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第8話 いもうと

夕方。

玄関に、小さな女の子がひとり座っていた。

「…………」

アイボリーのぶかぶかのパーカー。

床近くまで垂れた、ふわふわの長い耳。

うーちゃんは玄関の扉を見つめたまま、じっと動かない。

ちらり、と時計を見る。

「…………」

もちろん、まだ時計は読めない。

それでも、ユイが出ていったあとから何度も時計を見ていた。

「……ユイ、まだ?」

返事はない。

しーん、とした玄関。

うーちゃんは立ち上がった。

ぺた。

ぺた。

リビングへ向かう。

けれど、途中で――

ぴたっ。

振り返った。

「…………」

また玄関まで戻る。

ぺた。

ぺた。

そして、さっきと同じ場所にちょこんと座った。

「……ここで、まつ」

もしユイが帰ってきたとき、すぐに「おかえり」ができるように。

そのまま、どれくらい待っただろう。

こつ。

こつ。

こつ。

外から足音が聞こえた。

「……!」

長いたれ耳が、ぴくっ!

うーちゃんの顔が一気に明るくなる。

「ユイ!」

がちゃ。

「ただいまー」

扉が開いた瞬間。

「……!」

ぺたぺたぺたぺたっ!

「わっ」

ユイが驚いている間に、うーちゃんは足元までやってきた。

そして――

ぱっ♡

小さな両手をいっぱいに広げる。

「……だっこ♡」

「帰ってきて最初がそれ?」

そう言いながらも、ユイは笑っていた。

ひょい。

小さな身体を抱き上げる。

その瞬間。

ぎゅっ♡

「う〜〜♡」

うーちゃんはユイの胸にほっぺをくっつけた。

安心したように、ふにゃ〜っと身体から力が抜けていく。

「そんなに待ってたの?」

「……ちょっと」

「ほんと?」

「…………いっぱい♡」

「ふふっ」

やっぱり。

ユイが頭を撫でていると、うーちゃんが顔を上げた。

「ユイ」

「ん?」

「……おかえり♡」

「!」

「おかえり、ユイ♡」

ユイの目が丸くなる。

「覚えたの?」

「えへへ♡」

「じゃあ――」

ぎゅっ。

「ただいま♡」

「う〜♡」

またひとつ。

うーちゃんの言葉が増えた。

◆

「じゃあ、着替えてこようかな」

「…………」

「うーちゃん、降りる?」

「…………」

「うーちゃん?」

ぷるぷるぷる。

首を横に振る。

それだけでは足りなかったのか、うーちゃんはユイの制服を小さな手でつかんだ。

きゅっ。

「……まだ」

「はいはい」

結局、ユイはうーちゃんを抱っこしたままリビングへ向かった。

「えへへ♡」

「今日は甘えんぼだね」

「……いつも♡」

「自覚あったんだ」

そのときだった。

ピンポーン♪

「!」

うーちゃんの耳が跳ねる。

「……なった」

「誰だろ?」

うーちゃんを抱いたまま、ユイは玄関へ向かった。

すると。

「お姉ちゃーん」

扉の向こうから、女の子の声。

「…………え?」

「いるんでしょー?」

「この声……」

ユイが扉を開ける。

そこに立っていたのは――

長い黒髪。

赤い組紐。

そこについた、小さな金色の鈴。

そして黒い長袖の制服姿の少女だった。

「久しぶり、お姉ちゃん」

「イズナ!?」

ユイの妹――イズナだった。

「どうしたの!?」

「どうしたのって……昨日、行くって送ったけど」

「え?」

ユイがスマートフォンを確認する。

そして。

「…………あ」

「既読までついてる」

「あはは……」

「もう」

イズナが呆れたように息をつく。

しかし――

「それより」

その視線が、すっ、と動いた。

ユイの腕の中。

「…………」

「…………」

うーちゃんとイズナの目が合う。

「……あ」

ユイはようやく気づいた。

「紹介するね。この子――」

さっ。

「え?」

うーちゃんがユイの胸へ顔を隠した。

長いたれ耳だけが、ぺろん、と外に出ている。

「……隠れちゃった」

「人見知りなんだ」

「…………」

「こんにちは」

ちらっ。

うーちゃんが片目だけでイズナを見る。

目が合った。

さっ。

「ふふっ」

イズナはその場にしゃがみ、うーちゃんと目線の高さを合わせた。

「イズナ」

「…………」

「ユイお姉ちゃんの妹だよ」

「……いもうと?」

「そう」

ユイが答える。

うーちゃんはしばらく考えていた。

そして。

「ユイ……」

「ん?」

「……おねえちゃん?」

「えっ」

イズナが吹き出す。

「ふふっ」

「そういうことになるのかな?」

「…………」

うーちゃんの顔が、ぱあっと明るくなった。

「おねえちゃん……♡」

「ちょ、ちょっと待って」

「ユイおねえちゃん♡」

「……!」

「お姉ちゃん、顔にやけてるよ」

「にやけてない!」

「にやけてる」

「にやけてない!」

そのとき。

ちりん……。

「!」

うーちゃんの耳が、ぴくっ。

イズナの髪を結ぶ赤い組紐。

そこについた小さな鈴だった。

「…………」

じーっ。

「これ?」

イズナが鈴を鳴らす。

ちりん♪

ぴくっ♡

ちりん♪

ぴくっ♡

「…………」

イズナがもう一度。

ちりん♪

ぴくっ♡

「遊ばないの」

「かわいくて」

「もう……」

けれど。

その直後だった。

「…………?」

うーちゃんの表情が変わった。

くん。

くん。

小さな鼻を動かす。

「どうしたの?」

「…………」

うーちゃんはイズナの周囲を見回した。

誰もいない。

なのに。

「……いる」

「え?」

イズナの表情が、ほんの少しだけ変わった。

「イズナ……」

うーちゃんが小さな指を向ける。

イズナの胸元。

そこには――赤い宝石のペンダント。

「……ユイと、おなじ」

「え?」

ユイは自分の胸を見る。

青い宝石。

そしてイズナの胸には、赤い宝石。

「イズナ、それ……」

きらっ。

青いペンダントが光った。

続いて。

ぽうっ。

赤いペンダントも光を放つ。

「……!」

「光った……?」

けれどイズナだけは、驚いていなかった。

静かに二つの光を見つめている。

そして――

ぽう……。

今度は、イズナが持っていたえんじ色の巾着。

そこに描かれた狐火の模様が、淡く光った。

「!」

うーちゃんの耳がぴんと動く。

次の瞬間。

『……うさぎ?』

「……!」

うーちゃんが辺りを見回した。

「どうしたの?」

「……こえ」

「声?」

うーちゃんの指が、ひとつの場所を示す。

イズナの巾着。

「……ここ」

「…………」

イズナは何も言わない。

うーちゃんはユイの腕から床へ降りた。

ぺた。

ぺた。

イズナの前まで歩いていく。

そして巾着の前に、ちょこん。

「…………」

『…………』

「…………いる?」

返事はない。

「…………」

長い耳が、しゅん、と垂れた。

そのとき。

『……いる』

「!」

ぱあっ♡

「いた♡」

「ええっ!?」

ユイだけが完全に話についていけていなかった。

「イズナ!」

「なに?」

「今の何!?」

「なんだろうね」

「絶対知ってるでしょ!」

「どうかな」

「イズナー!」

そんな姉妹をよそに。

うーちゃんは巾着を見つめていた。

「……うーちゃん」

『…………』

「よろしく♡」

少しの沈黙。

そして。

『……よろしく』

「えへへ♡」

イズナはそんなうーちゃんを、静かに見つめた。

それから――

ユイの青いペンダント。

自分の赤いペンダント。

二つを見比べる。

「……そっか」

「?」

「お姉ちゃんも、見つけたんだね」

「何を?」

「……まだ秘密」

「えー?」

その横では。

「……おなまえ、なあに?」

うーちゃんが巾着に尋ねていた。

少しの沈黙。

やがて――

『それは――』

ぽうっ。

狐火の模様が、小さく光った。

そしてユイはまだ知らない。

その小さな巾着の中にいる存在が――

うーちゃんと同じように。

イズナと「絆」で結ばれた、

もうひとりの小さな精霊だということを。


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