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第4話 だっこして

朝。

 カーテンの隙間から、柔らかな光が差し込んでいた。

「ん……」

 ユイがゆっくりと目を開ける。

「…………?」

 なんだろう。

 胸のあたりが、いつもより少し重い。

 そっと視線を下へ向けると――。

「……あ」

 ふわふわ。

 すや……。

 すや……。

 そこには、うーちゃんがいた。

「うーちゃん……?」

 昨日の夜。

 ちゃんと、うーちゃん用

 といっても余っていたクッションと毛布だが・・・に寝かせたはずだった。

 それなのに。

 今はユイの胸にぴったりとくっついて、気持ちよさそうに眠っている。

「…………」

 小さな手は、ユイの服を。

 きゅっ。

 長いたれ耳も、ユイの身体の上へふわりと垂れている。

「ふふっ」

 ユイは思わず笑った。

「いつ来たの?」

「すぅ……」

 もちろん、返事はない。

「もう……」

 夜中に目を覚まして、ひとりなのが寂しくなったのだろうか。

 それとも。

 ただ、ユイのそばで眠りたかったのか。

「…………」

 どちらにしても。

 こんなふうにくっつかれてしまうと、怒る気にはなれなかった。

     ◇

「よいしょ……」

 ユイは、うーちゃんを起こさないように。

 そーっと。

 そーーっと。

 身体を起こした。

 すると。

 ころん。

「……」

「……?」

 ぱちっ。

「あ」

 起きた。

「…………」

 うーちゃんは、まだ眠そうな目でユイを見上げている。

 じーーーっ。

「おはよう、うーちゃん」

「……う」

「よく眠れた?」

「…………」

 ぽやーっとしている。

 どうやら、まだ頭は半分くらい夢の中らしい。

「ふふっ」

 ユイはベッドから降りた。

 ぺた。

「…………」

 うーちゃんもベッドから降りる。

 ぺた。

 ぺた。

 ユイの後ろへ。

「…………?」

 洗面所へ向かう。

 ぺたぺた。

 顔を洗って部屋へ戻る。

 ぺたぺた。

 右へ行く。

 ぺたぺた。

 左へ行く。

 ぺたぺた。

「……うーちゃん」

 ぴたっ。

「?」

 長い耳を揺らしながら、うーちゃんが首を傾げた。

「今日もずっとついてくるの?」

「うー♡」

 にぱっ。

「……そっか」

 どうやら今日も、そのつもりらしい。

     ◇

 しばらくして。

 ユイは朝ごはんの準備を始めた。

「さて、と」

 その近くには――。

「…………」

 ちょこん。

 うーちゃん。

「…………」

 じーーーーっ。

「もうちょっと待っててね」

「…………」

 じーーーーっ。

「……?」

 ユイは手を動かしながら、もう一度うーちゃんを見る。

「…………」

 いつもなら。

 ごはんを作り始めると、お皿の方が気になって仕方がないはずなのに。

 今日は違う。

 見ているのは――。

「……私?」

「…………」

 じーーーっ。

 やっぱり。

「どうしたんだろ……」

 そのとき。

 ぺた。

 うーちゃんが動いた。

 ぺた。

 ぺた。

 ユイのところまでやってきて――。

 ちょこん。

 足元へ座る。

「どうしたの?」

「…………」

 うーちゃんはユイを見上げた。

 そして。

 小さな手を――。

 そっ。

 ユイへ向かって伸ばす。

「……?」

 もう片方の手も。

 そっ。

 両手をいっぱいに広げて。

「…………」

「もしかして……」

 うーちゃんの小さな口が動いた。

「……だっこ」

「……!」

 ユイが目を丸くした。

 小さな声。

 まだ、少したどたどしい。

 でも。

 今度は、ちゃんと聞こえた。

「だっこしてほしいの?」

「…………」

 こくん。

 そして、もう一度。

 両手をいっぱいに伸ばす。

「……だっこ」

「…………」

 ユイの頬が緩んだ。

「ふふっ」

 こんなお願いをされて、断れるはずがない。

「はいはい」

 ひょいっ。

 小さな身体を抱き上げた。

 その瞬間――。

「う〜〜♡」

 ぎゅーーーーっ♡

「わっ」

 うーちゃんが、ユイの胸へ思い切りしがみついた。

 むぎゅっ。

 すり。

 すりすり。

 頬までくっつけてくる。

「そんなに抱っこしたかったの?」

「う〜♡」

「ふふっ。そっか」

 なで。

 なで。

 うーちゃんはすっかりご機嫌だった。

     ◇

 ところが。

「じゃあ、朝ごはん作るから――」

 ユイがうーちゃんを床へ降ろそうとする。

「…………」

 ぎゅっ。

「……あれ?」

 離れない。

「うーちゃん?」

「…………」

「ちょっとだけ待ってて?」

 もう一度。

 そーっと。

 降ろそうとすると――。

 ぎゅううううっ。

「わっ」

 さっきより強くなった。

「うーちゃん?」

「…………」

 ぷるぷる。

 小さな頭が左右へ動く。

「降りたくないの?」

「…………」

 ぷるぷる。

 そして。

「……や」

「……!」

 ユイが固まった。

「いま、『や』って言った?」

「…………」

 答える代わりに。

 むぎゅっ。

 うーちゃんはユイの胸へ、もっと深く顔を埋めた。

「……だっこ」

「…………」

「だっこ」

「もう……」

 ユイは困ったように笑った。

 でも、その顔は。

 少し嬉しそうだった。

 なで。

 なで。

「甘えんぼさんなんだから」

「えへへ……♡」

     ◇

 結局。

「これじゃ片手しか使えないんだけどなぁ……」

「う〜♡」

 ユイはうーちゃんを抱っこしたまま、朝ごはんを準備することになった。

 片方の腕でしっかり抱えて。

 空いている手で、できることを少しずつ。

「う〜♡」

 うーちゃんは、とってもご機嫌。

 ユイの胸にぴったりくっついて。

 時々、顔を上げてユイを見る。

「…………」

「なに?」

「う〜♡」

「ふふっ。変なの」

 けれど。

 しばらくすると――。

「…………」

 ぱち。

「…………」

 ぱち……。

 うーちゃんのまぶたが、だんだん重くなってきた。

 とろーん。

「……あれ?」

「…………」

「うーちゃん?」

 こてん。

「あ」

 小さな頬が、ユイの胸へくっついた。

「…………」

 すぅ……。

 すぅ……。

「寝ちゃった……」

 ついさっきまで、あんなにご機嫌だったのに。

 もう夢の中だ。

「…………」

 ユイは眠っているうーちゃんを見つめる。

 長い耳は力が抜けて、ふわり。

 身体もすっかりユイへ預けている。

 それなのに。

「…………」

 小さな手だけは――。

 きゅっ。

 まだユイの服を握っていた。

「……そんなに離れたくないんだ」

「……う〜……」

「…………」

 ユイは少しだけ目を細めた。

「しょうがないなぁ」

 そう言いながら。

 ぎゅっ。

 抱く腕に、少しだけ力を込める。

「……う〜♡」

「!」

 眠ったまま。

 うーちゃんが、ほんの少し笑った。

「……ふふっ」

     ◇

 それから――。

 うーちゃんには、新しいお願いの仕方が増えた。

 甘えたくなると。

 ぺた。

 ぺた。

 ユイのところまでやってきて。

「……?」

 両手を。

 いっぱいに広げる。

「……だっこ♡」

「はいはい♡」

 ひょいっ。

「う〜♡」

 ぎゅっ。

 そこは。

 あったかくて。

 安心できて。

 大好きな人の匂いがする。

 うーちゃんの大好きな場所が、

 またひとつ増えました。

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