17. 後悔する小悪魔JK
17. 後悔する小悪魔JK
秋葉原の喧騒の中、オレは隣を歩く柚葉の姿に、内心で盛大なため息をついていた。
「……お前、マウス買いに行くだけだって言ったよな?」
「うん。言ったよ?なに、私の今日のコーデに見惚れちゃった?」
柚葉は肩にかかったセミロングの髪を揺らし、悪戯っぽく笑いかけてきた。普段の部屋着やラフな格好とは打って変わって、淡いブルーのオフショルダーに、シルエットの綺麗な白いプリーツスカート。すれ違う男たちがチラチラと振り返るレベルで気合いの入った、完璧な『休日のお出かけ(デート)仕様』である。
隣を歩くオレといえば、無地のパーカーにチノパンという、いかにも「秋葉原にPCパーツを買いに来ました」というモブのお手本のような格好だ。10歳差の並びというだけでも胃が痛いのに、これではまるで『美少女を連れ回している怪しい無職』ではないか。
「見惚れてねえよ。ただ、ゲーミングデバイス専門店に行くには気合いが空回りしてるって言ってんだよ!」
「はぁ、センセにはこの乙女心が分からないかー。女の子はねいつでも可愛くいたいもんなんだよ。ほらセンセ、早く早く!」
「何が乙女心だよ……」
柚葉に袖を引かれるまま、オレたちは国内最大級のゲーミングデバイス専門店のフロアへと足を踏み入れた。
「うわぁ……!なにこれ、すごい数……!」
壁一面、そしてフロアの奥までズラリと並べられた数百種類ものマウス、キーボード、ヘッドセット。七色に光るLEDの波に、柚葉は目を丸くして感嘆の声を漏らした。
「これ全部マウスなの?ええっと、どれがいいんだろ。あ、これ光り方が可愛い!」
適当なマウスに手を伸ばそうとする柚葉の首根っこを、オレは背後からヒョイッと掴んで物理的に静止させた。
「待て、素人。LEDの光り方で武器を選ぶな」
「ぶはっ、首絞まってる!苦しい!」
「いいか、まずは自分の『持ち方』を自覚しろ」
オレは柚葉をマウスの展示コーナーの前に立たせ、プロファイリングを開始した。
「マウスの持ち方には大きく分けて『かぶせ持ち』『つかみ持ち』『つまみ持ち』の3種類がある。お前が使ってた海外製の高級マウスは、手のひら全体をベッタリとくっつける『かぶせ持ち』に特化した、人間工学デザインだ。背中が高くて、右手にフィットするように非対称な形をしてる」
「ふむふむ……」
「だが、お前はゲーム中、手のひらをマウスにつけず、指先だけで細かく動かしている。典型的な『つまみ持ち』だ。つまみ持ちのプレイヤーが、背の高いマウスを使うとどうなる?」
オレは展示されている大きめのマウスを柚葉に握らせた。
「あ……。指先だけで動かそうとすると、手のひらの下にマウスのお尻が当たって邪魔……」
「その通りだ。だから下方向へのエイム(視点移動)が極端に苦手になる。おまけに重すぎるから、とっさのフリックで手首がブレるんだよ」
理路整然とダメ出しをされ、柚葉は「うぐっ」と図星を突かれた顔をした。オレは棚の端から端まで視線を走らせ、お目当ての形状のコーナーへと歩を進めた。
「お前みたいな『つまみ持ち』、かつ『手の小さいプレイヤー』が選ぶべきは、背が低くてお尻が短い【左右対称の小型軽量モデル】だ。重量は60グラム以下。これなら、指先だけの繊細な力でも、思い通りにマウスをコントロールできる」
オレはいくつかピックアップしたマウスを柚葉の前に並べた。装飾も少なく、派手に光ることもない、いかにも実戦向けの無骨で小さなマウスたちだ。
「さあ、片っ端から握れ。実際に画面の中でクロスヘア(照準)を動かして、クリックの硬さと、ソールの滑り具合を確かめるんだ。1ミリでも違和感があるやつは全部弾け」
「お、おおぅ……センセ、なんかゲームしてる時より熱入ってない……?」
オレのガチすぎるオタク解説に少しだけ引いていた柚葉だったが、言われた通りに一番小さなマウスを握り、展示用のモニターで視点を動かしてみた瞬間――その目が、ハッと見開かれた。
「……えっ?」
柚葉は信じられないものを見るような目で、自分の手と画面を交互に見つめた。
「な、なにこれ……。マウスが……手に吸い付いてるみたい。私が『ここで止めたい』って思ったところで、ピタッって止まる……!」
「それが、自分の手と一体化する『本物の武器』だ。前の鉄アレイみたいなマウスとは違うだろ」
感動に震える柚葉の横顔を見下ろしながら、オレはふっと笑った。
「お前は毎日、何時間もオレの地獄の特訓に耐えてきた。頭の中のロジックもある程度ある。……あとは、その思考を指先にロスなく伝えるための『完璧な出力装置』さえあればいい」
「センセ……」
柚葉はマウスから手を離し、オレを見上げた。さっきまでの小悪魔なからかいの色は消え、そこにあるのは、自分を誰よりも見て、理解し、導いてくれる「軍師」への絶対的な信頼の眼差しだった。
「……なんか、悔しいな」
「あ?」
「ただの無職のおじさんのくせに……私のこと、私以上に分かってるのが、ムカつくくらいカッコいい」
柚葉はぷいっと顔をそらし、照れ隠しのように耳まで真っ赤に染めながら、手元にある小さなマウスをギュッと握りしめた。
「……これにする。私の、新しい相棒!」
「よし、決まりだな。……じゃあ、次はマウスパッドだ。マウスが剣なら、パッドは戦場(地形)そのものだ。ここからが本当の地獄(沼)だぞ」
「ええっ!? まだあるの!?」
「当たり前だ。布の織り方、初動の滑り、ストッピングの摩擦係数……お前の感度に一番合う布を1時間かけて探すぞ」
「い、1時間!? デートなのに布の摩擦を1時間触り続けるの!?」
「デートじゃないんだよこれは」
秋葉原のデバイスショップの中心で、柚葉の悲鳴が響き渡る。小悪魔なJKの甘い休日計画は、かつて『Architect』と呼ばれた男の、妥協を一切許さない変態的なデバイスオタク講義によって、完全に塗り潰されることとなったのだった。




