25. シルバー帯の停滞
25. シルバー帯の停滞
『――DEFEAT』
深夜一時のタワーマンション。画面に浮かび上がった無情な敗北の文字を前に、柚葉は「ああっ、もう!!」と声を荒らげ、マウスから手を離してデスクに突っ伏した。
「なんで!?今のラウンド、私の索敵ドローンも定点スキルも完璧に入ってたじゃん!なんで味方のストライカー(突撃枠)は、あそこで撃ち負けるの!?」
シルバー2に上がった柚葉は順調に勝ち続け、シルバー1まで到達したのだが、ランクポイントはピタリと停滞してしまった。勝っては負け、勝っては負けの繰り返し。俗に言う『沼』だ。なかなか上手くいかないことに柚葉はイライラしている。
「……味方のせいにすんなって、前にも言っただろ」
すぐ後ろのソファで、缶コーヒーを飲みながら柚葉のプレイ画面を見ていたオレは、静かにそう窘めた。
「だって!私はちゃんと敵の目を潰して、一番有利なタイミングで『入れ!』ってコールしたのに! 味方がビビってエントリー(突入)を躊躇したせいで、カバーが遅れて全部台無しになったんだよ!?」
「ああ、そうだな。お前の盤面構築とコールのタイミングは、理論上は完璧だった。……神の視点(俯瞰)で見ればな」
「だったら――」
「だが、お前は『他のロール(役割)』のことが、全くわかっていない」
オレの冷ややかな指摘に、柚葉はビクッと肩を震わせ、振り返った。
「他の、ロール……?」
「お前がずっと使っている『Owl』ってキャラは、後方から情報を取って盤面をコントロールするロケーター(情報枠)だ。安全な場所からマップ全体を見下ろして、チェスみたいに味方を動かすのが仕事。……だが、最前線でサイト(拠点)に飛び込むストライカーの視点は、チェスの駒じゃない。ヘッドショット一発で沈む、生身の人間だ」
オレは立ち上がり、柚葉のモニターを指差した。
「さっきの場面。お前のスキルで敵の目は潰れていたが、ストライカーが突入する通路には、まだ敵のクロスファイア(十字砲火)の射線が残る可能性があった。……お前、自分が先頭でそこに飛び込む時の『恐怖』を、ちゃんと計算に入れて指示を出したか?」
「恐怖……」
「お前のIGL(指揮)は、盤面を『上から』見下ろすことばかり上手くなって、実際にその盤面を走る味方の気持ち(視点)が抜け落ちてるんだよ。恐怖で足がすくんでいる味方に『行け』と命令しても、コンマ数秒の遅れが出る。その遅れが、この辺りのランク帯から命取りになる」
図星を突かれたのか、柚葉は悔しそうに唇を噛み締め、俯いた。
「じゃあ……どうすればいいの。私、どうやったらストライカーの気持ちなんて……」
「簡単だ」
オレは柚葉の頭に手をポンと置き、ニヤリと笑った。
「味方の恐怖を知りたければ、お前自身が『死にに行く』しかない。お前は一旦、得意のロケーター(Owl)を封印しろ。代わりに、一番強引に最前線をこじ開ける攻撃型のストライカーを選んで、味方のために死ぬ気でエントリーし続けろ」
オレの無慈悲な宣告に、柚葉は「ええっ!?」と半泣きになりながら、キャラクターの選択画面を開いた。
そして、マウスのカーソルを渋々動かし、ゴリゴリの戦闘狂キャラクターである『Lion』――獅子の意匠が施された重厚なアーマーを着込み、空中ダッシュで敵陣に突っ込む筋骨隆々の大男のアイコンの上で止めた。
カチッ、と選択音が鳴る。
だが、柚葉はそのままエントリーボタンを押さず、不満げに頬を限界まで膨らませてオレを振り返った。
「……ねえ、センセ」
「なんだよ。覚悟決まったか?」
「私、このキャラクター可愛くないからヤダ。なんか汗臭そうだし、ゴツいし。一人称視点の腕がムキムキすぎて画面が見づらい」
「お前な……シビアなタクティカルシューターに可愛さなんか求めてどうすんだよ! あの空中ダッシュの性能(エントリー力)で選べ!」
オレが盛大なため息をつくと、柚葉は画面に映る自分の持ちキャラ『Owl』の立ち絵を指差した。
「だってテンション上がらないもん。私のOwlちゃんは、金髪でちょっとミステリアスな美少女なのに」
そう言って、柚葉はふと画面のOwlと、モニターに反射した自分の顔を見比べた。
「……ていうか、よく見たらOwlちゃんって、私になんとなく雰囲気似てるよね。髪の色とか、ちょっと生意気そうな目つきとか」
オレは、缶コーヒーを持った手をピタリと止めた。確かに、言われてみれば似ている。オレが愛用しているメインキャラクターのOwlは、生意気な金髪の少女というデザインで、今の柚葉の雰囲気にどこか重なる部分があった。
(……いや、たまたまだ。オレは純粋に、あの罠と索敵のスキル構成がプレイスタイルに合ってたから選んだだけであって……というか、オレが使ってた時はコイツのこと知らねぇし!)
オレが内心で必死に自己弁護していると、柚葉はニヤニヤと口角を吊り上げ、とんでもないことを言い出した。
「もしかして……Architectって、こういう娘がタイプなのかな?だからずっとOwlちゃん使ってるのかも。えへへ、じゃあ私、Architectのドンピシャの性癖ってことじゃん!」
「は!?」
オレの口から、素っ頓狂な声が漏れた。
「だ、断じて外見とかじゃない!違うだろ!あいつは盤面をコントロールするための『スキル構成』が一番優秀だったから選んだんだよ!」
「……え?なんでセンセが急に顔赤くして怒ってんの?」
柚葉が、きょとんとした顔でオレを見上げてくる。オレは自分が盛大に墓穴を掘りかけていることに気づき、慌てて咳払いをした。
「え。そ、それは……オレが尊敬するArchitectに失礼だからだろ!あいつは女の見た目でキャラを選ぶような、そんな不純なプレイスタイルで頂点に立ったやつじゃない!」
オレの必死すぎる弁明を聞いた柚葉は、半目になってオレをジトッと見つめた後、心底呆れたような、同情するような声を出した。
「……センセ。それは、解釈違いにキレる『厄介オタク』すぎんだけど」
「う、うるせえ!!」
図星を突かれたオレは、顔から火が出るほどの羞恥心に襲われた。自分のプレイスタイルを「好みの女のタイプ」だとイジられ、それを全否定しようとした結果、ただの『推しの純潔を守ろうとする痛い同担ファン』になってしまったのだ。
「あははっ! センセ、Architectのこと好きすぎでしょ!同担拒否のガチ恋勢みたいでキモいよ!嫉妬してるの?大丈夫だよ、私が一番好きなのは『センセの』ロジックなんだから」
「嫉妬じゃねえ!いいから、さっさとそのむさ苦しいおっさん(Lion)でマッチング回せ!ビビって後ろでモタモタしてたら、電源落とすからな!」
オレが顔を真っ赤にして怒鳴って誤魔化すと、柚葉は「はーい、厄介オタクのセンセw」とケラケラ笑いながら、Lionでのマッチング開始ボタンをターンッ!と叩いた。
こうして。
オレの無駄なダメージと引き換えに、柚葉の未知なる『ストライカー(突撃枠)』へ特訓が、ドタバタと幕を開けたのだった。




