第10話 まもる力
夜もふけて――。
部屋には、二組の布団が並んでいた。
「じゃあ、電気消すよ」
「うん」
ぱちっ。
明かりが消える。
部屋を静かな暗闇が包んだ。
その布団の中では――。
「えへへ……♡」
「…………」
ぴとっ。
うーちゃんがコヨリにくっついていた。
「……近くない?」
「いっしょ♡」
「…………まあ、いいけど」
コヨリが少しだけ離れる。
すると。
もぞ。
うーちゃんも同じだけ近づく。
「…………」
「えへへ♡」
「もう……」
しばらくして。
すぅ……。
すぅ……。
「…………」
コヨリが横を見る。
うーちゃんは、もうぐっすり眠っていた。
小さな手は――。
きゅっ。
コヨリの袖をつかんでいる。
「……ほんとに甘えんぼ」
そう言いながら。
コヨリは、その手を振りほどかなかった。
◇
――深夜。
しーん……。
誰もが眠っている中。
ぴくっ。
コヨリの狐耳が動いた。
「…………!」
ぱちっ。
目を開く。
窓の外。
遠くに見える森。
その暗闇の中で――。
ゆら……。
何かが蠢いた。
黒い靄のような影。
「…………」
コヨリの表情が変わる。
「イズナ」
「…………」
「イズナ」
ぱちっ。
イズナも目を覚ました。
二人で窓の外を見る。
「……フレイ?」
「うん」
それだけで十分だった。
「行こう」
◇
イズナは静かに布団から出た。
その横では。
「すぅ……」
ユイが眠っている。
そして――。
「すぅ……♡」
うーちゃんも眠ったまま。
「…………」
イズナは一瞬だけ姉を見る。
「お姉ちゃんは、寝てて」
小さく呟いて。
コヨリとともに、部屋を出た。
◇
ざわ……。
ざわ……。
月明かりの森。
イズナとコヨリが木々の間を進んでいく。
そして。
「いた」
コヨリが足を止めた。
木々の向こう。
ぐにゃ……。
黒い靄のようなものが蠢いている。
その中で――。
ぎらっ。
赤い目が光った。
「…………」
イズナが静かに構える。
「コヨリ」
「うん」
きらっ!
赤いペンダントが輝いた。
コヨリの身体が光に包まれる。
ふわっ――。
小さな身体が光の粒へ変わり、イズナへ吸い込まれていく。
そして。
白から狐色へ染まる羽織。
赤い組紐。
狐火の模様。
――換装。
〈モデル・コヨリ〉。
「……行くよ」
◇
ばっ!
フレイが飛びかかる。
「遅い」
すっ。
イズナは身体を横へ滑らせた。
黒い影が、そのすぐ横を通り抜ける。
「そこ」
ぽうっ。
一つ。
ぽうっ。
二つ。
狐火が夜の森に浮かび上がる。
フレイが逃げ道を探す。
だが。
ぼうっ!
その進路を狐火が塞いだ。
「逃がさない」
さらに。
ぽうっ。
三つ目。
フレイを囲むように、狐火が広がっていく。
◇
「…………ん」
ぱちっ。
ユイが目を開いた。
「…………」
何かが気になった。
隣を見る。
「……?」
イズナの布団が、空っぽだった。
「イズナ?」
返事はない。
そして――。
コヨリもいない。
「…………まさか」
ユイが起き上がる。
その音に。
「…………」
むくっ。
うーちゃんも顔を上げた。
「ごめん、起こしちゃった?」
「……コヨリ?」
「…………」
うーちゃんが周囲を見る。
「……いない」
「うん」
嫌な予感がする。
「探しに行こう」
「……うん」
ユイはすぐに、うーちゃんを抱き上げた。
ひょいっ。
「しっかりつかまっててね」
「う!」
ぎゅっ。
うーちゃんの小さな手が、ユイの制服をつかむ。
ユイはそのまま、夜の森へ駆け出した。
◇
「イズナー!」
暗い森を走る。
ユイの腕の中で、うーちゃんの長いたれ耳が風に揺れる。
ぎゅっ。
うーちゃんは落ちないように、ユイへしっかりつかまっていた。
そのとき。
ぼうっ!
「!」
遠くで、狐火が上がった。
「あっち!」
ユイは走る。
木々を抜けて――。
「はっ!」
そこにいた。
「……イズナ!」
狐火が夜の森を飛び交っている。
その中心。
白から狐色へ染まる羽織をまとったイズナ。
「……イズナ」
うーちゃんも目を見開く。
ユイには分かった。
あの姿。
昨日までイズナがまとっていたもの。
「これが……」
胸の中で、ひとつの言葉がつながる。
「……換装」
「――!」
イズナが振り返った。
「お姉ちゃん!?」
「イズナ!」
「なんで来たの!」
「なんでって――」
「危ないから下がって!」
その瞬間だった。
ぐるっ。
フレイが向きを変えた。
ぎらっ。
赤い目が――。
ユイを捉える。
「……!」
ばっ!
「えっ――」
「お姉ちゃん!」
どんっ!
「きゃっ!」
イズナがユイを突き飛ばした。
その直後。
ザッ!
「っ……!」
「…………!」
イズナの腕が切り裂かれた。
ぽたっ。
血が地面へ落ちる。
「イズナ!」
ユイが駆け寄ろうとする。
「来ないで!」
「でも!」
ぐにゃっ。
フレイが再び動いた。
「っ……!」
イズナは傷ついた腕を押さえながら、もう片方の手を前へ出す。
ぼうっ!
狐火がフレイの進路を塞いだ。
フレイがぶつかる。
ぼうっ!
「……っ」
イズナの身体が揺れる。
「イズナ!」
「大丈夫……!」
「大丈夫じゃない!」
「まだ……押さえられるから!」
フレイが再び狐火へぶつかった。
一つ。
また一つ。
炎が激しく揺らぐ。
「…………」
ユイの腕の中で。
うーちゃんは、イズナの傷を見ていた。
「……いたい」
「…………」
「イズナ……いたい」
そして。
小さな手が、ユイの指を握った。
きゅっ。
「……たすける」
「うーちゃん……」
その瞬間。
きらっ!
「!」
青いペンダントが輝いた。
うーちゃんの身体も――。
ぽう……。
淡い青の光に包まれていく。
「ユイ……」
「……うん」
ユイは、その小さな手を握り返した。
「助けよう」
ふわあっ――!
光が二人を包む。
小さな身体。
長いたれ耳。
ふわふわの髪。
すべてが優しい光へ変わっていく。
最後の光が、ユイの胸元へ。
ぱあっ!
光がおさまった。
制服の上には――。
アイボリーのパーカー。
大きなピンクのリボン。
カンガルーポケット。
そして、小さなにんじんマーク。
〈モデル・うーちゃん〉。
「……お姉ちゃん! 下がって!」
イズナには説明している余裕などない。
ぼうっ!
またフレイが狐火へぶつかる。
「でも、イズナの傷が……!」
「今はそれどころじゃ――」
そのとき。
「……!」
ユイの手のひらが。
ふわっ。
淡い青色に光った。
「え……?」
どうすればいいのかなんて、分からない。
戦い方も知らない。
換装についてだって、まだほとんど何も知らない。
だけど。
ひとつだけ。
強く思った。
――治してあげたい。
ユイはイズナの傷へ手を伸ばした。
「……!」
淡い青の光が、イズナの腕を包む。
「お姉ちゃん……?」
あたたかい。
ユイの胸の奥まで。
ぽかぽかと温かくなっていく。
そして。
声ではない。
言葉でもない。
それでも――。
分かった。
――いたいの、なくなって。
「……うーちゃん」
きらっ。
胸元の青い宝石が輝く。
きら……。
きら……。
イズナの傷が。
ゆっくりと塞がっていく。
「…………!」
光がおさまった。
「傷が……」
消えている。
「治った……?」
ユイも驚いていた。
でも。
「説明はあと!」
イズナがすぐに立ち上がる。
「お姉ちゃん。その感覚――忘れないで」
「え?」
ぽうっ!
狐火が浮かぶ。
「それが、その子の力だから!」
フレイが狐火を突き破る。
「――!」
「イズナ!」
「もう平気!」
イズナが腕を振る。
一つ。
二つ。
三つ。
狐火が一斉に広がった。
「逃がさない」
フレイの周囲を完全に取り囲む。
ぎらっ。
赤い目がイズナを睨む。
「終わり」
すっ。
イズナが手を振り下ろした。
ぼうっ!!
夜の森が、狐火の光に染まる。
黒い影は光に包まれ――。
さら……。
さら……。
やがて。
完全に消えた。
◇
しーん……。
森に静けさが戻った。
「…………ふぅ」
「イズナ!」
ユイが駆け寄る。
「本当に大丈夫?」
「うん」
イズナは傷のあった腕を動かしてみせた。
「痛くない」
「よかった……」
ユイは胸を撫で下ろす。
「でも……」
自分の手を見る。
「今の、何だったの?」
「たぶん――」
イズナはユイのパーカーを見る。
「うーちゃんの力」
「うーちゃんの……」
「換装は、ただ服が変わるだけじゃない」
イズナは自分の胸元へ触れる。
「その子にしかない力を、借りるんだよ」
「その子にしかない……」
「私なら、コヨリの狐火」
「じゃあ……」
ユイは自分の手を見る。
「私とうーちゃんは……」
「傷を治す力、みたいだね」
「…………」
ユイの表情が、少しだけ柔らかくなる。
傷つける力ではなく。
誰かを助けるための力。
「うーちゃんらしいかも」
胸元で。
青いペンダントが――。
きらっ。
◇
「じゃあ、戻ろうか」
「うん」
イズナの赤いペンダントが輝く。
きらっ。
白から狐色へ染まる羽織が、光の粒へ変わっていく。
さら……。
そして。
少し離れた場所へ光が集まり――。
ぽんっ。
「終わったー」
小さなコヨリが再び姿を現した。
「コヨリ!」
「ちゃんといるよ」
続いて。
「私たちも」
ユイが青いペンダントへ触れる。
きらっ。
アイボリーのパーカーが、淡い光になってほどけていく。
ふわ……。
光がユイのそばへ集まり。
ちょこん。
「…………」
長いたれ耳。
小さな身体。
ぶかぶかのパーカー。
いつものうーちゃんが戻ってきた。
「…………」
うーちゃんは、自分の両手をじっと見ていた。
「うーちゃん」
「?」
コヨリが声をかける。
「私と違うこと――」
にこっ。
「できたでしょ」
「…………!」
ぱあっ。
うーちゃんの表情が輝いた。
「できた♡」
「うん」
「ユイ!」
「ん?」
「できた♡」
「うん」
ユイはしゃがんだ。
なで。
なで。
「うーちゃん、すごかったよ」
「えへへ〜♡」
「それに――」
ユイは小さな身体を抱き上げる。
ぎゅっ。
「助けてくれて、ありがとう」
「う〜♡」
◇
帰り道。
四人で夜道を歩いていた。
「イズナ」
「なに?」
「……ずっと、あんなことしてたの?」
「まあね」
「聞いてないんだけど」
「聞かれてないし」
「またそれ!」
「ふふっ」
その少し後ろでは。
「コヨリ」
「なに?」
「うーちゃん、なおせた♡」
「うん」
「コヨリは、ぽうってできる♡」
「そうだね」
「ちがうね♡」
「…………」
コヨリは、うーちゃんを見る。
そして。
少しだけ笑った。
「うん」
「違うね」
前を歩く、ユイとイズナ。
その後ろを歩く、うーちゃんとコヨリ。
できることも。
持っている力も。
それぞれ違う。
でも――。
ちゃんと、つながっている。
四人の足音が、夜道に小さく響いていた。




