伯爵の帰還
リサ伯爵領の農村に約2千人の難民が訪れた。
農村の住民にはそう思えた。
農民は畑仕事を止め、鍬を持ち、抵抗する構えを見せる。
「あんたら何者だ?」
リサ伯爵領の農民は、最近ドワーフの男の蛮勇のおかげもあって、ゴブリンの進入に悩まされてきた。
必死に防いでるうちに、農民のレベルが農民3になった位である。
それ故に侵入者には過敏に反応する。
こんな騒ぎは直ぐに収まるが、鬱陶しい。
言いたくないが、病気の私をイライラさせるな・・・。
一言で黙らせてやる。
だが口にだしては、穏やかに言った。
「私はリサよ。農民諸君。計画通りに入植者を募集して今帰ってきたの」
この聞きなれた声を聞くと農民は安心したように農具を下ろした。
「何だ姫様か」
別の農民も言う。
「脅かさないでくださいよ。只でさえ最近は魔物の進入が酷いんです」
リサの配下のドワーフの男が原因だとはリサも農民も知らない。
「すまなかった。フォートレス姉さんに会いたいんだけど、この村にいるの?」
こう聞いたのは、フォートレスが姿を現さないからである。
普通領主様の帰還なのだから、出迎えに来るだろう。
難民の群れと間違えたにしたって、領主代理がでて来る筈だ。
「フォートレス様は自費で雇ったエルフの軍団10名を率いてドラゴン狩りにでかけておられます。ドラゴンの財宝で村の逼迫した予算を立て直すのだと言い残して・・・」
この台詞にリサの意識が一瞬飛んだ。
領主代理がドラゴン退治?
姉さんは私の帰還を待ってられなかったのか?
「そのフォートレス様が行方不明にでもなったような言い方止めろ・・・」
たまらず真一が止めに入る。
やだ。
こんな展開は絶対にやだ。
「姉さんは魔物が侵入するの分かっていて村を空けたの?」
「いえ。村を空けた直後にゴブリンの大侵攻が始まったのです」
リサは思った。
どう考えても村に内通者がいるんじゃないか。
スパイ狩りはやりたくないんだがな。
きりがない。
まあ村人で防ぎきれる侵攻なら、主力部隊で何とか出来るだろう。
姉さんも部下を全滅させて逃げ帰るか、ドラゴンを倒して凱旋するまで気長に待つしかない。
「アトルピーさんは食糧庫を開いて部下に食糧を与えるように。リピームさんは部下を編成して猪狩りにでかけてちょうだい」
リサ伯爵領に来訪する客人の為に猪肉を用意しないといけない。
あの猪肉好きのサザニール男爵の望みを叶えないと、深刻な争いに発展しそうで怖いからな。
「それから借りたお金は今日から返済するから安心するように」
村人から大歓声が上がった。
諦めていたが、リサ姫は借金の返済をする気があったのか。
リサはもう一つ付け加えた。
「発作を4回ほど起こして、口が血みどろなのよ。口をぬぐいたいから、お水を私の屋敷に運ばせるように」
一瞬部下達はこれを聞いて不安そうな顔をしたが、直ぐに体裁を取り繕った。
今更この姫見捨ててもどうしようもない。
「俺達の寝床は確保してもらえるんですかね?」
盗賊の代表が村人に聞いた。
盗賊としては、リサの発作より寝床が気になる。
リサ伯爵領は暑いから、野宿でもいいんだが、村人として扱われるなら、寝床位確保してほしい。
「姫様?」
じれた部下が尋ねた。
村の規模から考えて、2千人を収容できるとはとても思えない。
「暫くは天幕で我慢してくれ。畑は400人分は保証する」
こんなに人が集まるなら、もう千人分位荒地を開墾しとくんだったな。
「冬までには何とかしてくださいよ。それから姫様のお屋敷を造らせてもらえたら有難いんですがね」
土木工事に自信のあるらしい部下がリサに申し出た。
確かボロ小屋だと言ってたし、できたら造らせてもらいたい。
客人を迎えるのにボロ小屋では恥をかくだけじゃないか。
「土木工事に自信があるの?」
この部下、サンは自信たっぷりに言ってのけた。
「姫の寝床を豪勢に造らせていただいて、リサ伯爵領での最初の手柄とさせてもらいたいと存じます」
それに血を吐くような病だ。
本人がボロ小屋などと言ってる屋敷に住んでいて、治る訳がない。
「川の側に高台があるように見えました。あの辺りに人は住んでいないみたいですし、許可があれば明日からでも工事に取り掛かります」
「お金はないよ?それでも造ってくれるの?」
ミスリル硬貨100枚はかかるな。
「家賃さえ払ってくれれば只で造りましょう」
何?
ホントに屋敷を造ってくれると言うのか?
「家賃は月500ディルス。他の部屋は富裕層に貸し出す予定に御座います」
思いつきで言ってみたが、なかなか良いアイデアだな。
リサは思う。
そんな上手い商売があったんだな。
「私専用の釣り場を造っておいてね」
故郷に帰って嬉しいのか、最近は物柔らかに話すなと部下は思った。
因みにリサの病気は結核ではない設定である。
体が弱いだけだ。
それでも病に鯉は最適らしい。
医学的に有効な治療なのかは知らないが。
「では宿屋で療養してください。仕事の書類は屋敷から持ってきます」
病気療養の話なのに、あの薄汚い屋敷に住まわせておく訳にいかない。
僅かな宿代惜しんで、この姫に死なれたら一大事だ。
次の領主が、年貢2割を保証してくれるか分からないし。
「宿代は寄付を募りますから、是非療養を・・・」
こうなると部下は必死だ。
リサ姫には宿屋の極上料理で滋養して頂こう。
主力の部下には田畑と空家を与えるとして、その他の部下は天幕暮らし。
その辺が嫌なのだが、川の側に新しい屋敷を造るまで周辺で天幕はろう。
聞いてると洪水の起きた事のない川のようだし、いっそ村造って住み着いてしまうか?
名前はリサ村とかで。
エルフの耳はとても良い。
部下の相談など瞬時に聞き分ける地獄耳である。
「いいよ。それでも。でも木は一本も斬らないでね」
リサが無茶を言う。
ファンタジー世界でも村は木の家が多いと思う。
「分かりました。日干し煉瓦で家と屋敷は造ります」
仕方なく部下は請け負った。
「俺の洋服屋は新しい村で開業させてもらって良いですかね?」
真一がリサに聞いてみた。
「村を区別する為に新しい村をリサ村。旧村をフォートレス村としましょう」
サンが提案した。
「好きにしなさい。私は宿屋で養生してれば良いのね?」
なんか好き放題言われているが、一応気遣いなんだろう。
反論する気になれないから言う通りにしよう。
「さっきのお水宿屋に運ばせて。宿屋の高級なお水使うの勿体無い」
妙なところで吝嗇だな、この娘。
「分かりました」
リサの側に残っていた2人のドワーフが屋敷へと向かう。
「では宿屋にご案内いたします。輿に乗ってください」
え?
吐血した時血みどろになった輿に乗れと?
「歩いていくわ。輿は掃除しておいて」
リサは人を斬った事のない領主らしい。
あの病弱ぶりじゃ当然か。
「俺がやっとくよ」
真一が気楽に申し出た。
水着会社に入社して一年はトイレ掃除だった。
掃除の腕ならエルザスの誰にも負けんぞ。
美少女の吐血ぐらいでビビッていて水着職人がやれるか・・・。
ついでに輿の内装に手を加えて、立派に改造しておこう。
職人をなめるんじゃねぇ。
真一の内心は兎も角、リサは歩いて宿屋に向かった。
宿屋の主人には村人が既に向かっており、特別室を用意させている。
宿代は結局村一番の金持ちのサドが支払う事になった。
このサドはアトルピーの甥なのだが、村人は知らない。
別に秘密にしてる訳じゃないが、他人の事は詮索しないのが、この世の理である。
「サドは大金持ちだから、宿代位気にしないで良いですからね?」
一応歩き去るリサに忠告したが、この姫は聞かないだろう。
リサはお金に関しては妥協しない娘である。
亡き両親が、贅沢を好む人だったので、金に五月蝿い娘になったのだな。
それにリサの病気の治療費がかさんで、ゴクツブシ扱いだったしな。
両親が亡くなってから相続問題で上手く立ち回って、姉のフォートレスを後見人にする条件で名ばかりの伯爵領を受け取ったが、4年も頑張ってやっと軌道に乗って来たところである。
だが部下としては困るんだよな。
病弱なら偉そうに伯爵の椅子に座って、あれこれ命令してれば良いのに、自分で行動したがるんだから。
因みにアトルピーはリサの後見人候補だった。
なれなかったので、財産を処分して息子のシダンに全財産を譲ってリサ伯爵領についてきている。
大金持ちと言っても、150ディルス位の資産だったが・・・。
サドの資産は70ディルス程度である。
「宿屋の前にドワーフ隊を配置しろ。リサ姫の容態が落ち着くまで不審者は絶対入れるな」
魔物の進入も激しい事だし、手を抜く訳には行かない。
真一は解散しようとしていた村人に声をかけた。
「ところで村人さんよ?猪狩りがリサ伯爵領の主産業と聞いたのだが、天然物の狩をして獲った猪でないと駄目なのか?」
真一が突然訳の分からない質問をした。
「家畜など飼っても、餌をどうすりゃ良いんだよ?」
村人は投げやりに答えた。
「播種量の3倍のライ麦しか今年はとれねぇ。そこから家畜の餌と年貢を調達したら、俺達の食べ物はどうなるんだ?家畜を食うのか?」
村人には真一の真意が分からなかった。
「三圃制農業だろ?ライ麦、小麦、休耕地の順番で農業をする方式の?」
「そうだ」
農民はいきりたった。
「分かってるなら訳の分からない事言ってるんじゃない」
「休耕地にカブとクローバーを植えてみろ。あれは劇的に地力を回復させる」
「何だと?」
村人の態度が一変した。
そんな事が可能なのか?
「騙されたと思ってやってみろ。来年の小麦は大豊作間違えなしだぞ」
いや俺達は、猪の話をしてるんだが?
疑問を真一にぶつけてみると真一は答えた。
「カブとクローバーを餌に猪を飼うんだ。土にはダメージがいかないから、草を食べられても地力は低下しない筈だ」
ホントかよ。
それなら農業と酪農のうま味が両方得られるじゃないか。
「猪が幾らで売れるのか俺は知らんが、育った猪は早めに殺して、肉として売った方が良いぞ。猪は大飯ぐらいだからな」
これは有難い、明日から試してみよう。
今年の秋には間に合わないが、クローバーなら育つかもしれない。
猪狩りの手間が省けるからな。
「冬はどうすればいいんだ?」
村人が聞いた。
「種猪の他は殺して肉にした方が良いな。越冬させるのは流石にキツイ」
こうしてリサの知らないところでエルザスの農業が変わろうとしていた。
真一本人は、農家の空家を拠点に洋服屋を開業する事にした。
リサ村に店が完成するまでの仮の拠点である。
流石に水着は設備がないと造れない。
職人の誇りにかけて、造るなら3年はもつ作品でないと我慢できないのだ。
このリサ伯爵領で、エルザスの運命が動きだした。
エドワードの運命はいかに?
三圃制農業はよく知らないが、素人感覚だとこんな物です。
無知などと責めないでやってください。




