第28話 ひとりじゃない
放課後。
「じゃあ、また明日」
校門を出たところで、ユイが手を振った。
「うん、またね」
みおも手を振り返す。
「今日は寄ってかない?」
「今日は帰る」
「そっか」
「ルゥ待ってるし」
そう答えた瞬間、ユイが小さく笑った。
「ふふっ」
「なに?」
「なんでもない」
「……なによ」
少しだけ気になったけれど、ユイはそれ以上何も言わなかった。
みおはユイと別れ、一人で家へ向かう。
てく、てく。
いつもの帰り道。
けれど、しばらく歩いているうちに。
てくてく。
てくてくてく。
「…………」
気づけば、少しずつ足が速くなっていた。
そこでようやく、みお自身も気づく。
「私……」
ぽつりと呟いて。
「帰るの、楽しみにしてる」
なんだかおかしくなって、少しだけ笑った。
◇
がちゃ。
「ただいまー」
家の中は静かだった。
両親は仕事でいないことが多い。
「…………」
いつもの家。
いつもの静けさ。
――の、はずだった。
たたたたっ!
「?」
奥から、小さな足音が聞こえてくる。
「みお!」
「わっ!」
飛び出してきたルゥが、そのままみおへ飛びついた。
「るぅ♡」
「ちょっと、ルゥ」
むぎゅうう。
「苦しいって」
「…………♡」
それでも離れない。
みおは困ったように笑うと、小さな頭を撫でた。
「……ただいま、ルゥ」
「るぅ♡」
しばらくして。
飲み物を持ってソファへ座ると、当然のようにルゥも隣へやってきた。
ぴとっ。
「今日ね」
「?」
「ユイが授業中――」
みおは今日あったことを話し始める。
授業のこと。
先生のこと。
ユイのこと。
ルゥは何も言わず、じっと聞いていた。
「それで先生が――」
「…………」
「…………」
「?」
「ちゃんと聞いてる?」
こくん。
「分かってる?」
ふるふる。
「分かってないんだ」
「…………」
それでもルゥは、みおの顔をじっと見つめている。
「……まあいいか」
みおは笑った。
「聞いてくれるだけで」
「るぅ♡」
それから、みおは宿題を始めた。
「さて、やろっかな」
机へ向かう。
すると――。
とことこ。
「…………」
当然のように、ルゥも隣へやってきた。
「…………」
「…………」
「やる?」
「!」
こくん!
「じゃあ、はい」
紙と鉛筆を渡してやる。
「ここは――」
みおが問題を解いている横で。
ルゥも一生懸命、鉛筆を動かした。
ぐる。
ぐる。
ぐるぐるぐる。
「…………」
「できた♡」
差し出された紙には、紙いっぱいのぐるぐる。
みおはしばらくそれを見つめると、赤ペンを取った。
大きな丸を一つ。
「百点」
「…………!」
ルゥの顔が、ぱあっと輝く。
「ひゃくてん♡」
「ふふっ」
夕方。
ルゥが一人で遊んでいる間、みおはふと部屋を見回した。
ソファ。
机。
テレビ。
何も変わっていない。
以前と同じ家だ。
「みお」
「ん?」
「みて♡」
ルゥが、さっきのぐるぐるを嬉しそうに持ってくる。
「はいはい」
――でも。
全然違う。
少し前まで。
この家には、自分しかいなかった。
『ただいま』
がちゃ。
しーん……。
『…………』
一人でご飯を食べた。
一人でテレビを見た。
一人で宿題をした。
それが普通だった。
だから――。
寂しいなんて、考えたこともなかった。
「みお♡」
「…………」
ぴとっ。
ルゥが身体を寄せてくる。
みおはその頭を撫でながら、小さく呟いた。
「……そっか」
「?」
「私、一人でも平気なんだと思ってた」
「…………」
「でも――」
少し笑う。
「慣れてただけだったのかも」
ルゥは不思議そうに首を傾げた。
「そういえば」
みおはソファへ座り直した。
「前にもいたなぁ」
「?」
「一人でも平気そうな子」
◇
高校へ入学して、まだ間もない頃。
放課後。
クラスメイトたちが友達と帰っていく中、一人で教室を出ていく少女がいた。
ユイだった。
「…………」
「…………」
みおは少しだけ迷ってから、声をかけた。
「ねえ」
「?」
ユイが振り返る。
「今日も一人?」
「……うん」
「家、こっち?」
「うん」
「じゃあ途中まで一緒だ」
「そうなんだ」
それだけだった。
約束したわけでもない。
けれど自然に、二人は並んで歩き始めた。
「家帰ったら何するの?」
「んー。ご飯作って、洗濯して」
「…………」
「あと宿題」
「……待って」
「?」
「一人暮らしなの!?」
「うん」
「高校生で!?」
「そんな驚く?」
「驚くよ!」
ユイはきょとんとしている。
「親戚も近くにいるし」
「そういう問題かな……」
みおには、やっぱりすごいことに思えた。
「みおは?」
「私?」
「帰ったら」
「…………」
少し考えてから答える。
「だいたい一人」
「そうなんだ」
「うん」
少しだけ、沈黙が流れた。
「寂しくない?」
「全然」
みおはすぐに答えた。
「一人って楽じゃない?」
「…………」
ユイも少し考えて。
「分かる」
「でしょ?」
「…………」
「…………」
てく、てく。
二人で歩く。
たぶん。
二人とも、なんとなく分かっていた。
それ以上は言わなかった。
分かれ道。
「じゃあ」
「うん」
「また明日」
「また明日」
二人はそれぞれの家へ帰った。
そして翌日の放課後。
「じゃあ帰ろっか」
「…………」
みおはユイを見る。
「一緒に?」
「昨日も一緒だったじゃん」
「まあね」
二人で歩いた。
次の日も。
その次の日も。
一緒に帰って。
話して。
笑って。
いつの間にか、それが当たり前になっていた。
ある日の放課後。
「みお」
「ん?」
「今日――」
ユイが少しだけ照れたように言った。
「うち、寄ってく?」
「…………」
「いいの?」
「もちろん」
「じゃあ――」
みおは笑った。
「行く」
「うん」
それが――。
二人の「いつも」の始まりだった。
◇
「その子がユイ」
「ユイ」
「そう」
ルゥは、みおの話をじっと聞いている。
「たぶん、似てたんだと思う」
「?」
「一人でも平気って顔してるところ」
みおは少し笑った。
「私とユイ」
「…………」
「だからかな」
「?」
「なんとなく――放っておけなかった」
少し考えて。
「まあ、ユイも同じだったのかもしれないけど」
「…………」
そこで。
みおはルゥを見た。
「そういえば」
「?」
「ルゥ」
「?」
「私と会う前――」
一瞬、聞いていいのか迷う。
「一人だったの?」
「…………」
ルゥは答えなかった。
ただ。
長い耳が、少しだけ下がる。
そして――。
こくん。
「…………そっか」
「…………」
「じゃあ」
みおは、ずっと気になっていたことを聞いた。
「どうして私だったの?」
「?」
「どうして私を呼んだの?」
あの日。
森の中で聞こえた、小さな声。
誰にも聞こえなかった。
けれど――。
みおだけには届いた。
「…………」
ルゥは小さな手を、自分の胸へ置いた。
ぺた。
そして。
もう片方の手を、みおの胸へ。
ぺた。
「?」
「…………おんなじ」
「おんなじ?」
「うん」
「何が?」
「…………」
ルゥは一生懸命、言葉を探していた。
「みおも」
「うん」
「ひとり」
「…………」
「ルゥも」
自分を指す。
「ひとり」
それから、もう一度みおへ。
「おんなじだった」
「…………」
みおは目を見開いた。
そして――。
「そっか」
笑った。
「私がユイを見つけたみたいに」
「?」
「今度はルゥが、私を見つけたんだ」
「…………」
みおはルゥを見つめる。
「でもね」
「?」
小さな身体を抱き上げた。
「!」
ぎゅっ。
「もう――」
みおは優しく笑った。
「おんなじじゃないよ」
「…………?」
「だって」
もう一度。
ぎゅっ。
「今は二人だから」
「…………」
ルゥの顔が、ぱあっと輝いた。
「るぅ♡」
むぎゅうううっ。
「苦しいって」
「るぅ〜♡」
「……まあ、いいか」
◇
夜。
「おやすみ、ルゥ」
「おやすみ」
ぴとっ。
ルゥは今日も、当然のようにみおの隣へ潜り込んだ。
「今日もそこ?」
「うん」
「そっか」
「…………」
「…………」
静かな夜。
しばらくして。
「みお」
「ん?」
「あったかい」
「…………」
みおは少しだけ笑った。
「うん」
ルゥを抱き寄せる。
「あったかいね」
そのときだった。
ぴくっ。
「…………?」
みおの耳が動く。
同時に。
ぴくっ。
ルゥの耳も動いた。
まったく同じ瞬間に。
「…………?」
「?」
二人で顔を見合わせる。
ユイには――青いペンダント。
イズナには――赤いペンダント。
人と精霊の絆をつなぐ、触媒。
けれど。
みおには――何もない。
「…………」
「…………」
二人は、そっと手を重ねた。
その瞬間。
ぽう……。
重なった手の間から、淡い光が生まれる。
触媒はない。
贈り物も――まだない。
それでも。
二人の間には確かに、何かがつながっていた。
一人でいることに、慣れていた少女。
一人でいた、小さな精霊。
二人は――出会った。
昔。
みおがユイを見つけたように。
今度は――。
ルゥが、みおを見つけた。
「おやすみ、ルゥ」
「おやすみ、みお♡」
ぎゅっ。
もう――ひとりじゃない。
二人の重なった手から。
小さな光が――。
きらっ。




