21. 旧友からの着信
21. 旧友からの着信
「……ストップ。今、クリアリングをサボったな?」
「えっ、だってさっき敵のストライカーが逆サイドでスキル使った音したから、こっちにはいないと思って……」
「馬鹿野郎。あのスキルは『デコイ(偽物)』だ。音に釣られてエリアを明け渡すのは三流のやることだぞ?」
休日の昼下がり。
今日も今日とて、タワーマンションの自室で柚葉のプレイを後ろから監視し、秒単位でダメ出しを飛ばす地獄のコーチングが続いていた。
「うぅ……ロジックお化けめ。わかったよ、もう一回同じ定点からやり直す……」
柚葉が頬を膨らませてキーボードに手を伸ばした、その時だった。
デスクの端に置いていたオレのスマホが、ブーッ、ブーッと低い振動音を立てた。
画面に表示された発信者は『健吾』。
かつて学生時代にオレと一緒に『TwelveOrder』をプレイし、オレの背中を物理的な壁や罠で守り続けてくれた、数少ない親友だ。
「……ちょっと待て。電話だ」
「えっ?センセ、誰から?」
ヘッドセットをずらした柚葉が、ピタッと手を止めて振り返る。
「友達だ。悪い、そのまま練習続けててくれ」
「は?友達?」
柚葉は目を細め、ジト目でオレとスマホを交互に見比べた。
「……私がこんなに一生懸命エイム合わせてるのに、他の女の子と電話?なになに、浮気じゃん!センセには私がいるでしょ!」
「バカかお前は。男だよ、男」
「怪しい!絶対に他の女の人だ!『ちょっと、今その子と一緒にいるの?』とか修羅場になるやつだ!」
「ドラマの見過ぎだ。……おい健吾、なんだよ急に」
オレは騒ぐ柚葉の頭を軽く小突いてから、電話に出た。
《よお、理人。生きてるか?》
「……まあ、なんとか」
電話の向こうから、ガタイのいい男の低い声と、微かにキーボードを叩く環境音が聞こえてくる。
《お前、急に仕事辞めたって聞いたぞ。大丈夫か? またメシ食えてねえんじゃないかと思ってよ》
「心配すんな。今はちょっと……割のいいバイト(コーチ)みたいなのをしてて、家賃もメシも心配ない。むしろ三食きっちり作って食ってるよ」
《は?お前が自炊? ……なんか怪しいな。悪いことに手ぇ染めてねえだろうな》
健吾の鋭いツッコミに、オレは思わず言葉に詰まる。
「女子高生のタワマンに住み込んで、手取りの5倍貰いながらオカン兼ゲームのコーチをしている」なんて説明したら、間違いなく警察に通報されるか、頭がおかしくなったと心配されるかの二択だ。
「……ま、まあ、色々とあってな」
《ふーん?……まあいいや。お前がマトモに飯食えてんなら安心した。で、暇ならうちの店、遊びに来ねえか?お前久しく来てねぇだろ?》
健吾は都内で『Frontline』というFPS特化型のネットカフェの店長をしている。昔は毎日のように入り浸っていたオレの「アジト」のような場所だ。
「あー……」
オレが返事に迷っていると、不意に、横からスッと顔を出した柚葉が、オレのスマホの通話口に向かって大きな声で叫んだ。
「あーっ!センセ、私のご飯まだー!?お腹すいたー!早くベッド行こう!今日は寝かしてくれないんでしょ!」
「っ!?お前、何言って……!」
オレは慌ててスマホを遠ざけたが、時すでに遅し。
《……おい。理人。今、女の声がしたな? しかも「ベッド」って言ったか?》
「ち、違う! これは……その、テレビの音だ!アニメだ、深夜アニメ!」
《お前、昼間っからアニメ見ながら自炊してんのか? ……おい、まさか変なヒモにでもなったんじゃないだろうな》
「違うって言ってんだろ!」
声のトーンを限界まで下げる健吾に対し、オレは必死に弁明する。だが、その横で柚葉は「えへへー」と悪びれもせずに笑いながら、オレのパーカーの袖をツンツンと引っ張っている。
(……こいつ、わざとやりやがったな)
《……まあいいや。お前が変な事件に巻き込まれてねえならな》
「だから違うって」
《ははっ。……それなら、久しぶりに顔くらい見せに来いよ。仕事辞めたって聞いて心配したんだぞ。明日、うちの店寄れよ。待ってっから》
「えっ、ちょ、健吾……」
《元気なツラ見せたら安心するからよ。じゃあな》
ツーツー、と無情な電子音が響き、通話が終了された。オレはスマホを握りしめたまま、隣でニヤニヤしている元凶をギロリと睨みつけた。
「……柚葉。お前なぁ」
「あはは! センセ焦りすぎ!で?今の誰?ホントに男の人?」
「だからそうだって言っただろ。……昔からのダチで、FPS特化のネットカフェの店長やってる奴だよ。……あーあ、明日顔出せって言われちまった」
オレが深いため息をつくと、柚葉の目がキラッと輝いた。
「ネットカフェ?しかもFPS特化の!?なにそれ、行きたい!」
「は?お前、外に出るの嫌いじゃなかったのか」
「だって、オフライン環境のゲーミングPCがズラッと並んでる空間でしょ?プロの大会みたいな雰囲気が味わえるじゃん!私も連れてってよ!」
柚葉はオレの腕に抱きつき、ぶんぶんと振り回してアピールしてくる。
「ダメだ。お前を連れて行ったら、色々と面倒なことに……」
「いいじゃん、いいじゃん!今日、私が特訓の課題クリアしたらご褒美で連れてって!お願い、センセ!」
「……チッ。勝率6割超えたらな」
「やったぁ!絶対クリアしてみせる!」
柚葉はパッと離れると、ものすごい勢いでマウスを握り直し、モニターに食らいついた。
(……やれやれ)
オレは再び腕を組み、彼女の後ろに立つ。
健吾の店に行くこと自体は、悪い話ではない。オフラインの環境音や、隣に他人がいる状態でのプレイは、オンラインの自室では絶対に経験できないプレッシャー(負荷)になる。プロを目指すなら避けては通れない道だしな。




