「いいか、フラッシュの仕様をよく考えろ。壁を抜けて光るってことは、壁の『手前』にいる味方には影響がない。だが、味方が角を曲がって『壁の向こう側(敵の射線)』に出た瞬間に光ったらどうなる?」
「えっと……味方と敵、両方の目が潰れる……」
「その通りだ。ストライカーが死ぬ気で飛び込もうと覚悟を決めたその瞬間に、後ろの安全地帯にいる味方から目隠しをされて、クロスファイアの死地に放り出される。これ以上の絶望と殺意があるか?」
「っ……!!」
「お前、さっき自分でストライカー(Lion)をやったから分かるだろ?もし自分が決死のエントリーをする瞬間に、味方にフラッシュをぶつけられて丸腰で死んだらどう思う?」
「……パソコン、叩き割るかも……」
柚葉は涙目で、心底申し訳なさそうに画面のチャット欄を見つめた。
「イニシエーター(起点作成枠)のフラッシュは、ただ敵のいそうな場所に投げればいいってもんじゃない。ストライカーが『今から角を出る!』という呼吸に、コンマ一秒のズレもなく『合わせる』のが仕事だ。味方の背中を押し、敵がこちらを向いた瞬間にだけピカッと光る。その究極の連携ができて初めて、イニシエーターは盤面の『起点』になるんだ」
「……呼吸を、合わせる」
「そうだ。お前はさっき『ゆとりロール』だと言ったな。冗談じゃない。味方の動きを誰よりも観察し、味方が一番欲しいタイミングでサポートスキルをぶち込む。他人の心のタイミングを完全に読む、一番空気を読まなきゃいけないロールだ」
オレの説教に、柚葉はギュッとマウスを握り直した。そして、マイクのミュートを解除し、さっき自分が殺してしまった味方のストライカーに向かって、震える声でコールした。
『ご、ごめんなさい!今の私のミスです……!次のラウンド、絶対にタイミング合わせるから、もう一回私を信じて飛んでくれませんか……!?』
必死の謝罪。
数秒の沈黙の後、味方のLionから『……分かった。俺がカウントダウンするから、それに合わせて出せ』と、ぶっきらぼうだが頼もしい返事が返ってきた。
「センセ。私、絶対に合わせる。味方のエントリーを最高のお膳立てで飾ってみせる」
「ああ、やってこい。ストライカーの恐怖を知ったお前になら、味方が飛び込む『一番欲しいタイミング』が分かるはずだ」
次のラウンド。
再びAメインの入り口。柚葉は壁の裏に隠れ、フラッシュのスキルを構えたまま、じっと味方Lionの動きに全神経を集中させた。
ただ投げるんじゃない。Lionが前進する速度、角までの距離、そして彼が『撃ち合いたい』と思っているであろう奥の遮蔽物を予測する。
Lionが角のギリギリに立ち、敵陣を見据える。
『行くぞ。3、2、1……今だ!』
「フラッシュ、入れますっ!!」
味方のコールと同時、柚葉は完璧なタイミングで壁越しにフラッシュを放った。Lionが角から飛び出す『コンマ一秒前』に、フラッシュが敵陣の空中で破裂する。
『ピィィィンッ!!』
敵の目が完全に潰れたその直後、Lionがサイトへとなだれ込んだ。視界を奪われ、腕で顔を覆って立ち尽くす敵のアタッカーとスナイパー。Lionは被弾することなく、完全に無防備な敵を次々と撃ち抜いていく。
『――DOUBLE KILL!』
『ナイスフラッシュ! 完璧だ!!』
味方のLionから、興奮した声で最大の賛辞が飛んできた。
「やった……!私が投げたフラッシュで、味方が無傷で二キル取った……!!」
柚葉は顔を紅潮させ、キーボードから手を離して両手でガッツポーズをした。自分が直接キルを取ったわけではない。だが、自分のスキルが味方のキルを『100%お膳立て』したこの瞬間は、何にも代えがたい圧倒的な万能感があった。
「どうだ、イニシエーターの仕事は」
「……最高。なんか、自分が弾を一発も撃ってないのに、味方を操って敵を倒したみたい。……これ、めちゃくちゃ気持ちいい……!」
「それが『戦術』の快感だ」
オレは満足げに笑う柚葉の頭を、ポンポンと軽く叩いた。
「ストライカーが恐怖と戦い、コントローラーが射線を切り、イニシエーターが完璧な起点を作る。……この3つのロールの『視点』と『苦悩』を理解できたなら、次はいよいよ守りの要だ」
「守りの要……」
「ああ。『センチネル(遅延枠)』。たった一人でエリアを死守し、敵のヘイトを一身に背負う、最も孤独で陰湿なロールだ」
オレの言葉に、柚葉はゴクリと生唾を飲み込んだ。
時計の針は午前五時を回ろうとしている。夜明け前のタワーマンションで、IGL(指揮官)覚醒のための過酷なロール・ジャーニーは、いよいよ終盤戦へと突入していく。




