第15話 はじめてのおつかい
次の日――。
ユイの家。
「よいしょ……」
洗濯物を抱えて、ユイは部屋を行ったり来たり。
その様子を――。
「…………」
うーちゃんが、じーーーーっと見つめていた。
「?」
視線に気づいて、ユイが振り返る。
「どうしたの、うーちゃん?」
「…………」
「?」
「ユイ……たいへん?」
「え?」
うーちゃんは、ユイが抱えている洗濯物を指さした。
「いっぱい」
そして、心配そうに。
「たいへん」
「大丈夫だよ」
「…………」
ぺた。
ぺた。
うーちゃんが、ユイのところへやってくる。
「うーちゃんも……」
小さな両手を――ぱっ。
「する」
「…………!」
「お手伝いしてくれるの?」
「おてつだい♡」
「じゃあ……」
ユイは洗濯物の中から、小さなタオルを一枚取り出した。
「これ、向こうに持っていってくれる?」
「うん♡」
ぎゅっ。
タオルを抱えて――。
ぺた。
ぺた。
「よいしょ……」
ぺた。
ぺた。
目的の場所までたどり着くと――。
ぽすっ。
「…………」
置けた。
「ユイ!」
「ん?」
「できた♡」
「ほんとだ」
なで。
なで。
「ありがとう。助かったよ」
「…………!」
ぱあっ♡
「たすかった♡」
「ふふっ」
それから――。
「これも?」
「お願い」
ぺたぺた。
「これも?」
「それは重いかな」
「…………」
じーーーーっ。
「……じゃあ、一緒に持とうか」
「いっしょ♡」
どうやら、うーちゃんはお手伝いが気に入ったらしい。
◇
しばらくして――。
「ふぅ」
家事もひと段落。
ユイが冷蔵庫を開ける。
がちゃ。
「…………あ」
「?」
「牛乳なくなってる」
「ぎゅうにゅう?」
「うん」
空っぽのパックを取り出す。
「あとで買ってこなきゃ」
「…………」
「その前にちょっと休憩――」
「…………!」
そのとき。
うーちゃんが、何かを思いついたように目を輝かせた。
たたっ。
自分の小さなバッグを持ってくる。
「?」
「ユイ」
「なに?」
「ぎゅうにゅう」
そして――。
胸を張って。
「うーちゃん、いく♡」
「…………」
ぺたぺたぺた!
そのまま玄関へ。
「待って待って待って!」
「?」
「一人で行くつもり!?」
「うん♡」
「ダメです」
「…………」
即答だった。
うーちゃんの長いたれ耳が――。
しゅん……。
「できない……?」
「…………」
ユイは、うーちゃんの前にしゃがんだ。
「できないんじゃなくて」
「…………」
「まだ一人は心配なの」
「…………」
「もう少し大きくなったらね」
「…………」
うーちゃんは、小さなバッグをぎゅっと握る。
「ユイ……」
「?」
「たいへん」
「…………」
「うーちゃん……」
小さな声で――。
「たすける」
「…………!」
その一言に、ユイは胸がキュッとなった。
◇
しばらくして――。
ピンポーン♪
「はーい」
がちゃ。
「急にどうしたの?」
「ごめん、みお」
「?」
その横から――。
ひょこっ。
「みお♡」
「うーちゃん♡」
みおの声が、一瞬で甘くなった。
事情を聞いて――。
「……なるほど」
「おつかい♡」
「一人で?」
「うん」
「ダメ」
「だよね」
「…………」
また――。
しゅん。
「じゃあさ」
「?」
「私もちょうど買い物に行こうと思ってたんだ」
「え?」
「だから――」
みおは、うーちゃんを見る。
「たまたま同じ道を歩こうかな」
「…………?」
「私はついていかないよ。たまたま」
「…………」
うーちゃんは少し考えて。
「たまたま♡」
「ふふっ」
ユイも思わず笑った。
◇
「じゃあ、これ」
ユイが、小さなお財布を渡す。
「なくさないようにね」
「うん!」
「車にも気をつけて」
「うん!」
「みおから離れないで」
「たまたまだからね」
「そこはちゃんと見てて!」
「はいはい」
小さなバッグ。
小さなお財布。
そして――。
「いってきます♡」
「いってらっしゃい」
うーちゃんの、小さな冒険が始まった。
◇
てくてく――。
横断歩道。
信号は赤。
「…………」
うーちゃんが、そのまま一歩進もうとする。
「まだ」
「?」
「赤は止まる」
「あか……とまる」
「そう」
しばらくして――。
信号が青へ変わる。
「青になったよ」
「あお、いく♡」
「そうそう」
また一つ、覚えた。
◇
その途中――。
「わんっ!」
「!」
うーちゃんの身体が、びくっ。
前から、大きな犬が歩いてくる。
「…………」
ささっ。
みおの後ろへ。
「大丈夫だよ」
「…………」
ちらっ。
「はっ、はっ♡」
犬は嬉しそうに尻尾を振っている。
「わん♡」
「…………」
うーちゃんは、しばらく見つめて――。
「……わん♡」
「ふふっ」
ちょっとだけ、仲良くなれた。
◇
そして――。
お店に到着。
「…………」
入口までやってくると。
ウィーン。
「!」
自動ドアが開いた。
うーちゃん、ぴたっ。
すると――。
ドアが閉じる。
「…………」
一歩。
ウィーン。
「!!」
一歩下がる。
閉じる。
一歩。
ウィーン。
「…………!」
「うーちゃん」
「?」
「遊ばない」
「…………」
まだ、お店にすら入っていなかった。
◇
ようやく店内へ。
「…………」
きょろ。
きょろ。
たくさんの商品を眺めながら歩いて――。
「あ!」
うーちゃんが足を止める。
「ぎゅうにゅう♡」
「見つけたね」
「うん♡」
両手で――。
「よいしょ!」
「…………っ」
牛乳を、ぎゅううっ。
「おもい……」
「持とうか?」
「…………」
ふるふる。
「うーちゃんが」
「そっか。じゃあ、ゆっくりね」
「うん」
ぎゅっ。
牛乳を大事そうに抱えて、レジへ向かった。
◇
「いらっしゃいませ」
「…………」
店員さんを前にすると、少し緊張。
小さなお財布を開いて――。
お金を、そーっ。
「ありがとう」
「…………」
うーちゃんも、ぺこっ。
「ありがとう♡」
「フフっ可愛い」
「?」
みおは笑いをこらえた。
◇
帰り道。
「よいしょ……」
ぺた。
ぺた。
牛乳を大事に抱えて歩く。
「持とうか?」
「だいじょうぶ」
ぺた。
ぺた。
「ユイに……」
牛乳を、ぎゅっ。
「もってく♡」
「そっか」
みおは、それ以上手を出さなかった。
◇
がちゃ。
「ユイー♡」
「おかえり!」
ぺたぺたぺた!
「これ!」
どんっ。
目の前に置かれたのは――牛乳。
「できた♡」
「…………!」
「ほんとに買ってきてくれたんだ」
「うん♡」
「重かったでしょ?」
「ちょっと」
「そっか」
ユイはしゃがんで――。
ぎゅっ♡
「ありがとう」
「…………」
「すっごく助かった」
「…………!」
「たすけた?」
「うん」
「ユイ、たすけた?」
「うん」
「…………!」
ぱああっ♡
「えへへ〜♡」
ぎゅうっ。
うーちゃんが、嬉しそうにユイへ抱きつく。
「…………」
それを見ていたみおが、ぽつり。
「完全に親子じゃん」
「違うってば!」
「?」
当のうーちゃんだけが、きょとんとしていた。
◇
「頑張ったうーちゃんには――」
「?」
ことん。
目の前に置かれたのは、買ってきた牛乳で作った温かいミルク。
「…………!」
ごく。
ごく。
「おいしい♡」
「自分で買ってきた牛乳だもんね」
「うーちゃんのぎゅうにゅう♡」
「いや、みんなのね」
「…………?」
どうやら、そこは納得していないらしい。
◇
その日の夜――。
ピンポーン。
「こんな時間に誰だろ」
がちゃ。
「…………あ」
そこに立っていたのは――。
「こんばんは」
「こんばんは」
イズナとコヨリだった。
「イズナ?」
「コヨリ♡」
うーちゃんはコヨリを見つけて、ぱあっと顔を輝かせる。
「どうしたの?」
「お姉ちゃん」
「ん?」
「明日、空いてる?」
「明日?」
ユイは少し考える。
「空いてるけど」
「じゃあ――」
そこで。
イズナのいつもの軽い表情が、少しだけ変わった。
「連れていきたい場所がある」
「場所?」
「うん」
「どこ?」
「…………」
イズナは、すぐには答えなかった。
コヨリも何も言わず、静かにイズナを見ている。
「お姉ちゃんが――」
イズナは、まっすぐユイを見た。
「これから関わることになる場所」
「…………」
「――絆守」
「…………え?」
その言葉に呼応するように。
ユイの胸元。
青いペンダントが――。
きらっ。
小さな光を放った。
そして。
イズナのポケットには、一枚の古い家族写真。
その裏に刻まれているのは――。
〈絆守〉
今、イズナが口にしたものと同じ紋章だった。
第15話「はじめてのおつかい」おしまい。




