エトワール
――ある日の午後。
絆守。
「こんにちは。」
「う〜♡」
「こんにちは!」
「カナデなら奥にいるって。」
「行こ。」
廊下を――
てくてく。
「今日はなにするの?」
「報告。」
「戦わない?」
「戦いません。」
「そっか。」
「う?」
「この前の――」
うーちゃんを見る。
「うーちゃんの新しい力。」
「…………。」
「覚えてる?」
「うー……。」
少し考えて。
ぱあっ♡
「まもった♡」
「そう。」
なで。
なで。
「うーちゃんが守ってくれた。」
「う〜♡」
「僕も見た!」
「私もいたから。」
「僕もいた!」
「分かったって。」
* * *
がちゃ。
「来たか。」
「こんにちは。」
「こんにちは。」
「カナデ!」
「相変わらず元気だな。」
「僕、元気!」
「見れば分かる。」
「それで?」
「この前――」
少し表情を引き締めます。
「中級種と、もう一度戦いました。」
「ああ。」
「報告は聞いてる。」
「そのとき。」
「うーちゃんとの換装中に――」
「?」
「新しい力が使えるようになりました。」
「どんな?」
「防御結界です。」
「ただ――」
「今は一人だけ。」
「一人?」
「自分か、別の誰か一人。」
「そのどちらかにしか張れません。」
「なるほど。」
「今回は――」
ユイを見る。
「お姉ちゃんが自分に使った。」
「それで?」
「中級種を引きつけてもらって――」
「イズナが倒した。」
「…………。」
「悪くない。」
「本当ですか?」
「ああ。」
「一人しか守れないなら――」
「守ってる奴が敵を引きつければいい。」
「言い方。」
「事実だ。」
「私も途中から――」
「完全に囮だなって思ってました。」
「お姉ちゃんまで!」
「僕も囮やる!」
「ダメ。」
「…………。」
「しかし――」
うーちゃんを見る。
「う?」
「以前にはなかったんだな?」
「はい。」
「…………。」
「絆が深まったことで――」
「外套の力そのものが成長したのかもしれないな。」
「…………。」
自分を指して。
「うーちゃん……。」
「?」
「つよくなった?」
「…………。」
少し笑って。
「ああ。」
「…………!」
ぱああっ♡
「う〜♡」
「よかったね。」
「うん♡」
「ただし。」
「う?」
「無茶はするな。」
「…………。」
こくん。
「そこは私が――」
「お前もだ。」
「私も?」
「むしろお姉ちゃん。」
「あ。」
「もう一つ報告が。」
「?」
「なんだ?」
「カナタとも――」
「同調できるようになりました。」
「…………。」
ぴたっ。
「?」
「?」
「?」
「今――」
「なんて言った?」
「カナタとも同調しました。」
「僕ともできるよ!」
ぱあっ!
「同調だけか?」
「いえ。」
「換装もできます。」
「…………。」
「カナデさん?」
「いつからだ?」
「少し前です。」
「…………。」
「うーちゃんと同調してから――」
「う?」
「まだ大して経ってない。」
「はい。」
「その間に――」
カナタを見る。
「もう二人目か。」
「そんなに珍しいの?」
「複数の精霊と同調すること自体は――」
「ある。」
「じゃあ……。」
「問題はそこじゃない。」
「早すぎるんだ。」
「…………。」
「同調には――」
「相性も。」
「信頼も。」
「積み重ねもいる。」
「それを――」
うーちゃんを見る。
そして――
カナタ。
「これだけ短い間に。」
「別々の精霊と――」
「換装まで成立させた。」
「…………。」
「そんなに……。」
「少なくとも俺は――」
少し考えて。
「そう何度も見たことがない。」
「…………。」
「ユイ、すごい。」
「…………。」
ユイを見上げて。
「ユイ、すごい?」
「…………。」
「すごいで済めばいいがな。」
「う?」
「怖い言い方しないでください。」
「…………。」
ユイを見る。
「お前――」
「いったい何者なんだろうな。」
「…………。」
「私に聞かないでください。」
「それもそうだ。」
「カナデさん。」
「ん?」
「お母さんは?」
「…………。」
「お母さんも――」
「何人もの精霊と同調できた?」
「…………。」
少し昔を思い出して。
「いや。」
「…………。」
「少なくとも――」
「俺が知っている限りではな。」
「だから――」
「母親から受け継いだ力だと、簡単に決めつける気はない。」
「じゃあ……。」
「お前自身に――」
「何かあるのかもしれない。」
* * *
そのとき。
…………ぺた。
「?」
…………ぺた。
「う?」
「?」
「…………。」
廊下の奥。
ぺた……。
ぺた……。
「なんか来てる。」
「うん。」
ぺた……。
ぺた……。
「…………。」
ぺた……。
「…………。」
ぺた……。
「まだ?」
「待ちなさい。」
「おそい。」
「いつものことだ。」
ようやく――
ひょこ。
現れたのは、
小さな女の子。
見た目は――
うーちゃんたちと同じような、
幼い姿。
でも。
カメの特徴を持った――
小さな精霊。
「起きたか。」
「…………。」
ゆっくり――
こくん。
「カナデ。」
「ん?」
「この子だれ?」
「俺の相棒だ。」
「相棒?」
「この子が!?」
「ああ。」
「…………。」
「名前は?」
「エトワール。」
「…………。」
「エトワール?」
「ああ。」
「それって――」
少し考えて。
「フランス語で『星』ですよね?」
「ああ。」
「…………。」
「なんだ。」
「ずいぶん――」
「おしゃれな名前ですね。」
「悪いか。」
「いえ。」
ちらっ。
カナデを見る。
「まさか――」
「カナデさんが付けたんですか?」
「ああ。」
「…………。」
「カナデさんが?」
「なんで二回言った。」
「お姉ちゃん、失礼。」
「…………。」
ゆっくり。
「若いころの……こやつは……。」
「おい。」
「こういう……ところが……あったのじゃ。」
「余計なこと言うな。」
「へぇ〜。」
「その顔やめろ。」
「エトワールは気に入ってるの?」
「…………。」
…………。
「…………。」
「まあ……。」
「そこ即答しろよ。」
「気に入って……おるぞ。」
「遅い。」
* * *
「…………。」
「…………。」
二人――
じーーっ。
「うー……。」
「…………。」
うーちゃんが――
ぺた。
ぺた。
エトワールの前へ。
ぺこっ。
「こんにちは。」
「…………。」
…………。
…………。
「…………。」
「返事しないよ?」
「待て。」
「まだ?」
「まだだ。」
「…………。」
ゆっくり。
「こんにちは。」
「…………!」
ぱあっ♡
「う〜♡」
「おそい!」
「言わないの。」
「えと……。」
「…………。」
「えとわ……。」
「…………。」
一生懸命――
考えて。
「エト♡」
「…………。」
「だめ?」
「…………。」
…………。
「それで……よい。」
「…………!」
ぱあっ♡
「う〜♡ エト♡」
「エトワール!」
「…………。」
「何歳?」
「好きな食べ物は?」
「泳げる?」
「走れる?」
「僕と飛ぶ?」
「一個ずつ!」
「…………。」
…………。
「…………。」
「一つずつ……頼む。」
「じゃあ何歳?」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「忘れたの。」
「待ったのに!?」
「ははっ。」
* * *
「カナデさん。」
「ん?」
「エトワールとは――」
「どのくらい一緒なんですか?」
「…………。」
エトワールを見る。
「長すぎて忘れた。」
「そんなに?」
「ああ。」
「…………。」
「お前は覚えてるか?」
「…………。」
…………。
「わしは……覚えておる。」
「じゃあ何年だ?」
「…………。」
「…………。」
「やっぱりいい。」
「聞こうよ!」
「うん。」
「エトと――」
エトワールを見る。
「ずっと、いっしょ?」
「…………。」
にっ。
「ああ。」
「…………。」
ユイを見る。
ぺた。
むぎゅっ♡
「わっ。」
「うーちゃんも――」
「ユイと、ずっといっしょ♡」
「…………。」
少しだけ――
目を細めます。
ぎゅっ。
「うん。」
「う〜♡」
「…………。」
その二人を――
静かに見つめています。
* * *
「…………。」
ふと。
エトワールを――
もう一度見ます。
「…………?」
何かが――
引っかかります。
「この子……。」
「?」
「どこかで……。」
そして――
「…………!」
思い出します。
あの日。
カナデが見せてくれた――
古い写真。
若い父。
若い母。
若いカナデ。
そして。
そのそばにいた――
小さな精霊。
「カナデさん。」
「なんだ?」
「もしかして――」
エトワールを見る。
「あの写真にいたのって……。」
「…………。」
「ああ。」
「じゃあ。」
表情が――
変わります。
「あの日も――」
「ああ。」
「…………。」
「俺たちと一緒にいた。」
「じゃあ――」
エトワールを見る。
「黒い靄に飲まれかけた精霊って……。」
「ああ。」
「…………。」
「エトワールだったんですね。」
* * *
「でも……。」
現在のエトワールを見る。
「今はなんともない。」
「どうやって助けたんですか?」
「…………。」
「俺じゃない。」
「え?」
「助けたのは――」
ユイ。
イズナ。
二人を見る。
「君たちの母親だ。」
「…………!」
「お母さんが!?」
* * *
――数年前。
森。
「……っ!」
黒い靄が――
身体を包みます。
瞳には――
赤い光。
「エトワール!」
「触らないで!」
「でも!」
母は――
エトワールを見つめます。
「…………。」
父
「どうだ?」
母
「まだ。」
「?」
母
「まだ――」
「この子のまま。」
* * *
母は――
そっと手を伸ばします。
「危険だ!」
「分かってる。」
黒い靄が――
ざわっ。
「聞こえる?」
「……っ。」
「戻っておいで。」
「あなたを――」
ちらっ。
カナデを見る。
「待ってる人がいるよ。」
「…………。」
「カナデ。」
「呼んであげて。」
「…………。」
ぎゅっ。
「エトワール。」
赤い瞳が――
揺れます。
「俺を置いて――」
「勝手にどこか行くな。」
「帰ってこい!」
その瞬間。
ぽう……。
カナデとエトワールの間に――
淡い光。
「…………!」
黒い靄が――
ざわっ。
すうっ……。
少しずつ。
少しずつ――
エトワールの身体から離れていきます。
赤かった瞳が――
元の色へ。
「…………!」
「エトワール。」
「…………。」
「おい。」
「返事しろ。」
…………。
…………
「エトワール!」
「…………うるさいの。」
「…………!」
「ふふっ。」
* * *
「…………。」
「じゃあ――」
「フレイになっても、戻せるってこと?」
「いや。」
「でも!」
「決めつけるな。」
カナデは――
エトワールを見る。
「黒い靄に侵された。」
「瞳も赤くなった。」
「だが――」
「本当にフレイ化が始まっていたのか。」
「それすら今も分からない。」
「…………。」
「でも。」
「?」
「お母さんは――」
『まだ、この子のまま。』
「そう言った。」
「…………。」
「何か――」
「知ってたんじゃないですか?」
長い沈黙。
「…………。」
「ああ。」
「!」
「俺も――」
「あの日から、そう思ってる。」
その横。
うーちゃんは――
エトワールを、
じっと見ています。
「うー……。」
「…………。」
「…………。」
自分の胸へ――
小さな手。
「うーちゃん?」
「なんか……。」
「?」
「…………。」
首を――
こてん。
「わかんない。」
エトワールも――
何も言わず。
うーちゃんを見つめています。
――帰る時間。
「エトワール、またね!」
「またね。」
「じゃあね。」
「今日はありがとうございました。」
「ああ。」
うーちゃんは――
エトワールへ。
小さく、
ふりふり。
「エト♡」
「…………。」
「またね♡」
…………
みんなが歩き始めます。
「返事ないよ?」
「待て。」
「まだ?」
そして――
扉が閉まる直前。
「…………またの。」
「!」
ぱあっ♡
「う〜♡」
大きく――
ふりふり。
「エト、またね〜♡」
がちゃ。
静かになった部屋。
「…………。」
エトワールの隣へ。
ぽすっ。
「もう、ずいぶん経ったな。」
「…………。」
「…………。」
…………。
…………
「そうじゃの。」
「相変わらず遅い。」
「おぬしが……せっかちなだけじゃ。」
「そうかよ。」
ふっ。
少しだけ――
笑います。
あの日。
黒い靄から帰ってきた――
エトワール。
なぜユイの母には、
「まだ戻れる」と分かったのか。
なぜユイは――
これほど短い間に、
二人の精霊と深く同調できたのか。
そして。
なぜうーちゃんは――
エトワールを見たとき、
何かを感じたのか。
別々だったはずの謎が――
少しずつ。
同じ場所へ向かって、
つながり始めていました。




