第13話 みおと うーちゃん
次の日――。
放課後。
「ただいまー」
「おじゃましまーす」
ユイに続いて、みおが家へ入る。
すると――。
ぺた。
ぺた。
廊下の向こうから、小さな足音が聞こえてきた。
やがて、ひょこっ、と小さな顔がのぞく。
「…………」
「あ」
みおが足を止める。
うーちゃんも、みおを見つめた。
そして――。
「……みお♡」
「…………!」
みおの顔が、ぱあっと明るくなる。
「うーちゃん! 私の名前、覚えててくれたの!?」
「ちゃんと覚えてたね」
ユイも嬉しそうに笑う。
「うーちゃーん!」
感激したみおが、思わず近づこうとした――その瞬間。
「!」
ささっ!
うーちゃんはユイの後ろへ隠れてしまった。
「ええっ!?」
ユイの脚の後ろから、ちらっ。
長いたれ耳と一緒に、小さな顔だけがのぞく。
「まだだめかぁ!」
「名前覚えただけみたい」
「そんなぁ……。昨日、怪我まで治してもらったのに……」
「まだ会ったばっかりだもん。ね?」
「……?」
うーちゃんは、きょとん。
「…………」
みおは少し考えると――。
すとん。
その場に座った。
「じゃあ、うーちゃんが来てくれるまで待つ」
「いいの?」
「無理やり触ったら嫌われそうだし」
「なるほど」
ユイの後ろから、うーちゃんがまた――ちらっ。
そんなうーちゃんを見ても、みおは近づかない。
代わりに、近くにあった小さなボールを手に取った。
「…………」
ころころ……。
「!」
ボールがうーちゃんの目の前で止まる。
「…………」
つん。
小さな手で触れると――。
ころころ……。
今度は、みおのところへ。
「おっ」
みおが拾って、
「それっ」
ころころ〜。
「!」
ぺたぺたっ!
うーちゃんがボールを追いかける。
そしてまた――。
ころころ。
「もう一回?」
「……もういっかい♡」
「はいはい」
ころころ〜。
「えへへ♡」
それを見ていたユイも、思わず笑った。
「ふふっ」
ころころ。
ころころ。
何度も遊んでいるうちに――。
最初は遠かった二人の距離が、少しずつ、少しずつ近くなっていく。
「みお」
「ん?」
「ころころ♡」
「もう何回目?」
「もういっかい♡」
「ふふっ。しょうがないなぁ」
すっかり夢中になった二人を見て、ユイが立ち上がった。
「私、飲み物持ってくるね」
「はーい」
「ユイ?」
「すぐ戻ってくるね」
「…………」
うーちゃんは少しだけ迷ってから、
こくん。
ぱたん。
ユイが部屋を出ていく。
「…………」
「…………」
しーん……。
「…………」
「…………」
「……急に静かになったね」
「…………」
「気まずいね」
「……きまずい?」
「そこ覚えなくていいから!」
思わずみおが突っ込む。
すると――。
「…………」
ぺた。
「ん?」
ぺた。
ぺた。
うーちゃんが、自分からみおへ近づいてきた。
「うーちゃん?」
そのまま目の前に、ちょこん。
「…………」
じーーーーっ。
「…………?」
うーちゃんが見ているのは、みおの顔ではなかった。
その視線は、ゆっくりと下へ。
昨日、怪我をしていた膝。
「…………」
そーっ。
小さな指を伸ばして――。
つん。
「……いたい?」
「え?」
「ここ」
昨日、絆創膏が貼られていた場所を指さす。
「まだ、いたい?」
「…………」
みおの表情が、ふっと優しくなった。
「もう痛くないよ」
「…………」
「ほら」
膝を曲げる。
伸ばす。
「全然平気」
「ほんと?」
「ほんと」
「…………!」
ぱああっ♡
「よかったぁ♡」
「…………」
心の底から安心したようなその顔に、みおはしばらく何も言えなかった。
「……ずっと心配してくれてたの?」
「…………」
こくん。
「…………そっか」
「いたいの、や」
「そっかぁ……」
みおは、そっとうーちゃんへ手を見せた。
「うーちゃん」
「?」
「頭、なでてもいい?」
「…………」
「嫌だったらいいよ」
うーちゃんは、差し出された手をじーーーーっと見つめる。
少し考えて――。
こくん。
「……!」
みおは嬉しそうに、それでもゆっくりと手を伸ばした。
なで。
「…………」
もう一度。
なで。
なで。
長いたれ耳から力が抜けて――。
ふにゃ〜♡
「う〜♡」
「…………!」
なで。
なで。
「えへへ〜♡」
「…………かわいい……」
そのとき。
がちゃ。
「お待たせ――」
飲み物を持って戻ってきたユイが、二人を見て足を止めた。
「あ」
「ユイ」
「なに?」
「やっぱりこの子、連れて帰っていい?」
「ダメ」
「早い!」
「絶対ダメ」
「一日だけ」
「ダメ」
「ケチ」
「なんとでも言って」
「……?」
うーちゃんだけが、二人のやり取りを不思議そうに見上げていた。
◇
そのあとも三人で遊んで、おやつを食べて。
気がつけば――。
ぴとっ。
うーちゃんは、みおの隣にくっついていた。
「…………」
「ずいぶん仲良くなったね」
「ふふっ。やっと認めてもらえた」
「?」
うーちゃんにはよく分かっていないようだった。
そして――。
夕方。
「そろそろ帰るね」
「うん」
みおが鞄を持って立ち上がる。
「じゃあね、うーちゃん」
「…………」
みおが玄関へ向かおうとした、そのとき。
きゅっ。
「?」
制服の裾に、小さな手。
「うーちゃん?」
「…………」
「どうしたの?」
うーちゃんは少し寂しそうに、みおを見上げた。
「……かえる?」
「うん」
「…………」
「でも、また遊びに来るよ」
「…………!」
しゅんとしていた長いたれ耳が、ぴくっ。
「またくる?」
「もちろん」
「……やくそく?」
「約束」
みおはしゃがむと、小指を差し出した。
「…………?」
「こういうときは、指切り」
「ゆびきり?」
「そう」
うーちゃんも真似をして、小さな小指を――ちょこん。
指と指が触れた。
その瞬間。
――きらっ。
「……?」
「……?」
みおの指先に、ほんの一瞬だけ。
淡い光が灯った。
けれど――。
瞬きをする間に、それは消えてしまう。
「二人とも、どうしたの?」
「……ううん」
みおは自分の指先を見つめてから、首を振った。
「なんでもない」
そして、もう一度うーちゃんを見る。
「じゃあ――また来る」
「……うん♡」
「約束」
「やくそく♡」
小さな小指と小指が、つながっている。
そんな二人を、ユイは嬉しそうに見つめていた。
昨日までは、ユイの友だち。
でも今日からは――。
うーちゃんの友だちでもある。
うーちゃんに、大好きな人が――。
またひとり、増えました。




