22. 地獄のArchitect語り
22. 地獄のArchitect語り
「うわぁ……! すごい、何このお店! パソコン全部ハイエンドモデルじゃん!」
「はしゃぐな。他のお客さんの迷惑になるだろ」
翌日の夕方。柚葉のオンライン授業が終わってから、より実践的なオフライン環境でのプレイを経験させるため、都内にあるFPS特化型ネットカフェ『Frontline』を訪れていた。
昨日の電話の後、オレは健吾に改めて連絡を入れ、『プロを目指す女子高生の専属のFPS家庭教師(兼、生活指導のオカン)として雇われている』という事情をきっちりと説明しておいた。危うく変なヒモ男か犯罪者扱いされて警察に通報されるところだったからな。
ついでに、「オレが『Architect』であることは、柚葉には絶対に内緒にしてくれ」と、キツく釘を刺しておくことも忘れなかった。
「いらっしゃい。……おお理人!昨日話には聞いてたが、本当に女子高生連れで来るとはな。元気そうで良かったぜ」
カウンターの奥から、黒いエプロン姿のガタイの良い男がニヤニヤしながら顔を出した。
このカフェの店長であり、オレの古い友人である健吾だ。彼も昔はプレイヤーで、ロールは物理的な壁や罠で味方を守る『Sentinel』専門。腕前は中の上といったところだが、昔はよくオレの無茶な戦術を一番近くで支えてくれていた、数少ない「オレの過去(正体)」を知る人間だ。
「よお。今日はこいつのオフ環境の練習に来た。……二席頼む」
オレは健吾に視線を合わせ、目だけで『言った通り、絶対にボロを出すなよ』と強烈な念を送る。健吾は「わかってるよ」とばかりに軽く手を挙げた。
「小鳥遊柚葉です!センセにはいつもお世話になってます!」
「ははっ、元気のいい子だな。オレは店長の健吾だ。理人には昔、ゲームで散々こき使われてたんだよ。ほら、奥のVIP席空けてやるから使ってきな」
健吾の案内で数時間の特訓をこなした後。
オレたちは休憩のため、カフェスペースのカウンター席に並んで座り、健吾の淹れたアイスティーを飲んでいた。
「いやー、柚葉ちゃん筋がいいね。さっき後ろから見てたけど、あのOwlの索敵センサー、ミリ単位で完璧だったぞ。オレより上手いんじゃないか?」
「えへへ、ありがとうございます! でも、全部センセの教え方がいいからです。……センセの教え方、私の大好きな『Architect』にそっくりなんですよ!」
柚葉が無邪気にそう言った瞬間。
グラスを拭いていた健吾の手がピタリと止まり、ゆっくりとオレの方を見た。
「……へえ。『Architect』に、ねえ」
「っ……!ゆ、柚葉、もう休憩終わりだ、さっさと戻るぞ」
オレが慌てて立ち上がろうとするが、柚葉はストローを咥えたまま「えー、まだ休むー」と動こうとしない。そして、健吾に向かって誇らしげに語り始めた。
「店長さんもArchitect知ってますよね!?伝説のプレイヤー!センセね、私がその人の大ファンだって知ってから、裏でこっそり動画を死ぬほど研究して、プレイスタイルを完璧にコピーして教えてくれてるんです!センセも熱狂的なファンなんです!」
「…………ぶっ!!」
健吾が、盛大に吹き出した。
「ちょっ、店長さん!?」
「ゲホッ、ゴホッ……! 悪ぃ、ちょっとツボに入って……っ、ひひっ」
健吾はカウンターの下に顔を隠し、肩を震わせて必死に笑いを堪えている。センチネルとしてどんな敵の猛攻にも耐えてきた男が、今、目の前で繰り広げられる「特大の自作自演」の破壊力にシールドを粉砕されていた。
「なに笑ってるんですか?センセが熱狂的なファンなのがそんなにおかしいですか?」
「い、いや……っ。理人が、あのArchitectの『大ファン』ね……。裏でこっそり動画を研究して……ひーっ、腹痛てぇ……!」
「おい健吾。テメェ、マジでぶっ飛ばすぞ」
オレがカウンター越しに殺気を飛ばすが、健吾は涙目を拭いながら、これ以上ないほど意地悪なニヤニヤ顔を浮かべてオレを見た。
「いやあ、泣ける師弟愛じゃないか。理人、お前ホントに『Architect』のこと尊敬してんだな。通りで教え方が完璧なわけだ」
「……ああ。そうだな。尊敬してるよ。オレにとって永遠の目標だ」
オレは死んだ魚のような目で、棒読みで答えた。自分で自分を褒め称える地獄の羞恥プレイを、事情をすべて知っている親友の目の前でやらされる。もはや公開処刑である。
だが、柚葉はさらに得意げな顔でカウンターに身を乗り出し、爆弾を投下した。
「それに店長さん。センセの指導、すっごくスパルタなんですよ。毎日、夜遅くまで……私に『身体』で教えてくれるんです」
「……ぶふぉっ!!」
今度はオレが、飲んでいたアイスティーを危うく逆流させそうになった。
「ははっ、身体で!?そりゃあまた、熱心な家庭教師だな、理人ぉ?」
「おまっ、柚葉!やめろ!変な言い方すんな!」
「えー?本当じゃん」
柚葉はオレの腕に自分の身体をぴとっと密着させてきた。そして、上目遣いでオレの顔を至近距離から覗き込み、小悪魔の笑みを浮かべる。
「この前、私がノーパンでセンセのTシャツ着てた時、すっごい動揺してたじゃん。……もしかしてセンセ、あの時の私の太ももとか思い出して……妄想の中で、私と何回もヤってるでしょ?」
オレの理性が、けたたましいエラー音を立ててショートした。カウンターの向こう側では、健吾が目を見開き、数秒のフリーズのあと――。
「ノーパン!?妄想で何回も!?ぶはははははっ!!ヒーッ、腹痛てぇぇ!!理人、お前、女子高生相手に何やってんだよ!!」
「ちっ、違う!これは冤罪だ!こいつが勝手にオレの服を着て……!」
「センセったら、私が誘ってあげたのにデコピンして誤魔化すんだもん。ヘタレのムッツリなんですよ、店長さん」
「おいこら!言わなくていいことまで言うな!」
オレが必死に弁明すればするほど、健吾はカウンターをバンバンと叩いて大爆笑し始めた。
「ひいぃっ、苦しい……!さすが理人、お前最高だよ!え~……尊敬するArchitectの動画を丸暗記してドヤ顔で指示出ししたかと思えば、家では教え子にノーパンで迫られてタジタジとか……っ、お前の人生、エンタメとして完璧すぎるだろ!」
「うるせぇ!!笑うな!!殺すぞ!!」
オレは顔から火が出るほどの羞恥心に襲われ、カウンターに突っ伏した。そんな中、柚葉が笑い疲れた健吾に向かって、少しだけ真剣な声を出した。オレの腕に抱きついたまま、その体温を確かめるようにギュッと力を込める。
「でも店長さん、私、ホントに感謝してるんです。センセ、こんな私に呆れずに、毎日自分の時間を全部使って向き合ってくれてるから」
「……柚葉」
「だから私、絶対に強くなって、センセが教えてくれたArchitectのロジックが世界で一番すごいって、証明してみせます。……妄想じゃなくて、現実の大会で、ね」
最後にまたチラッとオレを見て小悪魔に微笑む柚葉。それを聞いた健吾は笑うのをぴたりとやめ、カウンター越しにオレの顔を見た。
今度は意地悪ではない、昔からの戦友に向けるような、優しくもどこか感慨深げな笑みだった。
「……そうか。理人、いい生徒を持ったな」
「……まあな」
オレが照れ隠しでそっぽを向くと、柚葉は「えへへ」とオレの腕にさらに擦り寄ってきた。
「でしょでしょ! だからセンセ、これからも私のために、いーっぱいArchitectの研究してね! 同担の先輩として! ……あと、夜の『お勉強』も、優しくしてね?」
「……お前、その言い方マジでやめろ」
正体を知る親友という、これ以上ない「観客」を得たことで、柚葉の小悪魔っぷりはさらに加速していく。オレの胃壁と理性がボロボロになる音がBGMのように聞こえた




