第6話 いっしょのなか
ある日の夕方。
ユイは机に向かって、宿題をしていた。
「うーん……ここ、違うかな」
ノートへ鉛筆を走らせる。
その足元では――。
ころ。
ころころ。
「う〜♪」
うーちゃんが、お気に入りの小さなボールで遊んでいた。
ころん。
追いかけて。
ぺた。
ぺた。
また転がして。
「楽しそうだね」
「う〜♡」
ユイは思わず笑う。
それからまた、宿題へ目を戻した。
――その直後。
ころころ。
ころん。
「あっ」
ボールが棚の下へ入り込んだ。
「…………」
うーちゃんが固まる。
じーっ。
棚の下。
暗い隙間の奥に、ボールが見えている。
「……ぼーる」
ぺた。
ぺた。
棚の前まで行って。
ぺたん。
床へ座る。
そして。
「ん〜〜……!」
小さな手を。
ぐーーーーっ。
あと少し。
指先が届きそうで――。
届かない。
「ん〜〜……!」
さらに伸ばす。
「…………」
でも。
届かない。
「……むぅ」
ほっぺが少し膨らんだ。
その様子を見ていたユイが声をかける。
「取ってあげようか?」
「…………」
うーちゃんが振り返る。
ユイを見る。
それから。
ふる。
ふる。
首を横に振った。
「自分で取りたい?」
「…………」
こくん。
「そっか」
すると。
うーちゃんは、もう一度棚の下を見て。
小さな声で言った。
「……うーちゃん、やる」
「……!」
ユイの手が止まった。
「今……」
うーちゃんは、もうボールしか見ていない。
「うーちゃん、やる……!」
ぐーーーーっ。
「…………」
ユイは少し驚いて。
それから、にこっと笑った。
「そっか」
「……う?」
「じゃあ、がんばれ」
「う!」
◇
うーちゃんが、もう一度手を伸ばした。
そのときだった。
きらっ。
「……?」
うーちゃんのパーカー。
元はなかったはずのにんじんの印が、淡く光った。
「……え?」
ユイが目を止める。
「うーちゃん?」
「……?」
ほわ……。
光は消えない。
それどころか。
同時に――。
きらっ。
「!」
ユイの胸元。
青いペンダントが光った。
「ペンダント……?」
青い宝石の奥から、柔らかな光があふれていく。
「……ユイ?」
うーちゃんも、ユイの方を見る。
ほわ……。
ほわ……。
二つの光。
青いペンダント。
にんじんの印。
それが。
とくん。
とくん。
まるで同じ心臓のように。
同じ間隔で、光り始めた。
「…………」
「…………」
「うーちゃん……?」
「……う?」
うーちゃんも分からないらしい。
不思議そうな顔で、ユイを見ている。
◇
やがて。
ぺた。
ぺた。
うーちゃんが、ユイのところまで歩いてきた。
「どうしたの?」
「…………」
両手を――。
ぱっ。
いっぱいに広げる。
「……だっこ」
「…………」
いつものお願い。
こんな状況でも、そこは変わらないらしい。
「うん」
ユイは笑って。
ひょい。
小さな身体を抱き上げた。
「う〜♡」
ぎゅっ。
うーちゃんが、いつものようにユイの胸元へ頬を寄せる。
すり。
すり。
「…………」
とくん。
「……え?」
その瞬間。
ぱあっ――!
「えっ!?」
「……!」
光が一気に強くなった。
青。
白。
淡いピンク。
二人の周囲を、柔らかな光が包み込む。
「な、なに……?」
反射的に。
ユイは、うーちゃんを抱く腕へ力を込めた。
「うーちゃん」
「……ユイ?」
でも――。
ふわっ。
「……え?」
腕の中の感触が。
少しだけ、軽くなった。
「…………?」
見る。
「……うーちゃん?」
小さな身体が。
光っている。
いや。
違う。
身体そのものが――。
少しずつ。
光の粒へ変わっている。
「……え?」
さら。
さら……。
小さな手。
長いたれ耳。
ふわふわの髪。
一つずつ。
優しい光になって――。
「待って……」
ユイの顔から血の気が引く。
「うーちゃん?」
「…………」
「待って!」
ぎゅっ!
ユイは、小さな身体を離さないように強く抱きしめた。
「やだ……!」
「……?」
「いなくならないで!」
ユイの声が震える。
「うーちゃん!」
けれど。
「…………」
当のうーちゃんは。
きょとん。
自分に何が起きているのか、よく分かっていない。
それから。
ユイの必死な顔を見て。
小さく笑った。
「……ユイ」
「……!」
小さな手が、ユイの胸元へ。
ぺた。
「……いっしょ♡」
「……え?」
ぱあああっ――!
◇
「うーちゃん!」
光が。
ユイの胸元へ吸い込まれていく。
「待って!」
さら。
さら。
最後に残った長いたれ耳も――。
ふわっ。
光になった。
そして。
しーん。
「…………」
ユイの両腕は。
空っぽだった。
「…………」
「……うーちゃん?」
返事がない。
「うーちゃん……?」
ユイは慌てて立ち上がる。
「どこ……?」
机の下。
棚の横。
ベッドの周り。
「うーちゃん!」
いない。
どこにも。
「うーちゃん!」
そのとき。
とくん。
「……!」
胸の奥が。
ふわっと温かくなった。
「……なに?」
そして。
『……ユイ。』
「……え?」
小さな声。
聞き間違えるはずがない。
「うーちゃん?」
『……ここ。』
「ここ……?」
『う〜♡』
「…………」
ユイは、そっと自分の胸元へ手を当てた。
「……いるの?」
『……いっしょ♡』
「…………」
胸の奥から聞こえる。
うーちゃんの声。
姿はない。
でも。
いる。
確かに――ここにいる。
「……よかった」
ユイが小さく息を吐いた。
その瞬間。
ふわっ。
「……?」
今度は。
ユイの制服の上を、淡い光が包み込んだ。
肩。
腕。
胸元。
少しずつ。
光が形を持ち始める。
「なに、これ……」
◇
「……!」
光が消えた。
ユイは、自分の身体を見下ろした。
「これ……」
制服の上。
そこに現れていたのは。
見覚えのある。
アイボリー色のパーカー。
「うーちゃんの……?」
ジップのない、プルオーバー型。
前には、カンガルーポケット。
胸元には、大きなピンク色のリボン。
そして。
小さなにんじんの印。
「…………」
間違いない。
うーちゃんがいつも着ているパーカーだった。
ただし。
「サイズが……」
いつもなら。
小さなうーちゃんには、ぶかぶかのパーカー。
それが今は――。
ユイの身体に、ぴったり。
「…………」
そっと袖へ触れる。
ふわっ。
「あったかい……」
不思議な感触だった。
ただの服ではない。
まるで。
うーちゃんを抱っこしているときのような。
柔らかくて。
安心する温かさ。
『う〜♡』
「……ふふ」
ユイは、ようやく笑った。
「本当にいるんだ」
胸元へ手を置く。
『……いる。』
「怖くない?」
「…………」
少しだけ間があって。
『……ユイ、いる♡』
「…………」
「そっか」
ユイの表情が柔らかくなる。
「じゃあ、大丈夫だね」
『う♡』
◇
ころん。
「……?」
床から音がした。
見ると。
棚の下から――。
ころころ。
さっきのボールが転がってきた。
「あ」
『ぼーる!』
「……ふふっ」
ユイは拾い上げた。
「はい」
差し出して――。
「…………」
ぴたっ。
「あ」
いつもの場所に。
うーちゃんがいない。
当たり前だ。
今は。
自分の中にいる。
「…………」
分かっているのに。
少しだけ。
寂しい。
そのとき。
もぞ。
「……?」
お腹のあたり。
カンガルーポケットが動いた。
「え?」
ぽうっ。
ポケットの中が、淡く光る。
『う〜♡』
「…………」
ユイは目を丸くした。
「そこから聞こえるの?」
『う♡』
「…………」
「ほんとに変なの」
ボールを。
ぽすっ。
カンガルーポケットへ入れる。
『……!』
「はい」
『ぼーる♡』
「ふふっ」
姿が見えないだけで。
中身は、いつものうーちゃんだった。
◇
それから、しばらくして。
「……あれ?」
青いペンダントの光が。
すぅ……。
少しずつ弱くなっていく。
『……う?』
「うーちゃん?」
パーカーも。
ほわ……。
光の粒へ変わり始める。
「また……?」
でも。
さっきとは少し違った。
怖くはなかった。
「…………」
ぱあっ。
ユイの目の前へ、小さな光が集まる。
ふわ。
長いたれ耳。
小さな身体。
ふわふわの髪。
ぶかぶかのパーカー。
そして――。
ぽすっ♡
「う〜♡」
「うーちゃん!」
ぎゅーーーーっ♡
「う〜〜♡」
「よかった……」
ユイは小さな身体を強く抱きしめる。
「ちゃんと戻ってきた」
「う〜♡」
うーちゃんも。
きゅっ。
ユイの服を握った。
「…………」
さっきまで。
ずっと一緒だったはずなのに。
姿が戻っただけで、こんなにも安心する。
「さっきの、なんだったんだろうね」
「……?」
こてん。
「分かってないよね」
「う〜♡」
「ふふっ」
◇
ユイは、まだ知らない。
うーちゃんも。
まだ知らない。
二人を包んだ、あの光。
うーちゃんがユイの中へ入り。
その力が、ユイの身を包んだ現象。
それが――。
二人のキズナを。
一つの力へ変える。
換装。
その最初の一歩だったことを。
でも。
ひとつだけ。
二人にも分かったことがあった。
「うーちゃん」
「……?」
ユイは、うーちゃんを抱いたまま笑う。
「離れてても、一緒だったね」
「…………」
うーちゃんは。
にこっ♡
「……いっしょ♡」
ぎゅっ。
ユイも。
もう一度。
小さな身体を抱きしめた。




