23. Frontline Cup
23. Frontline Cup
健吾の大爆笑と、柚葉のタチの悪いからかいがようやく落ち着き、オレたちは再び冷たくなったアイスティーに口をつけていた。
「あーあ、笑いすぎて腹痛ぇ……。柚葉ちゃん、ホントいいキャラしてるわ。理人のやつ、毎日こんな面白ぇ日々送ってんのか」
「面白いっていうか、寿命と理性が削られてるだけだ」
オレが呆れたようにため息をついた時だった。ストローを咥えながら店内をキョロキョロと見渡していた柚葉の視線が、レジ横のコルクボードに貼られた一枚の手書きポスターでピタリと止まった。
「ねえ、店長さん。あのポスター……『Frontline Cup』って?」
「ん?ああ、それか。来月うちの店で主催する、小規模なコミュニティ大会だよ」
健吾はグラスを拭きながら、事も無げに答えた。
「3対3のトリオ戦で、チームの組み合わせは参加者をごちゃ混ぜにして、うちの店がランダムで決めるんだ。即席チームでの連携が問われるお祭り企画さ。当日は店舗のYouTubeチャンネルでも配信するぞ。優勝賞品は……うちの店の無料ドリンク券10枚だ」
「YouTubeで配信……!」
柚葉の瞳が、パァッと星のように輝いた。自分の実力を試せる舞台。しかも、配信付き。プロの『円卓』を目指す彼女にとって、これ以上ない着火剤だ。
だが――数秒間ポスターを食い入るように見つめた後。柚葉はふうっと小さく息を吐き、ポスターから視線を逸らして自分の手のひらを見つめた。
「……ううん、やっぱりやめとく」
「おや、出ないのかい?」
「うん。……即席のランダムチームってことは、味方がどんな動きをするか完全に未知数でしょ?今の私が出ても、絶対に味方の足を引っ張る『戦犯』になるだけだもん」
柚葉は悔しそうに、冷静な「ゲーマーの目」をして自己分析を口にした。
「センセの完璧な指示(IGL)がないと、私はまだ盤面の情報処理が追いつかない。自分で考えて、野良の味方を動かすだけのロジックも、エイムの強さもない。……自分の処理能力の低さくらい、自分が一番わかってるから」
その言葉には、ただの逃げではない、自分の力量を正確に測る『プレイヤーとしての理性』が確かに宿っていた。
(……大したもんだ)
少し前なら、感情だけで突っ走るか、最初から諦めて自暴自棄になっていたはずだ。それが今、勝つための条件を計算し、自分の足りないピースを自覚できている。
オレはアイスティーのグラスをコトリと置き、真っ直ぐに彼女を見た。
「……おい、柚葉。出てみるか、それ」
「…………え?」
柚葉が、ぽかんと口を開けて固まった。
「お前は自分の弱さを理解している。なら、あとはそれを本番までに、出来るだけ埋めればいいだけだ。ただ漫然とランクマッチを回すより、明確な目標があった方がいい。……ただし」
オレはあえて声を低くし、厳しい条件を突きつける。
「本番中、オレはお前の側で試合を見届けるが、プレイ中の指示出し(コーチング)は一切しない。完全な野良の味方2人を相手に、お前が一人でどう盤面をコントロールするか。その独り立ちの実力テストだ」
「センセ……!」
柚葉の顔に、みるみるうちに歓喜と闘志の色が広がっていく。彼女はガタッと椅子から立ち上がると、そのままオレの首にギュッと抱き着いてきた。
「やるっ!絶対に出る!横でちゃんと私のこと見ててね!」
「おい、こら、店の中で……!」
「私、絶対優勝してドリンク券取ってくるね。そしたら、その券でセンセといっぱいデートできるし。……大会までの『お勉強』、もっと激しくしてくれていいからね?」
「お前、だからそういう誤解を招く言い方をやめろ!」
オレが顔を真っ赤にして叫ぶと、カウンターの向こうで健吾が「ひひっ」と意地悪く笑った。
「こりゃあ楽しみだな。あの理人が夜な夜な『激しく』仕込んだ愛弟子が、初めての大会でどう立ち回るのか……痛っ!」
オレはカウンターの下で、健吾の向こう脛をおもいっきり蹴り飛ばした。
「……あ、いや!指導熱心な理人が側でハラハラ見守る中、教え子が初出場するなんて熱い展開だなって!なあっ!?」
目標が決まり、モチベーションが最高潮に達した、その時だった。ポスターの要項を確認していた健吾が、ふと思い出したように口を開いた。
「あ。ところで、柚葉ちゃんの今のランクはいくつなんだい?」
「え?シルバーの3ですけど……」
柚葉が小首を傾げて答えると、健吾は「あちゃー」という顔をして、申し訳なさそうに頭を掻いた。
「あ〜……すまん。この大会、参加資格は『ゴールド』なんだわ」
「……えっ」
柚葉の顔から、スッと血の気が引いた。
「ゴールドって……。シルバー3からだと、シルバー2、シルバー1の壁を越えて、やっとゴールド3だよ!? あと3段階も上げなきゃいけないってこと!?」
「そういうこった。一定以上のレベルを担保するためのお祭りだからな。ごめんな、確認不足だった」
「そんなぁ……」
絶望で口をパクパクさせている柚葉を横目に、オレは冷静に健吾へ視線を向けた。
「健吾。エントリーの締め切りはいつなんだ?」
「ちょうど2週間後だ。……こりゃ、相当頑張らないとな、柚葉ちゃん?」
健吾がニヤリと笑って煽ると、柚葉は弾かれたようにオレの方を向き、両手でオレのパーカーの袖をガシリと掴んだ。だが、その瞳に浮かんでいたのは「泣き言」ではなく、強烈な「執念」だった。
「センセ……っ!」
「……どうする。諦めるか?」
「エイムが急に上手くならないのはわかってる! だったら、センセのロジックを反射で出せるようになるまで、盤面の動きが全部見え透くようになるまで、脳みそ焼き切れるまでやる! だから……っ」
柚葉は袖を握る手にぐっと力を込め、オレを真っ直ぐに見据えて言い放つ。
「お願い、この2週間……私を『地獄』に連れてって!」
覚悟を決めたその表情は、立派な一人のゲームプレイヤーの顔だった。オレは短くため息をつき、そして、最高に意地悪な軍師の笑みを浮かべて頷いた。
「……言ったな?泣いて逃げ出すなよ?」
「うんっ! 私、絶対にセンセと大会に出るもん!」
こうして。「2週間でシルバー3からゴールドへ上がる」という、初心者にとっては無謀とも言える過酷なランク上げ特訓の日々が、幕を開けたのだった。




