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第20話 呼ぶ声

「誰かが……」

 みおは、窓の外を見つめたまま呟いた。

「私を呼んでる」

「呼んでるって……誰が?」

「分からない」

「…………」

 イズナは黙ったまま、みおの横顔を見る。

 そのときだった。

『…………こっち』

「!」

 みおの肩がびくっと揺れた。

「また?」

「うん」

「なんて?」

「……こっちって」

「…………」

 コヨリが耳を澄ませる。

 けれど。

「私は何も聞こえない」

 ユイが振り返った。

「うーちゃんは?」

「…………」

 うーちゃんの長い耳が――。

 ぴく。

 ぴく。

 しばらくして。

「…………」

 ふるふる。

「きこえない」

「うーちゃんにも?」

「私にも聞こえないよ」

 コヨリもそう言った。

「じゃあ……」

 ユイがみおを見る。

「みおにしか聞こえてない?」

「……たぶん」

「なんで私に?」

 誰にも――分からなかった。

 ◇ ◇ ◇

「方向は分かる?」

 イズナが尋ねる。

「方向……」

 みおは目を閉じた。

「…………」

 耳を澄ませる。

 何も聞こえないはずの部屋。

 でも。

 確かに。

 どこか遠くから、自分を引っ張るような感覚がある。

 やがて――。

 すっ。

 みおが腕を伸ばした。

「あっち」

「分かるの!?」

「……なんとなく」

「なんとなくって……」

 みおはすでに玄関へ向かっていた。

「待って」

「?」

 イズナの声に、足を止める。

「何が呼んでるか分からないんだよ」

「でも……」

「フレイかもしれない」

「…………」

 ユイの表情も曇る。

 みおも黙った。

 そのとき。

『…………みお』

「!」

 今度は――。

 はっきり、自分の名前だった。

「…………」

 みおは拳を握った。

「行かなきゃ」

「みお」

「分かんないけど……」

 胸元へ手を当てる。

 そこには、何もない。

 それでも。

「このままにしちゃダメな気がする」

「…………」

「じゃあ私も行く」

「ユイ?」

「一人では行かせられないよ」

「うーちゃんも!」

「私も」

 ユイ。

 うーちゃん。

 コヨリ。

 三人の視線が、最後にイズナへ集まる。

「…………」

 イズナは大きく息を吐いた。

「はいはい」

 ◇ ◇ ◇

 夕暮れの街。

 先頭を歩くのは、みおだった。

「こっち?」

「うん」

「本当に?」

「たぶん」

「たぶん!?」

「でも分かるの!」

 右へ。

 左へ。

 細い道へ。

 みおは一度も迷わなかった。

「…………」

 それを見ながら、コヨリが小さく目を細める。

「変だね」

「何が?」

「声しか聞こえてないのに――」

 イズナが答える。

「迷ってない」

「…………」

 やがて。

 街並みが途切れた。

 目の前に広がるのは――森。

「…………」

 ユイが足を止める。

「ここ……」

「?」

「うーちゃんと初めて会った森」

「…………!」

 うーちゃんが、きょろきょろと辺りを見回した。

「偶然……だよね?」

「…………」

 イズナは答えない。

「どうだろ」

 コヨリも森の奥を見る。

「…………」

 そのとき。

『……こっち』

「!」

 みおが顔を上げた。

「まだ先」

 そして。

 一歩。

 森の中へ入った。

 ◇ ◇ ◇

 ざわ……。

 ざわ……。

 風が木々を揺らす。

「聞こえる?」

「うん」

『…………』

「さっきより近い」

「みんな、離れないで」

「うん」

 五人で森の奥へ進む。

 ぺた。

 ぺた。

 うーちゃんも小さな足で一生懸命ついていく。

 けれど――。

「…………」

「どうしたの?」

 ユイが気づいた。

「ここ……」

「?」

「しってる……?」

「知ってるの?」

「…………」

 きょろ。

 きょろ。

「わかんない」

「…………」

「でも……」

 うーちゃんは小さな手を胸へ当てた。

「ぽかぽかする」

 その瞬間。

 ユイの胸元で――。

 きらっ。

 青いペンダントが光った。

「…………」

 イズナは黙って、その光を見る。

「イズナ?」

「いや」

 森。

 青いペンダント。

 うーちゃん。

 そして――。

 声を聞く、みお。

「…………」

 何かが。

 少しずつ――つながりかけていた。

 ◇ ◇ ◇

「……!」

 突然、みおが足を止めた。

「どうしたの?」

「ここ」

「ここ?」

「いる」

 みおは草むらを見つめる。

「……そこに」

 がさ……。

「!」

「何かいる」

「下がって」

 イズナが前へ出る。

 がさっ!

 草むらの奥。

 小さな影。

「…………」

 二つの目が――。

 こちらを見ていた。

 やがて。

 ゆっくりと、その姿が現れる。

「…………!」

 小さな。

 まだ幼い精霊だった。

 身体のあちこちに傷がある。

「怪我してる……」

「いたい……」

 うーちゃんの顔が曇る。

「大丈夫だよ」

 ユイが一歩近づいた。

「――っ!」

「!」

 精霊がびくっと身を縮め、威嚇する。

「ユイ、待って」

「でも……」

「私なら精霊同士だし――」

 コヨリがそっと前へ出る。

「…………っ!」

「……ダメか」

 コヨリにも警戒している。

「…………」

 うーちゃんもユイの後ろから、ちらりと覗く。

 そんな中。

「…………」

 みおが、一歩踏み出した。

「みお」

「大丈夫」

「どうして分かるの?」

「…………」

 自分でも。

 分からない。

 でも。

「この子……」

 もう一歩。

 不思議なことに。

 精霊は威嚇しなかった。

「私のこと――」

 みおはゆっくりしゃがむ。

「傷つけないから」

「…………」

 イズナは黙って、その様子を見ていた。

「ねえ」

「…………」

「私を呼んだの?」

「…………」

 精霊が少しだけ顔を上げる。

 そして。

 こくん。

「…………!」

「どうして……」

 みおの声が震えた。

「私のこと知ってるの?」

「…………」

 返事はない。

 ただ。

 精霊は、みおだけを見つめていた。

 ◇ ◇ ◇

「…………」

 みおはそっと手を差し出した。

「みお、無理しないで」

「うん」

「…………」

 小さな手が。

 ゆっくり。

 ゆっくり。

 みおへ伸びてくる。

 そして――。

 ぴとっ。

「…………!」

 触れた瞬間。

 きらっ!!

「!」

「!」

 光が二人を包んだ。

 青でもない。

 赤でもない。

 淡く、どこか柔らかな光。

「…………!」

 イズナが、みおの胸元を見る。

 何もない。

「触媒は……」

「ない」

 ユイも呟く。

「なのに……」

 コヨリも目を見開いていた。

 確かに光は――。

 みおと精霊。

 二人から出ている。

「……っ」

 光がさらに強くなった。

 ふわっ。

「…………!」

 一瞬。

 みおの頭に――。

 目の前の精霊とよく似た、小さな獣耳が現れた。

「…………!」

 イズナだけが、はっきりとそれを見た。

 次の瞬間。

 すっ。

 耳は消えた。

「…………?」

 ユイが目を瞬く。

「何?」

「今……」

「…………」

「イズナ?」

 コヨリが呼ぶ。

「……あとで」

「?」

 みお本人だけは、何も気づいていなかった。

 ◇ ◇ ◇

「…………」

 みおは精霊の傷を見た。

「痛いよね」

「…………」

「ユイ」

「うん」

「この子……」

 みおがユイを見る。

「助けられる?」

「もちろん」

「うーちゃん」

「うん!」

 ユイとうーちゃんが手を握る。

 青いペンダントが――。

 きらっ。

「なおす♡」

「うん」

 ふわあっ――。

 うーちゃんの身体が淡い光に包まれる。

 その姿が光の中へ溶けていく。

 そして。

 ユイの制服の上に現れたのは――。

 アイボリーのパーカー。

 胸元の大きなピンクリボン。

 小さなにんじんの印。

 〈モデル・うーちゃん〉

「…………」

 みおが息を呑む。

「大丈夫」

 ユイは精霊の傷へ、そっと手をかざした。

 ふわ……。

 淡い青色の光が、傷を包む。

「…………」

「…………」

 みおは祈るように、その様子を見ていた。

 きら……。

 傷が。

 ゆっくり。

 ゆっくり――。

 塞がっていく。

 そして。

 すっ。

「……よし」

 ユイが笑った。

 換装が解ける。

 ぽんっ。

「なおった♡」

 うーちゃんが嬉しそうに笑う。

「ありがとう」

「えへへ♡」

 ◇ ◇ ◇

「…………」

 みおは元気になった精霊を見つめた。

「もう大丈夫だね」

「…………」

「じゃあ……」

 ゆっくりと立ち上がる。

「元気でね」

 くるっ。

 一歩。

 その瞬間――。

 きゅっ。

「?」

 振り返る。

「…………」

 精霊が。

 みおの服の裾を、小さな手で握っていた。

「…………」

「…………」

 ユイが小さく笑う。

「なに?」

「いや」

 ユイはうーちゃんを見る。

「なんか見たことあるなって」

「?」

「…………」

 みおも、うーちゃんを見る。

「誰のことだろうね」

「ふふっ」

「…………」

 みおはしゃがみ、小さな手をそっと裾から外した。

「…………」

 でも。

 今度は――。

 みおの指を。

 きゅっ。

「…………!」

「これはもう……」

「…………」

 みおはもう一度、精霊の前へしゃがんだ。

「ねえ」

「…………」

「私と――」

 少しだけ照れながら。

「一緒に来る?」

「…………」

 しばらく。

 静かな時間が流れた。

 そして――。

 こくん。

「…………!」

 みおの顔が、ぱっと明るくなった。

 ◇ ◇ ◇

「じゃあ……」

 みおはそっと、精霊を抱き上げた。

「…………」

 最初は少し緊張していた小さな身体。

 けれど。

 ぴとっ。

 みおの胸へ、頬を寄せる。

「…………」

 みおの頬が緩む。

「かわいい……」

「聞こえてるよ」

「言ってない!」

「言ってたよ」

「…………」

 その瞬間。

 きらっ。

「!」

 また。

 二人の身体が光った。

「…………!」

 イズナが目を見開く。

 今度は――。

 はっきりと。

 みおの頭に、小さな獣耳。

 そして。

 腰の辺りに、一瞬だけ――。

 尾のような光。

「…………」

 ふっ――。

 すぐに消える。

「…………?」

 みおはやはり気づいていない。

「今……」

「見た」

 コヨリが呟く。

「…………」

「なに?」

 みおが不思議そうにこちらを見る。

 イズナは答えず、もう一度みおを見る。

 首元。

 胸元。

 何もない。

「…………」

「イズナ」

「うん」

「やっぱり……」

「うん」

 二人だけが、同じ異常に気づいていた。

 ◇ ◇ ◇

「とりあえず帰ろう」

 ユイが言った。

「うん」

「かえる♡」

「暗くなる前にね」

 五人は森を後にする。

 みおの腕の中では――。

「…………」

 小さな精霊が、ぴとっとくっついていた。

「そういえば」

「?」

「その子、名前あるの?」

「…………」

 みおは腕の中の精霊を見る。

「名前……」

「…………」

「分かる?」

 精霊は――。

 ふるふる。

「そっか」

「じゃあ、考えないとね」

「うん」

「おなまえ♡」

「どんな名前になるかな」

「…………」

 みおは腕の中の子を見つめた。

 そして。

 にこっ。

「ゆっくり決めよ」

「…………」

 その言葉を聞いて。

 小さな精霊は、ほんの少しだけ目を細めた。

 ◇ ◇ ◇

 少し後ろ。

 イズナとコヨリが並んで歩いていた。

「ねえ」

「うん」

「みお――」

「分かってる」

 イズナは前を歩くみおを見る。

 その胸元には――。

 やっぱり。

 何もない。

「触媒がない」

「なのに……」

「精霊と――」

 イズナは、ぎゅっと目を細める。

「直接、同調してる」

 そのとき。

 みおの腕の中。

 名もない小さな精霊が――。

 そっと目を開いた。

 そして。

 ほんの一瞬だけ。

 その瞳に――。

 みおとまったく同じ光が宿った。

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