27. 味方を殺す『トロール』の責任
27. 味方を殺す『トロール』の責任
「まぁ、コントローラーなんて、要は敵の射線を隠せばいいだけでしょ?ストライカーみたいに自分から死地に飛び込まなくていいなら、気楽なもんじゃん!」
ストライカー(突撃枠)の地獄の特訓を終え、次に攻撃型コントローラー『Bat』を選んだ柚葉は、すっかり余裕の表情を取り戻していた。
Batの固有スキルは、ミニマップを開いて任意の場所に球状の煙幕を落とすこと。最前線での直接的なエイム(撃ち合い)がいらないこの能力に、柚葉は完全に油断しきっていた。
「よーし、ラウンドスタート!ミニマップ開いてっと……敵が来そうなAメインと、中央と、ついでにBの入り口にも!えいっ、えいっ、えいっ!」
柚葉は鼻歌交じりにマップを適当にクリックし、味方が進行するありとあらゆる通路に、ぽんぽんと気前よくモクを配置した。
「ふふん!これで敵はどこからも覗けない! 完璧な鉄壁の守り——」
『――ダダダンッ!』
『パーン!』
『――うわあっ!?』
柚葉がドヤ顔をした直後。
画面の左上に、味方のストライカーとスナイパーのデス(死亡)通知が立て続けに表示された。
「えっ!?」
慌てて前線の様子を見ると、柚葉が炊いたモクの中から、ショットガンやサブマシンガンを持った敵のアタッカーが至近距離で飛び出し、味方を一方的に蹂躙していた。
直後、画面左下のテキストチャット欄が、味方からの怒りのメッセージで埋め尽くされる。
『見えねぇ!撃たれた!』
『おいBat、トロール(荒らし)野郎か!?』
『なんで味方が見たい場所にモク炊いてんだよ!利敵!ふざけんな!』
「な、なんで!? ちゃんと敵が来る入り口を塞いであげたのに!!」
パニックになって叫ぶ柚葉の頭を、後ろで見ていたオレは丸めたノートでスパーン!と叩いた。
「いったぁっ!?」
「炊きすぎだバカ。……お前、自分のモクで『味方の視界』まで全部奪ってどうする」
オレは呆れ果てて、モニターを指差した。
「いいか。タクティカルシューターにおけるモク(煙幕)は、ただの『壁』じゃない。視界が通らないということは、敵にとっては、安全にこちらの懐まで距離を詰めるための『隠れ蓑』にもなるんだよ」
「隠れ蓑……」
「さっきの場面。味方のスナイパーは、遠距離から長い通路を覗き込んで、敵が来るのを待ち構えていた。それなのに、お前がその通路のど真ん中に適当にモクを炊いたせいで、味方のスナイパーの射線は完全に遮られた。結果、近距離戦が得意な敵のアタッカーに、モクを利用して安全に接近されたんだよ」
オレの冷徹な解説に、柚葉の顔からスッと血の気が引いていく。
「それに、お前のモクの置き方も致命的に『雑』だ。Bの入り口に炊いたモク、通路の出口より少し手前にはみ出して炊いただろ?」
「う、うん。隙間から見えないようにって思って……」
「それが最悪だ。手前にはみ出したモクは、敵からすれば『モクの中から一方的に外の様子を伺える空間』になる。自分たちの身体は隠しつつ、モクに近づいてくる味方の足先や銃口を先に見つけることができる『ワンウェイ(一方通行)スモーク』になってるんだよ」
「うそ……私のモクが、敵の盾になってた……?」
「そうだ。お前が『適当にクリックしただけ』のそのスキルが、味方が有利に戦えるはずだったエリアをぶち壊し、味方を処刑場に送り込んだんだ」
オレの言葉に、柚葉はマウスを握る手をガタガタと震わせた。撃ち合いで負けたのならまだいい。だが、自分が味方を守るために使ったはずのスキルが、結果的に味方を『皆殺し』にし、あまつさえ味方から「トロール(味方殺しの荒らし)」とまで罵倒された事実は、前衛でただ撃ち負けるのとは全く違うベクトルの重圧だった。
「コントローラーのモクは、盤面の地形そのものを書き換える。だからこそ、1ミリのズレも、1秒のタイミングの狂いも許されない。……お前の雑な操作ひとつで、味方の命が簡単に消え飛ぶんだ。気楽なロールなんて、このゲームには一つも存在しないからな?」
柚葉はギュッと唇を噛み締め、両手で自分の頬をパーン!と強く叩いた。チャット欄ではまだ味方が「Batふざけんな」と怒っているが、柚葉は逃げずに画面を真っ直ぐに見据えた。
「……もう一回」
「ん?」
「もう一回、Batやらせて!もう適当になんて炊かない。絶対に、1ミリのズレもない完璧なモク置いて、味方を勝たせてみせる……!!」
目に涙を浮かべながらも、その瞳にはゲーマーとしての強烈な意地と、IGLとしての強烈な『責任感』が燃えていた。
「……よし、その意気だ。次のラウンド、Bサイトのロング通路。あそこは敵のスナイパーが絶対に覗きに来る。味方のエントリーに合わせて、お前のモクで、あの凶悪な射線をピンポイントでへし折ってこい」
「うんっ!」
次のマッチ。
Bサイトへの侵攻直前、柚葉は極限の集中力でミニマップと実際の3D空間の視界をリンクさせた。
ただ適当にクリックするのではない。味方がどこを見たいのか、敵の視界をどう塞げば一番有利になるのか、そして「はみ出さないミリ単位の座標」を死に物狂いで計算する。
『――Bat、スモーク行きます!』
柚葉が放った漆黒の球体が、Bロングの敵陣入り口に展開される。先ほどのような手前へのはみ出しは一切ない。壁のラインと完璧に同化し、敵側からは一切の隙間が見えず、逆に出てこようとすれば身体が先に露出する、幾何学的に美しい『完璧なスモーク』。
『ナイススモーク!』
『射線切れてる、行くぞ!』
さっきまで怒っていた味方のストライカーたちが、柚葉の作った完璧な壁を背にして、一気にサイト内へと雪崩れ込む。
定点防衛をしていた敵のスナイパーは、視界を完全に奪われたことでワンピックのチャンスを失い、たまらず後退していった。
「よし! 射線、完璧に潰した!」
「上出来だ。お前の慎重な1クリックが、敵のスナイパーを無力化し、味方全員の命を救う『道』を作った。……これが、盤面の地形を支配する『コントローラー』の絶大な影響力だ」
サイトの制圧を知らせるアラートが鳴り響き、ラウンド勝利の文字が浮かび上がる。
柚葉は「はぁぁぁ……っ」と、これまでにないほど長いため息を吐き出し、キーボードの上で突っ伏した。
「……疲れた。コントローラー、エイムより神経すり減る……。毎ラウンド、こんなミリ単位の仕事と責任を背負わされてたの……?」
「そうだ。目立たないが、彼らがいなければどんな作戦も1秒で崩壊する。お前がOwl(指揮官)に戻った時、味方のコントローラーが『どこにどんな意図で見えない壁を作ってくれるのか』を理解できれば、お前の罠の精度は格段に跳ね上がるぞ」
「……うん。私、もう二度と『適当でいいでしょ』なんて言わない。コントローラーは盤面のお母さんだよ……」
柚葉は心からの敬意を込めて、モニターに向かって深く手を合わせた。
「さて、ストライカーとコントローラーの視点はこれでインストール完了だ。盤面解像度が上がってきたな」
「……センセ。今日はもう良くない?」
「ダメだ。休んでる暇はないぞ。次は『イニシエーター(妨害枠)』だ。ただフラッシュを投げるだけじゃない、味方のストライカーと完璧にタイミングを合わせる『起点作り』の地獄を味わってもらう」
「鬼!悪魔!厄介オタク!私まだ高校生なんですけど!労働基準法違反!!」
深夜三時。
情けない無職の軍師による、未来のIGL(指揮官)を育成するためのスパルタ特訓は、まだまだ終わる気配がなかった。




