第29話 それ、耳じゃないよね?
翌朝――。
ちゅん。
ちゅん。
「…………ん」
みおが、ゆっくり目を開ける。
隣では――
「すぅ……」
ルゥが気持ちよさそうに眠っていた。
「…………」
むくっ。
身体を起こして。
もうすっかり習慣になってしまったように――
自分の頭へ手を伸ばす。
さわっ。
ぴくっ。
「…………」
鏡を見る。
髪の間から――
ぴょこん。
ルゥによく似た、小さな獣耳。
後ろには――
ふわっ。
尻尾。
「…………」
耳を――
ぎゅっ。
ぱっ。
ぴょこん♡
「今日も消えてない」
もう一度。
ぎゅっ。
ぱっ。
ぴょこん♡
「…………」
「そろそろ諦めた方がいいのかな……」
◇
「…………」
その声に。
ルゥが目を覚ました。
ぱちっ。
「みお♡」
「おはよ」
「…………!」
ルゥは――
みおの頭を見る。
ぴょこんと生えた耳。
そして。
ぱあっ♡
「きょうも♡」
「『今日も』じゃない」
「おそろい♡」
「毎朝嬉しそうだね」
「うん♡」
「私はそろそろ困ってるんだけど」
「?」
「まあ、ルゥに言ってもしょうがないか……」
時計を見る。
学校へ行く時間。
「……で」
もう一度、鏡を見る。
ぴょこん。
「問題はこれ」
「みみ♡」
「分かってる」
今日は平日。
当然――
学校がある。
「今まではなんとか誤魔化してたけど……」
制服を見て。
もう一度――
自分の耳を見る。
「学校じゃ、ずっと隠してるわけにもいかないし」
「…………」
鏡へ近づく。
じーーっ。
この耳は――
ルゥとまったく同じ色ではない。
みお自身の髪に近い色。
髪の間へ紛れ込むと――
「…………」
さっ。
さっ。
耳の周りへ髪を整える。
正面。
右。
左。
「…………」
「これ……」
もう一度、正面から。
「髪型で押し通せるんじゃない?」
「みみ」
「髪」
「みみ」
「髪」
「みみ」
「学校では髪」
「…………」
「その顔やめて」
そして――
もう一つ。
ふわっ。
「…………」
尻尾。
「こっちは……」
制服のスカートを見る。
少し考えて――
「…………」
なんとか。
スカートの中へ。
ふわ。
もぞ。
「よし」
鏡で確認。
前。
横。
後ろ。
「…………」
「見えない」
頭を見る。
「耳は髪」
後ろを見る。
「尻尾は見えない」
全身を見る。
「…………」
にやっ。
「いける」
「…………」
「その顔やめてって」
「?」
鞄を持つ。
「じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい♡」
「…………」
玄関へ向かいかけて。
みおは――
振り返った。
「ルゥ」
「?」
「帰ってきてもこれ残ってたら――」
自分の耳を指す。
「一緒にどうにかする方法、考えようね」
「…………」
ぱあっ♡
「おそろい♡」
「消す方の相談だからね」
「おそろい♡」
「聞いてないなぁ……」
がちゃ。
こうして――
獣耳生活、数日目。
みおはついに。
この耳をつけたまま――
学校へ向かうことになった。
◇
「みおー!」
「!」
通学路。
後ろからユイが小走りで追いついてくる。
「おはよ」
「おはよう」
「…………」
「…………」
ユイの視線が――
止まった。
じーーーーっ。
「みお」
「言わないで」
「まだ何も言ってない」
「顔に書いてある」
「その耳――」
「髪」
「無理あるよ」
「学校では髪」
「…………」
ぴくっ。
「動いたよ」
「言わないで」
「じゃあ尻尾は?」
「…………」
「まさかまだ残ってるの?」
「…………」
小さな声で。
「隠した」
「どこに?」
「聞かないで」
「…………」
「聞かないで」
「分かったって」
◇
がらっ。
教室へ入る。
「おはよー」
「おはよ」
「おはよう」
「…………」
誰も――
何も言わない。
一時間目。
二時間目。
休み時間。
「…………」
誰も気づかない。
みおはちらりとユイを見る。
「?」
そして――
小さく。
にやっ。
「いける」
「何が?」
「髪」
「まだ言ってる」
◇
休み時間。
「ねえ、みお」
「?」
クラスメイトが近づいてきた。
「ちょっといい?」
「なに?」
「…………」
ユイが嫌な予感のする顔で見ている。
「髪型変えた?」
「…………」
「…………」
「ちょっとね」
「へえ」
じーーーーっ。
「…………」
右から。
じーっ。
左から。
じーっ。
「なに?」
「いや……」
「…………」
「前から気になってたんだけど」
「…………」
クラスメイトの指が――
みおの頭へ。
「それ――」
一拍。
「耳じゃないよね?」
「…………!」
ユイの目が大きくなる。
「髪」
即答。
「髪?」
「髪」
「でも形が――」
「そういう髪型」
「…………」
さらに近づいてくる。
「触っていい?」
「ダメ」
「なんで?」
「セット崩れるから」
「…………っ」
「ユイ」
「…………」
「笑ったら怒る」
「笑ってない」
「口押さえてるじゃん」
「ちょっと咳が……」
「絶対違う」
その瞬間。
廊下から――
ガタン!!
「!」
みおの耳が――
ぴんっ!!
「…………」
「…………」
「…………」
時間が止まった。
「今、動いたよね?」
「動いてない」
「動いたって!」
「風」
「教室の中だよ!?」
「…………」
キーンコーン。
「授業始まるよ」
「ちょっと待って!」
「席戻って」
「絶対耳でしょ!」
「髪」
◇
昼休み。
「…………」
みおは机へ――
ぺたん。
「大丈夫?」
「疲れた」
「まだ半日だよ」
「耳を隠すの疲れる」
「隠せてないけどね」
「うるさい」
「尻尾は大丈夫?」
「こっちは完璧」
「本当に?」
「スカートの中なら見えないでしょ」
「まあね」
「あ」
ユイがスマホを取り出す。
「そういえば、昨日のルゥかわいかったよ」
「?」
画面には――
みおの隣で眠っているルゥ。
『すぅ……♡』
「…………」
みおの表情が緩む。
「かわいい」
その瞬間。
もぞっ。
「…………」
「…………」
スカートの後ろが――
もぞっ。
もぞもぞっ♡
「…………」
「…………」
「何も言わないで」
「まだ何も言ってない」
「顔に書いてある」
「みお」
「なに」
「もう一回見て」
「嫌」
「ルゥ」
スマホを――
すっ。
耳が――
ぴーん♡
スカートの中では――
もぞもぞもぞ♡
「…………」
「…………」
「感情で動いてない?」
「…………」
「嬉しいと――」
ぴーん♡
「こうなる」
「…………」
「最悪」
ぺたん。
「あ、落ち込むと下がる」
「実況しないで!」
「分かりやすいね」
「嬉しそうに言わないで!」
◇
放課後――。
「結局バレなかったね」
「でしょ」
「いや、疑われてるよ」
「確定はしてない」
「そういう問題?」
「お姉ちゃん」
「あ、イズナ」
校門の近く。
イズナとコヨリが待っていた。
「こんにちは」
「こんにちは」
「…………」
イズナがみおを見る。
「?」
「…………」
その視線が――
頭で止まった。
「みお」
「…………」
「その耳」
「…………」
「まだ残ってるの?」
「うん」
「ずっと?」
「ずっと」
「…………」
イズナの表情が変わる。
「最初にルゥと同化した夜から?」
「うん」
「一度も完全に消えてない?」
「消えてないよ」
「…………」
「じゃあ――」
「?」
「尻尾は?」
「…………」
「あるよ」
「ユイ!」
「どこ?」
「聞かないで!」
◇
「イズナ」
「ん?」
ユイが真面目な声になる。
「みおとルゥが同化できるのは――知ってるよね?」
「もちろん」
あの夜。
触媒なしで――
みおとルゥは同調した。
ルゥの実体を残したまま。
みおの身体へ――
精霊の特徴と能力が現れた。
それは。
イズナも見ている。
「私が気になってるのは――」
イズナはみおの耳を見る。
「解除したあと」
「?」
「同化してないのに――」
ぴくっ。
「ルゥの特徴が残ってる」
「…………」
「私がコヨリとの換装を解除すれば」
「私は私」
「私は私」
「私とうーちゃんも」
「うん」
普通なら――
そこで終わる。
人間は人間へ。
精霊は精霊へ。
元の姿へ戻る。
でも――
みおだけは違う。
「それってまずいの?」
ユイが聞く。
「…………」
「分からない」
「イズナでも?」
「触媒なしで直接同調できる人自体――」
少し考えて。
「ほとんど知らないから」
「じゃあ」
みおが口を開く。
「こうなる人がいるかどうかも?」
「分からない」
「…………」
「比べるものがないんだよ」
「…………」
「まあ」
みおは自分の耳へ触れる。
さわっ。
ぴくっ。
「今のところ困ってないし」
「今日ずっと困ってたよね?」
「学校で隠すのが面倒なだけ」
「それを困ってるって言うんじゃない?」
「大丈夫」
「?」
「髪に見えるから」
「…………」
イズナが見る。
「…………」
コヨリも見る。
「耳に見える」
「…………」
「私も耳だと思う」
「二対一」
「三人いるけど」
「…………」
◇
そのまま。
みんなで――
みおの家へ。
「ただいま」
「!」
たたたたっ!
「みおー♡」
奥からルゥが走ってくる。
むぎゅっ!
「わっ」
「るぅ♡」
「ただいま、ルゥ」
その瞬間。
みおの耳が――
ぴーーん♡
そして。
スカートの中では――
ぶんぶんぶん!
「…………」
「…………」
「すごい」
「見ないで」
「?」
ルゥは――
みおの耳へ手を伸ばす。
そっと触れて。
「おそろい♡」
「朝も言ってたね」
「おそろい♡」
「はいはい」
そう言いながら――
みおも少しだけ嬉しそうだった。
◇
「みお」
「ん?」
ルゥが――
みおの手を取る。
ぎゅっ。
その瞬間。
ぽう……。
「!」
二人の重なった手から――
淡い光。
「…………」
イズナが目を細める。
ペンダントは――
ない。
触媒も――
ない。
それでも。
二人の間には――
確かに何かがつながっている。
光に合わせて――
みおの耳が。
ぴくっ。
そして。
ルゥの耳も――
ぴくっ。
まったく同じ瞬間。
「…………」
「イズナ」
「なに?」
「気になる?」
コヨリが聞く。
「うん」
イズナは――
二人を見つめたまま答える。
「触媒なしで同調できる」
「うん」
「しかも――」
みおを見る。
「同調を解いたあとも、一部が残ってる」
「…………」
「もしかしたら」
「?」
ユイが見る。
「みおとルゥは――」
イズナは少し考える。
「私たちより、境目が薄いのかもしれない」
「境目……」
みおが自分の耳へ触れる。
「人間と精霊の?」
「……たぶん」
「それって――」
ユイが聞こうとする。
「まだ分からない」
「…………」
「分からないから――」
イズナは静かに言った。
「決めつけない方がいい」
「……うん」
それ以上。
誰も――
何も言わなかった。
◇
夕方――。
みおの家を出た三人。
ユイ。
イズナ。
コヨリ。
帰り道を歩く。
「イズナ」
「なに?」
「みお、大丈夫かな」
「今のところはね」
「そっか」
「でも」
「?」
イズナが足を止める。
「触媒がないことより――」
少しだけ間を置いて。
「解除しても残ってることの方が、私は気になる」
「…………」
ユイは――
何も答えなかった。
◇
その頃。
みおの家。
「…………」
鏡の前。
みおは――
自分の姿を見ていた。
髪に紛れた――
小さな耳。
ふわっ。
後ろには――
尻尾。
「みお」
「なに?」
「ルゥ」
「?」
「正直に答えて」
「うん」
「これ」
みおは――
自分の耳を指す。
「髪に見える?」
「…………」
ルゥは――
じーーーーっ。
右から。
じーっ。
左から。
じーっ。
「…………」
そして。
にこっ♡
「みみ♡」
「…………」
ぺたん。
「だよね……」
「おそろい♡」
「…………」
みおは――
少しだけ笑う。
そして。
ルゥの頭を――
なで。
なで。
「まあ、いっか」
「るぅ♡」
鏡の中。
一人の少女と――
一人の小さな精霊。
並んだ、
二組の耳。
違う身体。
違う存在。
それなのに――
まるで、
一つの気持ちを共有しているように。
同じ瞬間。
ぴくっ。
二組の耳が――
まったく同時に動いた。




