24. 盤面を支配する『目』
24. 盤面を支配する『目』
「……ああっ! もう、なんで今カバー来てくれないの! 私が『Owl』で索敵入れて、敵のヘイト(注目)を全部買ってたのに!」
深夜二時のタワーマンション。リビングに柚葉の悔しそうな声と、マウスをバンッと机に叩きつける音が響いた。
大会エントリーの条件である『ゴールドランク』到達を目指す、地獄の特訓が始まって5日目。柚葉は今、FPSプレイヤーなら誰もが一度は陥る、絶望的な『沼』にハマっていた。
「落ち着け。味方のせいにした時点で、お前の成長は止まっているぞ」
「だって!私、Architectの動画の通りにドローンを流して、完璧なタイミングで勝負したのに……!味方のWolfがずっと後ろで芋ってる(隠れている)んだもん!」
柚葉は涙目でオレを振り返り、唇を噛み締めた。その気持ちは痛いほどわかる。彼女はオレの教えた『定点』を必死に暗記し、頭ではセオリー通りの動きを理解し始めている。だが、その「セオリー」こそが、今の彼女を沼に引きずり込んでいる原因だった。
「……柚葉。お前は今、味方に『期待』しすぎている」
「期待……?」
「ああ。お前が真似してる動画の味方は、盤面のロジックを理解している上位ランクの猛者だ。だから、お前が起点を作れば完璧なカバーが成立する。だが、ここはシルバー帯だぞ」
オレはゲーミングチェアの背もたれに寄りかかり、サブモニターに現在のマップ図を映し出した。そして、柚葉のアイコンと味方のWolfのアイコンを赤いペンで丸く囲む。
「いいか。今のシーン、お前は敵陣の奥深くに索敵を入れた。セオリー通りなら100点だ。だが、お前がいくら一人で高ランクの動きを再現しても、味方がその意図を理解できなきゃ、ただ孤立して死ぬだけだ」
「うぅ……」
「このWolfの動きを見てみろ。開始からずっとこの角から動いていない。なぜだかわかるか?」
「えっと……前に出るのが怖いから?」
「そうだ。エイムに自信がないか、敵の配置がわからなくて怯えてるんだ。お前がそんな味方を置いて一人で突っ込めば、当然このWolfの『視界(カバー範囲)』から外れる。だから撃ち合いに負けたんだ」
オレが理詰め(ロジック)で解説すると、柚葉は「あー……」と図星を突かれた顔で俯いた。
「じゃあ、どうすればいいの?私が一人で無理やりエイムでブチ抜くしかないの?」
「バカ。それはただの脳筋プレイだ。オレたちはロジックで勝つんだろ?」
オレは柚葉の頭を軽く小突いてから、マップ上に青い矢印を書き込んだ。
「動画の丸暗記はやめろ。目の前の『自分の盤面』を見ろ。味方がお前の意図通りに前へ出ないなら、味方が『撃たざるを得ない』盤面をお前が作ってやれ。味方を見てから敵を動かすんだ。この前言ったことと同じだぞ?」
「味方を見てから……」
「このWolfがずっと見ている射線があるだろ。お前が先行してカバーを待つんじゃない。お前のスキルで、敵をこのWolfの射線に『引きずり込む』んだ。味方を囮にするんじゃなく、自動で反応する『固定砲台』として利用するんだよ」
「味方を、砲台として……」
「お前が好きなArchitectだって、低ランク帯から駆け上がってきた時代がある。あいつが野良でレート上げをしてた時、味方に文句を言ってたと思うか?違うだろ。あいつは味方の『癖』や『弱さ』すらも利用して、盤面をデザインしてたはずだ」
(――まあ、実際は「動けよこのカボチャ頭!」ってモニターの前で毒づいてたけどな)
柚葉の瞳が、ハッと見開かれた。『Architectオタク』である彼女の脳内に、オレが過去に実践していた泥臭い戦術――「動かない味方を無理やり勝たせるロジック」がフラッシュバックしたはずだ。
「……あ、そっか。自分が前に出るんじゃなくて、敵が嫌がる場所に『音波センサー』を撃ち込んで、味方のスナイパーが置いてる射線に、無理やり敵を走らせればいいんだ……」
「正解だ。お前の役割はアタッカーじゃない。盤面をデザインする『設計者(Architect)』だ。……次のラウンド、やってみろ」
「……うんっ!」
柚葉はパンッと両頬を叩いて気合を入れ直し、再びマウスを握り直した。
次のラウンド。
柚葉は先ほどまでの「自分がセオリー通りに動く」という前のめりな姿勢を捨てた。
味方のWolfの位置をミニマップで頻繁に確認し、彼が置きエイムしている場所を正確に把握する。そこに敵を誘導するため、Owlの索敵スキルをあえて「敵を奥から手前へ追い出す角度」で放った。
「敵、Bロングに追い出しました! スナイパーさん、そこ通ります!」
柚葉がボイスチャットで短く、しかし確信に満ちた情報を共有する。
センサーに映るのを嫌がり、焦って遮蔽物から飛び出してきた敵を、後ろで待機していた味方のWolfが次々と吸い込まれるように撃ち抜いていく。
「ナイスショット!」
『nice!』
『ty』
そこからの柚葉の動きは、見違えるようだった。自分が前に出て輝くのではなく、味方の位置を基準にして、味方を輝かせるための盤面構築。それはまさに、かつてオレが「Architect」として最前線でやっていた戦い方の基礎そのものだった。
オレは後ろで腕を組み、一切の口出しをせずにその成長を見守る。
「……最後の一人、Aの裏取りです。足音確認。……あそこに『罠』を張ります」
柚葉の冷静な報告。追い詰められた敵が罠にかかった瞬間、味方が一斉に振り返り、最後の一人を仕留めた。
画面の中央に、大きく『VICTORY』の文字が浮かび上がる。
そして、ランクのポイントゲージが満タンになり、パリンッという小気味良い音と共に、シルバー3のアイコンが、一つ上の『シルバー2』へと昇格した。
「……っ、センセ!上がった!私、シルバー2に上がったよ!!」
「……ああ。見てた」
歓喜のあまりバンザイをしてゲーミングチェアの上で跳ね回る柚葉を見て、オレは小さく笑みをこぼした。
「味方をコントロールする感覚、わかったか?」
「うんっ!なんか、パズルのピースがカチッてはまるみたいだった!私がスキルを入れた通りに敵が動いて、そこに味方が撃ってくれて……すっごく、気持ちよかった!」
「それが『盤面が見えている』って状態だ。……よくやった。その調子なら、大会までにゴールド到達も夢じゃないぞ」
オレが素直に褒めると、柚葉は「えへへ」と照れくさそうに笑い、ガッツポーズをした。
「……でもセンセ。今の私の戦い方、ちょっとArchitectっぽかったよね?自分でやってて『あ、これあの動画で見た動きだ!』って思っちゃった!」
「……そ、そうか」
「やっぱり、センセが夜な夜な研究して私に叩き込んでくれたおかげだね!センセってホント、あの人のこと理解しすぎ!怖いくらい!」
(――そりゃあ、オレ自身の言葉とロジックだからな……)
喉元まで出かかった言葉をコーヒーと一緒に飲み込み、オレは立ち上がった。
「……褒めても何も出ないぞ。ほら、もう3時だ。今日はここまでにして寝ろ。明日はシルバー2の壁を突破するぞ」
「はーい!おやすみなさい、センセ!」
機嫌良く自室へ戻っていく背中を見送りながら、オレは一人、静まり返ったリビングで溜息をつく。
教え子の成長は嬉しい。だが、自分の過去のプレイスタイルが彼女に乗り移っていくのを見るのは、形容しがたい羞恥心と責任感が混ざり合う、不思議な感覚だった。




