第14話 かぞく
放課後――。
「おじゃましまーす」
「どうぞー」
ユイに続いて、みおが家へ入る。
すると――。
ぺた。
ぺた。
廊下の向こうから、小さな足音。
「みお♡」
「うーちゃん!」
昨日とは違う。
みおの姿を見つけたうーちゃんは、もう逃げなかった。
「もう完全に覚えたね」
「うーちゃん、おいで」
みおがしゃがんで、両手を広げる。
「…………」
ぺた。
ぺた。
ちょこん。
うーちゃんが、みおの前に座った。
「…………!」
みおは感動したように目を見開く。
そーっと。
なで。
なで。
「う〜♡」
「昨日まで逃げてたのに……!」
「よかったね」
「成長が嬉しい……」
「誰目線?」
ユイが笑った。
◇
しばらくして。
三人で、おやつの時間。
「おいしい♡」
うーちゃんが両手でクッキーを持って、はむはむ。
「よかったねぇ、うーちゃん」
「みお」
「なに?」
「うーちゃんに甘すぎない?」
「ユイにだけは言われたくない」
「…………」
何も言い返せなかった。
そんなユイを見て、みおが笑う。
そして――。
「そういえばさ」
「ん?」
「学校行ってる間、うーちゃんってどうしてるの?」
「…………」
ユイの動きが止まった。
「…………」
「ユイ?」
「……お留守番」
「それは分かるけど」
「…………」
二人の視線が、うーちゃんへ向く。
「?」
クッキーを食べていたうーちゃんが、きょとんと首を傾げた。
「……何してるんだろ」
「知らないの!?」
「だって学校にいるんだから見られないでしょ!」
「それはそうだけど!」
「ちゃんと『行ってきます』してるし!」
「それは留守番中の様子とは関係ないよ!」
「…………」
ユイは改めて、うーちゃんを見る。
「うーちゃん」
「?」
「私が学校行ってるとき、何してるの?」
「…………」
考える。
考える。
そして――。
「……まってる♡」
「…………」
「…………」
ユイとみおが顔を見合わせた。
「……それだけ?」
「うん♡」
「…………」
ユイの胸に、急に不安が押し寄せてきた。
「ちゃんとお昼寝してる?」
「うん」
「危ないところ登ってない?」
「…………」
「なんで黙るの?」
「…………」
「変なもの食べてない?」
「…………」
「うーちゃん?」
長いたれ耳が、へにょ……。
「絶対なんかやってるじゃん!」
「ユイ」
「なに!?」
「見守りカメラ買おう」
「…………」
「買おう」
「……うん」
◇
その日の夕方。
二人はさっそく、見守りカメラを買いに行った。
「これならスマホから見られるって」
「録画もできるみたい」
「これにしよう」
「決断早いね」
「うーちゃんの安全には代えられません」
「だから誰目線なの?」
ユイが言うと、
「ユイにだけは言われたくない」
また返された。
家に戻ると、さっそくリビングに設置する。
「これでよし」
スマホの画面には――。
ちょこん。
カメラを不思議そうに見上げている、うーちゃん。
「…………」
じーーーーっ。
「何してるんだろ」
「カメラ見てる」
やがて。
うーちゃんが、カメラへ近づいてきた。
ぺた。
ぺた。
そして――。
どアップ。
「……!」
「近い近い!」
画面いっぱいに、うーちゃんの顔。
「…………?」
カメラへ向かって首を、こてん。
「……ユイ?」
「…………!」
ユイの胸が撃ち抜かれた。
「これ買ってよかった」
「まだお試しなのに・・・」
◇
そして翌日。
学校。
休み時間になった瞬間――。
「ユイ」
「うん」
「見る?」
「見る」
即答だった。
二人は机を寄せ、スマホを開く。
「さて……ちゃんとお留守番できてるかな」
見守りカメラの映像が表示される。
そこには――。
「…………」
「…………」
玄関に、ちょこん。
うーちゃんが座っていた。
「……何してるの?」
「…………」
二人が見守っていると。
うーちゃんは玄関のドアを――。
じーーーーっ。
そして。
「……ユイ、まだ?」
「…………」
「…………」
みおがユイを見る。
「待ってる」
「待ってるね……」
しばらくすると、うーちゃんは立ち上がった。
ぺた。
ぺた。
リビングへ。
「あ、移動した」
お気に入りのボールを見つける。
ころころ。
自分で転がす。
追いかける。
また転がす。
「一人ころころしてる……」
「かわいい……」
やがて飽きたのか、今度はユイのクッションを発見。
「…………」
くん。
くん。
「ちょっと待って」
「どうしたの?」
「それ私のクッション」
うーちゃんは、その上へ――。
ぽすっ♡
すり。
すり。
「……ユイ♡」
「…………」
「…………」
「みお」
「なに?」
「私、帰っていい?」
「授業あるからダメ」
「でも!」
「気持ちは分かるけど!」
さらに数分後。
うーちゃんのまぶたが――。
とろ〜ん。
こてん。
ユイのクッションを抱えたまま、
「すぅ……♡」
「…………」
「…………」
二人は無言で画面を見つめた。
みおが、小さく呟く。
「……持って帰りたい」
「ダメ」
「まだ何も言ってない」
「絶対うーちゃんの話でしょ」
「一日だけ」
「ダメ」
そんなやり取りをしている間も。
画面の中では――。
「すぅ……♡」
長いたれ耳をだらんとさせて。
うーちゃんは、幸せそうに眠っていた。
「……毎日見ちゃいそう」
「分かる」
「授業中も」
「それはダメ」
「ユイも絶対見るでしょ」
「…………」
「見るんだ」
「……休み時間だけ」
「ほんとに?」
「たぶん」
◇
その日の放課後。
「ただいまー」
「おじゃましまーす」
ぺたぺたぺたっ!
「ユイ♡」
「はいはい、ただいま」
ひょい。
ぎゅっ♡
「う〜♡」
ユイの腕の中で、うーちゃんが嬉しそうに頬をすり寄せる。
その姿を見ていたみおが、ふと部屋を見回した。
「…………」
「どうしたの?」
「いや……前からちょっと気になってたんだけど」
「?」
「ユイって――」
少し迷って。
「ここで一人で暮らしてるの?」
「…………」
「あ、ごめん」
「ううん」
ユイは少しだけ笑った。
「そうだよ」
「やっぱり……」
「まあ――」
腕の中を見る。
「?」
「今は一人じゃないけどね」
「ふふっ。そうだね」
うーちゃんには、まだ意味がよく分かっていないらしい。
「うーちゃんがいるから」
「…………!」
意味が分かった瞬間。
ぱあっ♡
「いっしょ♡」
「うん」
ぎゅっ。
「いっしょ」
みおは、そんな二人を見つめていた。
そして少し迷ってから、尋ねる。
「じゃあ……ご両親は?」
「…………」
一瞬だけ。
ユイの表情が止まった。
「……いないの」
「…………」
「もう何年も」
「……そっか」
「うん」
「…………ごめん」
「謝らなくていいよ」
「……亡くなったの?」
「…………」
ユイは首を横に振った。
「わからない」
「え?」
「行方不明なの」
「…………」
「ある日――二人とも帰ってこなくなった」
◇
――あの日。
まだ幼かったユイは、玄関で両親を見送った。
「いってらっしゃい!」
「行ってきます」
「いい子にしてるんだぞ」
小さなイズナは、母の服をきゅっと握っていた。
「イズナもね」
「……うん」
母が二人を見て、にこっと笑う。
「じゃあ、行ってくる」
がちゃ。
ぱたん。
それが――。
ユイが覚えている、両親の最後の姿だった。
一日。
二日。
何日経っても――。
二人は帰ってこなかった。
「…………」
幼いユイは、玄関を見つめ続けた。
「お姉ちゃん……」
「大丈夫」
不安そうなイズナを抱きしめる。
「きっと帰ってくるよ」
けれど――。
◇
「……結局、帰ってこなかったけどね」
「…………」
みおは何も言えなかった。
「…………」
いつの間にか、うーちゃんもユイを見つめている。
「イズナちゃんは?」
「今は叔母さんのところで暮らしてる」
「そうなんだ」
「昔は一緒だったんだけどね。私がこの家を放っておけなくて」
「イズナも色々あるみたい」
「私には教えてくれないけど」
ユイは少し笑った。
「…………」
「聞いたら絶対――」
ユイが少し声色を変える。
「『聞かれてないし』って言うんだから」
「ふふっ」
「笑いごとじゃないよ!」
「仲いいんだね」
「何を聞いてそう思ったの!?」
そのとき。
きゅっ。
「?」
うーちゃんが、ユイの袖を握っていた。
「うーちゃん?」
「…………」
そして――。
ぎゅっ。
今度はユイのお腹へ抱きつく。
「……ユイ」
「ん?」
「うーちゃん……」
ぎゅうっ。
「ここにいる」
「…………」
ユイの表情が、ふっとやわらかくなった。
「……うん」
ぎゅっ。
ユイもうーちゃんを抱きしめる。
「ありがとう」
「う〜♡」
「…………」
それを見ていたみおが口を開く。
「私もいるからね」
「え?」
「なに、その顔」
「いや……」
「困ったら言って。私、秘密まで知っちゃったんだから」
「……そっか」
「そう」
「ふふっ」
「ありがとう、みお」
◇
その日の夜――。
別の場所。
「イズナ」
「ん?」
「何見てるの?」
「…………」
イズナの手には、一枚の古い写真があった。
幼いユイ。
幼いイズナ。
そして――父と母。
四人が笑っている、家族写真。
「…………」
イズナの指が、写真の中の母をそっとなぞる。
「今日も言わなかったんだ」
「…………」
「ユイに」
「うん」
「いつまで隠すの?」
「…………」
しーん……。
「まだ」
「…………」
「お姉ちゃんは――まだ知らなくていい」
「でも」
「分かってる」
イズナの顔が、ほんの少しだけ苦しそうに歪む。
写真を――ぎゅっ。
やがて、机の上へ置いた。
その拍子に。
ぱたん。
写真が裏返る。
「…………」
その裏側には――。
見覚えのない、小さな紋章。
「イズナ」
「…………」
イズナは、その紋章を見つめた。
「お父さん」
「お母さん」
そして、小さく。
「……どこにいるの?」
机の上に置かれた、古い家族写真。
その裏側で――。
〈絆守〉
その紋章だけが、月明かりに照らされていた。




