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第12話 ひみつの友だち

 次の日――。

 学校へ着くと、教室の向こうから聞き慣れた声が飛んできた。

「ユイー!」

「おはよう、みお」

 駆け寄ってきたみおが、私の顔をじっと見る。

「昨日ちゃんと寝た?」

「え?」

「なんかちょっと眠そう」

「…………」

 昨夜のことを思い出す。

 暗い森。

 狐火。

 黒い影――フレイ。

 傷ついたイズナ。

 そして。

 私の手からあふれた、淡い青色の光。

「……いろいろあって」

「なにそれ」

 みおは不思議そうな顔をした。

 そりゃそうだ。

 私だって、昨日までの自分に説明したところで信じてもらえるとは思わない。

 ――その日の体育。

「よーし!」

「みお、張り切ってるね」

「こういうのは得意だからね!」

 たっ。

 たっ。

 たっ――

「わっ!」

 ずるっ!

「みお!」

 慌てて駆け寄る。

「いたた……」

「大丈夫!?」

「大丈夫、大丈夫」

 みおはそう言って笑ったけれど、膝には小さな擦り傷ができていた。

「血出てるよ」

「これくらい平気だって」

「もう……」

 私は、その傷をじっと見つめた。

 ――昨日。

 イズナの腕を包んだ、淡い青色の光。

『それが、うーちゃんの力なんだ』

「…………」

「ユイ?」

「!」

「どうしたの?」

「……ううん。なんでもない」

 そのあと、みおは保健室で手当てをしてもらった。

 ぺたっ。

 膝には一枚の絆創膏。

「ほら、これで大丈夫」

「ほんと?」

「心配しすぎ」

「だって……」

「?」

「…………」

 治せるかもしれない。

 私とうーちゃんなら。

 でも――ここではできない。

 それに。

 誰かに見られたら、どう説明すればいいんだろう。

 精霊。

 換装。

 治す力。

 私自身、知ったばかりのことばかりなのに。

 それでも――。

 みおになら。

 そんなことを、少しだけ思った。

 やがて放課後を知らせるチャイムが鳴った。

「じゃ、帰ろっか」

「みお」

「ん?」

「今日……」

 言いかけて、少し迷う。

 本当に話していいんだろうか。

 でも、昨日からずっと一人で抱えていることを、誰かに聞いてほしい気持ちもあった。

 そして――。

 みおなら。

「うち、来ない?」

「え?」

「それと……」

「?」

「会ってほしい子がいるの」

「…………」

 みおが私をじっと見る。

「彼氏?」

「違う!」

「即答」

「そういうんじゃないから!」

「はいはい」

 絶対分かってない。

     ◇

 家に着いて、玄関を開ける。

「ただいまー」

「おじゃましまーす」

 しーん……。

「それで?」

「ん?」

「会ってほしい子」

「あ……」

 そのとき。

 ぺた。

 ぺた。

 廊下の向こうから、小さな足音が聞こえてきた。

 そして――。

 ひょこっ。

「ユイ♡」

「ただいま、うーちゃん」

「…………」

 みおが固まった。

「…………?」

 うーちゃんも、みおを見上げて首をかしげる。

「…………」

「?」

「…………え?」

 そして――。

「誰!?」

「!」

 びくっ!

 うーちゃんは慌てて私の後ろへ隠れた。

 制服を、小さな手でぎゅっ。

「みお!」

「あっ、ごめん!」

「大丈夫だよ」

 うーちゃんの頭を、なで、なで。

「この人は、みお。私のお友達」

「…………」

 私の後ろから、ちらっ。

 みおが今度は驚かせないように、小さな声で言った。

「……こんにちは」

「…………」

 うーちゃんはしばらくみおを見つめていたけれど――。

「……こんにちは」

「…………!」

 みおの目が大きくなる。

 そして。

「…………かわいい」

「でしょ?」

「なにその得意げな顔」

「だって可愛いもん」

「?」

 当のうーちゃんは、何を話しているのか分からずに首をかしげている。

「……親バカ?」

「違います」

 少しして。

 三人で部屋に座った。

 うーちゃんは当然のように私の隣へ、ぴとっ。

「それで、この子は?」

「…………」

 私は、うーちゃんを見る。

 昨日、私自身も初めて知ったこと。

「うーちゃんは――」

 少し迷ってから、口にする。

「人間じゃないの」

「…………」

「人間じゃない?」

「うん」

 そして。

「精霊……なんだって」

「…………」

 みおが固まる。

 隣では、うーちゃんも真似するように、

「せいれい」

「本人が言った……」

「私も知ったばっかりなんだけどね」

「いや……」

 みおが額に手を当てる。

「今もだいぶびっくりしてる」

「それでね」

「まだあるの?」

「ある」

「…………」

 私は胸元の青いペンダントに触れた。

「この子の力を――私が借りることができる」

「…………」

「みお?」

「ごめん」

「なに?」

「情報量が多い」

「……だよね」

 自分で説明していてもそう思う。

「それで……」

 私は、みおの膝を見る。

「今日の傷」

「ああ、これ?」

「まだ痛い?」

「ちょっとだけ」

 その言葉を聞いて。

 うーちゃんも、みおの膝を見た。

「…………」

 絆創膏を、じーーーーーっ。

 やがて私の隣を離れ、

 ぺた。

 ぺた。

 みおの前へ。

「……いたい?」

「え?」

「ここ」

 小さな指が、絆創膏を指す。

「……うん。ちょっとだけね」

「…………」

 うーちゃんの長いたれ耳が、しゅん。

「うーちゃん」

「…………」

 ぺた。

 ぺた。

 私のところへ戻ってくると、小さな手で私の指を握った。

 きゅっ。

「…………」

 胸の奥が、ほんのり温かくなる。

 声じゃない。

 だけど――分かる。

 いたいの、なくしたい。

「みお」

「ん?」

「……試したいことがある」

「…………」

「その傷。治せるかもしれない」

「…………え?」

「でも、嫌だったらやらない」

 みおは黙って私を見る。

「それと……もうひとつ」

「?」

「これから見ることは、誰にも言わないでほしい」

 今度は、ちゃんとみおの目を見る。

「うーちゃんのことも。これから私がすることも」

「…………」

 少しの間、みおは何も言わなかった。

「ユイがやるんでしょ?」

「うん」

「じゃあ、いいよ」

「……ほんと?」

「うん」

 そして、いつものように笑う。

「信じてるから」

「…………」

「ありがとう」

 私はうーちゃんを見る。

「うーちゃん」

「うん」

 手と手を――。

 きゅっ。

 胸元の青いペンダントが、

 きらっ。

「!」

 うーちゃんの身体が、淡い青色の光に包まれる。

 ふわあっ――。

「え……?」

 長いたれ耳。

 小さな身体。

 ぶかぶかのパーカー。

 そのすべてが光の粒へと変わっていく。

 そして――。

「うーちゃん!?」

「大丈夫」

 光の中へ、うーちゃんの姿が消える。

 代わりにその光が、私の身体を包み込んだ。

 制服の上に現れる、アイボリーのパーカー。

 大きなピンクリボン。

 カンガルーポケット。

 そして、小さなにんじんマーク。

 光が――すぅ……。

 おさまる。

「…………」

 みおは私を見つめたまま、動かない。

「……みお?」

「…………」

 その目が、だんだん大きくなって――。

「あーーーーっ!」

「!?」

「あのパーカーじゃん!」

「え?」

「この前、学校に着てきてたやつ!」

「…………あ」

 思い出した。

『そのパーカー、どうしたの?』

『今日は、ちょっと寒くて』

『今日、結構あったかいよ?』

「…………」

 みおの目が――じとーっ。

「あの日……」

「はい」

「うーちゃんも学校にいたってこと?」

「…………はい」

「寒かったんじゃなかったの?」

「…………」

「ユイ?」

「ごめんなさい」

「やっぱり!」

「だ、だって説明できなかったんだもん!」

「じゃあ授業中も?」

「いた」

「お昼も?」

「いた」

「私と話してたときも?」

「……いた」

「ずっと!?」

 そのとき。

『う〜♡』

「!?」

 みおが周囲を見回す。

「今、声した!」

「うーちゃん」

「どこから!?」

「今は私の中にいるの」

「…………」

『みお♡』

「私の名前覚えてる!?」

「さっき教えたからね」

『みお〜♡』

「…………」

「みお?」

「事情分かってから見ると、そのパーカーめちゃくちゃ可愛いね」

「そこ!?」

『う〜♡』

「本人も喜んでる……」

 なんだか一気に緊張が抜けてしまった。

「もう……」

 でも。

 本題はここからだ。

「じゃあ、やってみるね」

「うん」

 みおの膝へ、そっと手を伸ばす。

「…………」

 集中する。

「…………」

 何も起きない。

「…………あれ?」

「?」

「もう一回」

 ぎゅっと力を込める。

「治って……!」

 …………。

「…………」

「ユイ?」

「ちょっと待って」

「う、うん」

「昨日はできたのに……」

 焦り始めた、そのとき。

 イズナの言葉を思い出した。

『昨日、何を考えてた?』

『私を助けたいって思ってた』

「…………」

 力を入れていた手を、ふっと緩める。

 そして――みおを見る。

「みお」

「ん?」

「……痛かったね」

「え?」

 胸の奥から。

 あたたかいものが、ゆっくり広がっていく。

 そして。

 もうひとつの気持ちが、重なった。

 いたいの……なくなって。

「…………」

「うん」

 私も同じ。

 そっと、みおの膝へ手を添える。

 ふわっ。

「……!」

 手のひらから――淡い青色の光。

 きら……。

 きら……。

 絆創膏の下を、優しく包んでいく。

 やがて。

 光がゆっくり消えた。

「…………」

 私は絆創膏を、そっと外す。

「…………え?」

 擦り傷が――ない。

「…………」

「治ってる……」

「…………」

 自分の手を見る。

 昨日は必死だった。

 考える余裕なんてなかった。

 でも、今日は違う。

 はっきり分かる。

 本当に――私とうーちゃんが治したんだ。

「……できた」

 嬉しい。

 だけど。

 ほんの少しだけ――怖い。

 昨日までの私には、絶対にできなかったこと。

 それが今は、この手でできてしまう。

「…………」

「すごいじゃん」

「……え?」

 顔を上げる。

 みおが笑っていた。

「ユイとうーちゃん」

「…………」

「すごいよ」

「……みお」

 その一言で。

 少しだけ、肩の力が抜けた。

「……ありがとう」

 胸元のペンダントが――きらっ。

 パーカーが光の粒へと変わっていく。

 ふわ……。

 そして。

 ぽんっ。

 私の隣に、小さなうーちゃんが戻ってきた。

「…………」

 戻ってくるなり、うーちゃんはみおの膝をじっと見る。

「みお」

「ん?」

「……いたい、ない?」

「…………」

 みおは膝を曲げてみる。

「うん」

 もう一度。

「もう痛くないよ」

「…………!」

 ぱあああっ♡

「よかったぁ♡」

「…………」

「?」

 みおが、うーちゃんをじっと見つめる。

「ユイ」

「なに?」

「この子、連れて帰っていい?」

「ダメ」

「即答!?」

「当たり前でしょ!」

「?」

 うーちゃんだけが、きょとんとしている。

 少しして――。

「でも……」

「?」

 みおが、うーちゃんを見る。

「誰にも言わないよ」

「…………」

「うーちゃんのことも」

 そして、私を見る。

「ユイのことも」

「みお……」

「秘密なんでしょ?」

「……うん」

「だったら――」

 にこっ。

「私も守る」

「…………」

「ありがとう」

 その言葉を聞いたうーちゃんが、私とみおを交互に見た。

「まもる?」

「そう」

 みおは、うーちゃんの前にしゃがむ。

「これは――」

 人差し指を口元へ。

「三人だけの、ひみつ」

「…………」

 うーちゃんは、みおの仕草をじっと見る。

 そして――。

 真似するように、小さな人差し指を口元へ。

「……ひみつ♡」

「うん」

「ふふっ」

 三人だけが知っている、小さな秘密。

 うーちゃんは傷ついた誰かを守る。

 みおは、私たちの秘密を守ってくれる。

 守り方は――それぞれ違う。

 そしてこの日。

 私とうーちゃんに――

 秘密を守ってくれる友だちが、ひとり増えました。

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