第24話 あたらしいおともだち
夕暮れ。
旧研究施設からの帰り道を、ユイたちは歩いていた。
「結局、何も分からなかったなぁ」
「完全に焼けてたからね」
イズナが淡々と答える。
「でも――」
みおが、ちらりと後ろを振り返った。
そこでは、
「…………」
ぺた。ぺた。
うーちゃんが歩いている。
そして、その隣を――
「…………」
ぺた。ぺた。
今日出会ったばかりの、小さなモモンガの精霊が歩いていた。
二人はいつの間にか、きれいに横並びになっている。
「一人増えたけどね」
「……そうだね」
ユイは苦笑した。
何も見つからなかったはずなのに。
帰る人数だけは、一人増えていた。
しばらく歩くと、道が二つに分かれた。
「じゃあ、私たちこっちだから」
「うん。また明日」
「また学校でね」
みおの足元には、ルゥがいる。
「…………」
「ルゥ♡」
うーちゃんが、ぶんぶんと手を振った。
ルゥはしばらくその姿を見つめていたが――
「…………」
ほんの少しだけ。
小さな手を振った。
「……!」
うーちゃんの顔が、ぱあっと明るくなる。
少しずつだけれど。
二人の距離も、縮まっているらしい。
さらに歩いていくと、今度はイズナたちとの分かれ道に着いた。
「じゃ、私たちも帰るね」
「うん」
「うーちゃん、またね」
コヨリがそう言うと、うーちゃんは少し黙った。
「…………」
「うーちゃん?」
「また……くる?」
コヨリは、にこっと笑う。
「もちろん」
「…………♡」
ぱあっ。
「またね♡」
安心したように、うーちゃんが手を振った。
「じゃあ、お姉ちゃん」
「ん?」
イズナは、ユイの後ろにいるモモンガの子をちらりと見る。
「よろしく」
「…………」
ユイは眉を寄せた。
「何その全部任せたみたいな言い方」
「だって、お姉ちゃんについてきたんでしょ」
「そうだけど」
「じゃあよろしく」
「二回言った!」
「ふふっ」
イズナとコヨリが去っていく。
残されたユイは、隣を見る。
うーちゃん。
そして――モモンガの子。
「…………」
どうやら今夜から、少し賑やかになりそうだった。
◇
「ただいま」
「ただいま♡」
ユイの家に到着した。
けれど、モモンガの子だけは玄関の前で足を止めた。
「…………」
じーっと家を見上げている。
「ここ……」
「ん?」
「ユイのおうち?」
「そうだよ」
「…………」
少し迷うように、小さな手を胸元へ寄せる。
「わたしも……」
「うん」
「はいっていいの?」
「…………」
ユイは少しだけ笑った。
「もちろん」
「!」
ぱあっ、と表情が輝く。
「おじゃまします!」
ぺたぺたぺた!
「あ、待って」
「?」
「靴」
「あ」
「ぬぐ♡」
隣で、うーちゃんが得意げに教える。
「うーちゃん先輩、お願いします」
「せんぱい♡」
意味を分かっているのかは怪しいけれど、本人はとても嬉しそうだった。
部屋に入った途端、モモンガの子の目が輝いた。
「…………!」
きょろ。きょろ。
ソファ。
テーブル。
テレビ。
キッチン。
見るものすべてが珍しいらしい。
「ユイ!」
「なに?」
「これなに!?」
「ソファ」
「これは!?」
「テレビ」
「これは!?」
「テーブル」
「これは!?」
「まだあるの!?」
質問攻めにされながら、ユイは荷物を片づけていく。
そのとき。
する。
するする。
「…………?」
妙な音がして振り返る。
「…………」
モモンガの子が――壁を登っていた。
「…………」
ユイは数秒、固まった。
「ちょっと!」
「?」
壁の途中で、ぴたっ。
「家の中で壁登らない!」
「なんで?」
「なんでって……」
ユイは壁を指さした。
「壁だから!」
「?」
「……とにかくダメ!」
「わかった!」
するする。
素直に降りてくる。
「よし」
ユイが安心して背を向けると、
「じゃあこっち!」
するするするっ!
今度はカーテンを登り始めた。
「そっちもダメ!」
先が思いやられる。
◇
そんな二人のやり取りを、うーちゃんはじーっと見ていた。
「…………」
やがて、モモンガの子の手を――
きゅっ。
「?」
「こっち♡」
ぺた。ぺた。
今度はうーちゃんが、家の中を案内し始める。
「ここは?」
「おみず♡」
「おみず!」
「こっち♡」
ぺたぺた。
そして、ある場所で立ち止まった。
「ここ♡」
「なに?」
「おやつ♡」
「かわいい!」
ユイはその様子を微笑ましく観察します。
「えへへ♡」
「おやつ♡」
「もう覚えた……」
さらに、うーちゃんは歩いていく。
「ここ♡」
「?」
びしっ。
小さな指が、ユイへ向けられた。
「ユイ♡」
「わたし?!」
「ユイ♡」
「かわいいなぁ、もう」
そのとき。
「…………」
モモンガの子が、うーちゃんの服を見つめた。
「それ」
「?」
「かわいい♡」
「!」
うーちゃんの顔が、ぱあっと輝いた。
自分のパーカーを両手で、ぎゅっ。
「ユイにもらった♡」
「ユイに?」
「うん♡」
胸元には、大きなピンクのリボン。
ポケットには、小さなにんじんマーク。
「だいじ♡」
うーちゃんが、もう一度ぎゅうっとパーカーを抱きしめる。
「…………」
モモンガの子は、それをじっと見ていた。
「いいなぁ」
「…………」
ユイの耳に、その言葉だけが残った。
◇
しばらくして。
テーブルには、小さな女の子が二人並んでいた。
「…………♡」
「…………♡」
ちょこん。
ちょこん。
二人そろって、ユイをじーーーーっと見つめている。
「圧がすごい……」
仕方なく、同じおやつを二人の前に置く。
「はい」
「いただきます♡」
「いただきます!」
ぱくっ。
「…………」
「…………」
もぐもぐ。
「おいしい♡」
「おいしい♡」
二人は顔を見合わせる。
にこっ♡
そして同時に――
くるっ。
「おかわり♡」
「おかわり♡」
「もう!?」
「…………♡」
「…………♡」
「その顔ずるいなぁ……」
結局、おかわりを出してしまった。
◇
おやつのあと。
「…………!」
モモンガの子が、高い棚を見つけた。
じーーっ。
「…………」
その視線に気づいたユイが、先回りする。
「ダメだからね」
「まだなにもしてない!」
「顔に書いてある」
「むぅ……」
ところが。
しばらくして、ユイが洗い物を始めると――
するするするっ。
「…………」
嫌な予感がして振り返る。
「…………」
棚の上。
「やっぱり!」
「ユイ!」
「降りてきなさい!」
「みてて!」
「見たくない!」
「いくよー!」
モモンガの子が両腕を大きく広げた。
「ちょっと――」
たっ!
ふわっ。
すーーーっ。
「ちょっとー!」
「わーい♡」
最初は気持ちよさそうに飛んでいた。
けれど。
すーー……。
「…………」
少しずつ高度が落ちていく。
目標のソファまでは、あと少し。
「とどけー!」
だが――
ぽふっ!
ソファの手前に置いてあった、大きなクッションへ落ちた。
「…………」
すっぽり。
「大丈夫!?」
ユイが慌てて駆け寄る。
「…………」
むくっ。
クッションから顔を出したモモンガの子は、髪をぼさぼさにしながら笑った。
「だいじょうぶ♡」
「よかった……」
ほっ。
――としてから。
「家の中で飛ぶの禁止!」
「えー!」
「えーじゃない!」
「ちゃんととべるもん!」
「クッションに落ちたでしょ!」
「かぜ!」
「家の中!」
その様子を――
「…………」
うーちゃんが、じーっと見ていた。
棚を見る。
モモンガの子を見る。
そして、自分を見る。
両手を――
ぱっ♡
「…………」
ユイは嫌な予感しかしなかった。
「ユイ」
「なに?」
「うーちゃんも――」
にこっ♡
「とぶ♡」
「飛べないよ」
「できる♡」
「できない」
「…………」
うーちゃんは、もう一度両手を広げる。
「できる」
「その自信どこから来るの?」
「わたしがおしえる!」
「!」
「おしえて♡」
「ダメ!」
「なんでー!」
「なんで〜?」
「二人で言わない!」
今まで一人でも大変だった。
どうやらこれからは、二倍になりそうだった。
◇
夜。
三人で晩ごはんを食べた。
「おいしい♡」
「おいしい♡」
「よかった」
「ユイ」
「ん?」
「あしたもたべる♡」
「もう明日の予約?」
そのあとは、三人でお風呂。
「ふぅ〜♡」
「おふろ♡」
ぱしゃ。
ぱしゃ。
「水飛ばさないよー」
まずは、うーちゃんから。
長い垂れ耳をそっと持って、なでるように洗っていく。
「…………♡」
うーちゃんの目が、とろ〜ん。
「きもちいい?」
「うん♡」
「つぎ、わたし!」
「はいはい」
モモンガの子は両腕を広げた。
「ここも!」
「飛膜?」
「うん!」
ユイは、小さな飛膜を優しく洗っていく。
「ここ、大事なんだね」
「うん♡」
モモンガの子は、嬉しそうに腕を広げた。
「とぶところ!」
「そっか」
「…………」
ユイの手が、ほんの少しだけ止まった。
ほかのモモンガよりも、小さな飛膜。
それでも、この子にとっては――
何より大切なもの。
ユイは何も言わず、もう一度そっと洗ってあげた。
◇
「はい、寝るよー」
「ユイとねる♡」
「わたしも!」
「…………」
ユイは右を見る。
うーちゃん。
左を見る。
モモンガの子。
「…………」
ぼそっ。
「増えたなぁ」
「?」
「?」
「なんでもない」
二人そろって首を傾げる。
それから、しばらくして。
「すぅ……」
「すぅ……」
うーちゃんは、すっかり夢の中。
小さな手は、いつものようにユイの服をきゅっと掴んでいる。
「…………」
なで。
なで。
ユイは優しく頭を撫でる。
そして、反対側を見て――
「…………?」
誰もいない。
「……あれ?」
起き上がって部屋を見回す。
すると。
窓辺に、小さな影があった。
◇
モモンガの子が、ちょこんと座っている。
窓の向こうに広がる夜空を、静かに見上げていた。
「…………」
ユイはそっと隣へ座る。
「眠れない?」
「ううん」
「?」
「きょうね」
「うん」
「たのしかった♡」
「うん」
モモンガの子は、ちらりと後ろを振り返った。
「うーちゃんも」
寝言だろうか
「?」
眠っているうーちゃんを見る。
「ユイがあげたの?」
「パーカー?」
こくん。
「だいじっていってた」
「うん」
「…………」
少しだけ笑って。
「うーちゃん、すごくうれしそうだった♡」
「…………」
「いいなぁ」
けれど。
欲しいとは言わなかった。
ただ、もう一度――夜空を見る。
「わたしね」
小さな腕を、ぱっ、と広げた。
月明かりが、その飛膜を淡く照らす。
「もっと――」
ユイは黙って聞いていた。
「とおくまで、とびたい」
「…………」
「あの木より」
窓の外にある木を指す。
「もっと」
その向こうを指す。
「もっと」
そして――
夜空へ。
「ずーっと」
大きな瞳いっぱいに、空を映して。
「とおくまで♡」
「…………」
けれど、その笑顔が少しだけ曇った。
「いつか」
「うん」
「とべるかな」
「…………」
ユイは、小さな飛膜を見た。
それから――
眠っているうーちゃんを見る。
うーちゃんが大切そうに着ている、あのパーカー。
「…………」
「きっと飛べるよ」
「ほんと?」
「うん」
「…………♡」
「今日は寝よ」
「うん♡」
◇
布団へ戻る。
右から――
ぴとっ♡
うーちゃん。
左から――
ぴとっ♡
モモンガの子。
「…………」
ユイは二人を、そっと抱き寄せた。
やがて。
「すぅ……」
「すぅ……」
二人とも眠ってしまった。
けれどユイだけは、もう少しだけ起きていた。
うーちゃんのパーカーを見る。
そして。
モモンガの子の、小さな飛膜を見る。
「…………」
ふと。
ユイは部屋の奥へ視線を向けた。
そこには――
昔から、ずっと大切にしまってあるものがある。
まだ、取り出さない。
今夜はただ。
二人の寝顔を見ながら、小さく笑った。
「おやすみ」
明日。
一つの大切な思い出が。
新しい誰かのために――
もう一度、その役目を持つことになる。




