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第16話 絆守

 次の日――。

「準備できたよ」

「できた♡」

 うーちゃんは、小さなバッグをぎゅっ。

 昨日のおつかいで使った、お気に入りのバッグだ。

「今日はおつかいじゃないからね」

「…………」

 うーちゃんはバッグを見下ろすと――。

 そっ。

 床へ置いた。

「持っていっていいよ!」

「!」

 ぱあっ♡

 すぐに拾い上げて、もう一度ぎゅっ。

「そんなに気に入ったんだ」

「うん♡」

 どうやら昨日のおつかいで、すっかりお気に入りになったらしい。

 ◇

 家の外では、イズナとコヨリが待っていた。

「おはよ」

「おはよう」

「コヨリ♡」

 ぺたぺたぺた!

「わっ」

 ぎゅっ♡

 うーちゃんは迷うことなく、コヨリへ抱きついた。

「……完全にセットになってるね」

「仲良しだからね」

「う〜♡」

「……ちょっと苦しい」

「ふふっ」

 そんな二人を見ながら、ユイたちも歩き出した。

 ◇

「それで」

「ん?」

「絆守ってどこにあるの?」

「もうすぐ」

「街中にそんな組織あった?」

「普通の人には分からないようになってるから」

「…………」

 ユイが、じとーっとイズナを見る。

「また聞いてないことが出てきた」

「聞かれて――」

「それ禁止!」

「まだ最後まで言ってないけど」

「絶対言おうとしたでしょ!」

 その後ろを――。

 ぺたぺた。

 とことこ。

 うーちゃんとコヨリがついていく。

 ◇

 しばらくして――。

「着いたよ」

「…………」

 イズナが足を止めた。

 ユイも、その建物を見上げる。

「…………え?」

 可愛らしい看板。

 大きなショーウインドウ。

 その向こうには、色とりどりのケーキ。

「ここ?」

「うん」

「…………」

 ユイは看板を見る。

 イズナを見る。

 もう一度、看板を見る。

「ケーキ屋さんだけど」

「そうだね」

「絆守に行くんじゃなかったの!?」

「行くよ」

「???」

 何も分からないまま、イズナに続いて店へ入った。

 からん♪

「いらっしゃいませ」

 店内には、甘い香り。

 ショーケースには――。

 ショートケーキ。

 チョコレートケーキ。

 フルーツタルト。

 そして。

「…………!」

 うーちゃんの足が――。

 ぴたっ。

「?」

「…………♡」

 じーーーーっ。

「うーちゃん」

「…………」

 じーーーーっ。

「今日はケーキを買いに来たんじゃないよ」

「…………」

 長いたれ耳が――。

 へにょ……。

「…………」

 ユイが折れるまで、三秒だった。

「……帰りに買おうか」

「!」

 ぱああっ♡

「けーき♡」

「甘い」

「うるさい」

 イズナに即答する。

 ◇

 イズナは慣れた様子で、カウンターへ向かった。

「こんにちは」

「いらっしゃい」

 そして――。

 少しだけ声を落とす。

「――結び目の向こうへ」

「?」

 店員の表情が、ほんの少しだけ変わった。

「…………」

「どうぞ。奥へ」

「…………?」

 イズナは何事もなかったように歩き出す。

「待って」

「なに?」

「今の何?」

「合言葉」

「合言葉!?」

「普通に入ったら、ただのケーキ屋だから」

「そんな仕組みなの!?」

「そういう仕組み」

「また聞いてないことが……」

「聞かれて――」

「だから禁止!」

「…………」

 その横で。

 うーちゃんが、何やらぶつぶつ呟いていた。

「むすびめの……」

「?」

「むこう♡」

「もう覚えた」

「うーちゃん、それ外で言っちゃダメだからね!?」

「?」

 どうやら意味までは分かっていないらしい。

 ◇

「こちらへ」

 店員に案内され、カウンターの奥へ。

 厨房を抜けて――。

 さらに、その先。

「…………」

 そこにあったのは、一見するとただの壁だった。

 店員が壁の一部へ手をかける。

 かちっ。

 ゴゴ……。

「!」

 壁の一部が、ゆっくりと開いていく。

「……おお♡」

 その向こうへ続く通路。

 四人は、奥へ進んでいった。

 ◇

「…………!」

 通路を抜けた瞬間。

 ユイは言葉を失った。

 ケーキ屋の奥にあるとは、とても思えないほど広い空間。

 行き交う人々。

 そして――。

 たくさんの精霊たち。

「ここが……」

「うん」

 イズナが答える。

「――絆守」

「…………」

 ユイの隣では――。

「…………!」

 うーちゃんが完全に目を奪われていた。

 たれ耳。

 猫耳。

 小さな鳥の精霊。

 ふさふさの尻尾を持ったリスの精霊。

 いろんな子たちが――。

 とことこ。

 ぱたぱた。

「いっぱい♡」

「でしょ」

「…………」

 うーちゃんの前を、小さな精霊が横切る。

 ぺた。

「うーちゃん?」

 ぺた。

 ぺた。

「勝手に行っちゃダメだよ」

「…………」

 ぺたぺたぺた!

「行ってる行ってる!」

「昨日も勝手におつかい行こうとしてなかった?」

「行動力だけはすごいの!」

 慌ててユイが追いかける。

 ◇

「こっちは保護区」

「保護区?」

 イズナに案内された先。

 大きなガラスの向こうに、広々とした部屋があった。

 そこでは、小さな精霊たちが遊んでいる。

「怪我してたり、帰る場所がなくなった精霊を保護してる」

「…………」

 さっきまで楽しそうだったうーちゃんも、静かに中を見つめている。

「絆守の一番大きな仕事は――」

 イズナが言った。

「精霊を守ること」

「守る……」

「それから、人間と精霊の間で問題が起きないようにすること」

「じゃあ、フレイと戦うのも?」

「それも仕事の一つ」

「…………」

 ユイは、ガラスの向こうにいる精霊たちを見る。

 そして――。

 きゅっ。

 うーちゃんの小さな手を握った。

「?」

「……なんでもない」

 けれど、その手を離すことはなかった。

 ◇

「ここにいる人は、みんな換装できるの?」

「まさか」

「違うの?」

「換装できる人は少ないよ」

 コヨリも頷く。

「精霊と仲良くなれば、誰でもできるわけじゃないからね」

「そうなんだ……」

「必要なのは、精霊との絆」

 イズナが、赤いペンダントを指で――とん。

「それと、触媒との適合」

「触媒……」

 ユイは自分の胸元へ手を伸ばす。

 青いペンダントを――ぎゅっ。

「これが触媒?」

「うん」

「じゃあ、これがなかったら?」

「基本的には換装できない」

「そうなんだ……」

 ユイは改めて、青い宝石を見つめた。

「じゃあイズナも――」

「?」

「ここで換装を覚えたの?」

「…………」

 ほんの一瞬。

 イズナの返事が遅れた。

「まあね」

「いつから?」

「…………」

「イズナ?」

「それはまた今度」

「また隠す」

「隠してない」

「じゃあ教えて」

「先に登録しよ」

「ごまかした!」

 イズナは聞こえないふりをして歩き出した。

 ◇

「登録?」

「換装者としてね」

 案内された受付へ向かう。

「イズナさん」

「こんにちは」

「こちらが?」

「姉のユイ」

「お姉さん?」

「はい」

 職員はユイを見て、それから書類を取り出した。

「では、契約精霊は?」

「契約……?」

「一緒に換装する子のこと」

「ああ」

 ユイは後ろを振り返る。

「うーちゃん」

「…………」

 ユイの後ろから――。

 ちらっ。

「この子が?」

「…………」

 ささっ。

「……人見知りで」

「なるほど」

 職員は苦笑して、書類へ目を戻した。

「能力は確認済みですか?」

「治癒」

「…………」

 職員の手が――。

 ぴたっ。

「?」

「治癒型……」

「何か?」

「いや」

 職員は、もう一度うーちゃんを見る。

「珍しいと思ってね」

「?」

 当のうーちゃんには、何のことか分かっていない。

 ◇

「では、お名前を」

「ユイです」

「ユイさんですね」

 カタカタ。

 職員が登録を進めていく。

 その途中――。

「…………」

 ふと。

 職員がユイの顔を見た。

「?」

「…………」

 もう一度――。

 じっ。

「……あの?」

「ああ、失礼」

 それでも職員は、どこか気になるようにユイを見ている。

「君……」

「?」

「イズナさんのお姉さんなんだよね?」

「はい」

「…………」

 職員は小さく息を漏らした。

「そうか……」

「?」

「似てるな」

「え?」

「いや――」

 その瞬間。

「今日は」

 イズナの声が、職員の言葉を遮った。

「…………」

「登録に来ただけです」

「イズナ?」

「…………」

 職員はイズナを見る。

 イズナも、まっすぐ見返していた。

「お願いします」

「……分かった」

 それ以上、職員は何も言わなかった。

 ◇

「ちょっと」

「なに?」

「今の何?」

「何って?」

「『似てる』って」

「…………」

 ユイは、さっきの職員を振り返る。

「誰に?」

「先に検査しよ」

「…………」

「ほら」

「ごまかした」

「ごまかしてない」

「ごまかした!」

「…………」

 コヨリは何も言わない。

「ごまかした?」

「うーちゃんは覚えなくていいよ」

「?」

 また一つ、余計な言葉を覚えそうになっていた。

 ◇

 別室へ案内される。

「ペンダントをこちらへ」

「はい」

 ユイは青いペンダントを外し、装置の上へ置いた。

 きら……。

 淡い青の光が広がる。

「…………」

 職員が記録を確認していく。

 カタカタ。

 やがて――。

「…………?」

「どうしました?」

「少し待ってください」

「何か?」

「この触媒……」

 職員は、さらに古い記録を調べ始めた。

 カタカタ。

「…………」

「……やっぱり」

「?」

 職員は席を立つと、一冊の古い資料を持ってきた。

 ぱら。

 ぱら。

 ページをめくって――。

 ぴたっ。

「これです」

「…………?」

 開かれたページ。

 そこに記されていたのは――。

 一つのペンダント。

 青い宝石。

「…………」

 ユイは自分のペンダントを見る。

 資料を見る。

 もう一度――。

 自分のペンダント。

「……同じ」

「正確には、同系統の触媒です」

「同系統……」

 ユイの胸に、小さなざわめきが生まれる。

「誰の……?」

「過去の使用者は――」

 職員の指が、資料に記された文字をなぞる。

「…………」

 ユイも、その先を目で追った。

 そして――。

「…………え?」

 目が、大きく開いた。

 そこに記されていたのは。

 見間違えるはずのない――。

 母親の名前。

「……お母さん?」

 しーん。

「…………」

 うーちゃんも、ユイを見上げている。

「ご存じでしたか?」

「知りません」

「…………」

「私……」

 青いペンダントを――ぎゅっ。

「何も聞いてない」

 そのとき。

 ユイは気づいた。

「…………」

 イズナが――。

 驚いていない。

「…………」

「イズナ」

「…………」

「知ってたの?」

 返事はない。

「お母さんが換装者だったこと」

「…………」

「知ってた?」

「…………」

 イズナは答えなかった。

 けれど――。

 その沈黙だけで。

 答えは分かってしまった。

 ◇

「……なんで」

「お姉ちゃん」

「なんで私に言わなかったの?」

「…………」

 いつもなら――。

『聞かれてないし』

 そう返すはずなのに。

 今日は、何も言わない。

「…………」

 それが余計に、ユイの胸をざわつかせた。

「……今日は帰ろう」

「イズナ」

「ちゃんと話すから」

「いつ?」

「…………」

「また今度?」

「…………」

「もう、それは嫌」

「……お姉ちゃん」

「私だけ何も知らない」

「…………」

「お母さんのことも。絆守のことも」

 青いペンダントを――。

 ぎゅっ。

「これのことも」

「…………」

 イズナは何も返せなかった。

 ◇

 重い空気のまま、廊下を歩く。

「…………」

 きゅっ。

「?」

 うーちゃんが、ユイの手を握っていた。

「ユイ」

「…………」

 ユイは少しだけ笑う。

「大丈夫」

 なで。

「大丈夫だよ」

「…………」

 誰に言い聞かせているのか。

 自分でも、よく分からなかった。

 そのとき――。

「…………!」

 ユイの足が止まった。

 廊下の壁。

 そこには、何枚もの古い写真が飾られていた。

 歴代の絆守たち。

 その中の一枚に――。

 見覚えのある二人がいた。

「…………」

 ゆっくりと近づく。

「お父さん……」

 そして。

「お母さん……」

 若い頃の、父と母。

 二人とも笑っている。

 そして――。

 その胸元には、それぞれペンダントがあった。

「…………」

 さっきの職員の言葉が、頭をよぎる。

『似てるな』

「…………」

 誰に似ていると言ったのか。

 もう、聞かなくても分かった。

 イズナも。

 コヨリも。

 何も言わない。

 写真の下には、小さなプレート。

 そこに刻まれていたのは――。

 〈精霊保護班〉

 何人もの名前が並んでいる。

 その中に。

 父の名前。

 母の名前。

「…………」

 やっぱり。

 二人は、ここにいた。

 絆守だった。

 けれど――。

「…………?」

 その横に、小さな文字がある。

 ユイは目を凝らした。

 そして。

 その四文字を読んだ。

 ――消息不明。

「…………」

「しょうそく……?」

 うーちゃんが、不思議そうに呟く。

「…………」

 ユイは答えられなかった。

 ただ――。

 写真を見つめる。

 あの日。

「いってらっしゃい!」

 そう言って見送った二人が。

 なぜ帰ってこなかったのか。

 ずっと分からなかった。

 その答えが――。

 ここにあるのかもしれない。

 きゅっ。

「……?」

 小さな手。

 うーちゃんが、ユイの手をぎゅっと握っていた。

「…………」

 何も言わない。

 何も聞かない。

 ただ――。

 そばにいる。

「…………」

 ユイも。

 その小さな手を――。

 きゅっ。

 握り返した。

「イズナ」

「…………」

「今度は――」

 ユイが振り返る。

「全部、教えて」

「…………」

 イズナは、しばらく姉を見つめていた。

 やがて――。

「……うん」

 小さく、頷いた。

 古い写真。

 青と赤のペンダント。

 そして――。

 〈消息不明〉

 その文字。

 ユイが知らなかった、家族のもう一つの顔が――。

 少しずつ。

 見え始めました。

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