章間1 初めての雪かきと、新しい同居人
「うわー! 積もってる!」
自宅――というか別荘の前。
セリスは長靴と軍手を付けて、おおよそ貴族の淑女とは思えぬ恰好でスコップを持っていた。
彼女が今まで住んでいた王都では、雪は降る……が、殆ど積もらない。年に一度、数センチ積もる程度。その中でも幼い頃は、兄と雪合戦をしたものだが。
しかし、今……クロッカスでは、腰の高さまで雪が積もっている。昨日は雪が大量に降って、腰の高さまで積もってしまった。
今日はまだハレの日感があるが、恐らく明日以降は『面倒』が勝るのだろうな――そう思いつつも、セリスはスコップを振り下ろした。そして重たい雪を持ち上げ、庭に放り投げる。
一回ですぐ、額にジワリと汗が滲む。かなりの重労働……腰と手に、ズシリと重みが襲い掛かってきた。これをやらない限り、家の前が通れない。早くも高揚感が失せ、ただただ現実に打ちのめされる。
「……魔法、使っちゃダメかしら」
「構いませんが……そもそも、貴方がそんなことしなくても良いのですよ」
セリスがスコップを杖替わりにしていると、後ろから声をかけられる。振り向くとそこには、老年の管理人が立っていた。
彼もまたスコップを持っており、長靴から軍手――だけでなく、マフラーに毛糸の帽子と完全防備だ。そしてその後ろには、セリスと同い年くらいの女の子が立っている。
彼女はペコっと頭を下げると、セリスのスコップを手に取った。
「おはようございます! 今日から、住み込みでお世話させていただきますスディナです! ささ、お嬢様はお戻りください! ここはわたし達がやりますので!」
元気いっぱい、赤茶けた髪を三つ編みにした、透き通るような肌の女の子だ。スディナがニコニコとセリスのスコップを取り上げたので――取り返す。
「……セリスお嬢様?」
「三人でやった方が早いでしょう? というか、私……お世話係なんて頼んでいないんだけれど」
「それに関しましては、先日……ノーグレン子爵家から、お手紙をいただきまして。お給金も一年分いただきました」
まぁこんなことをしてくれる、出来るのは父しかいないと思っていたが案の定なようだ。
「というわけでセリスお嬢様。わたしの仕事なので、さぁさぁお戻りください!」
なかなか押しの強い子である。
セリスもここまで言われて、彼女の仕事を取るわけにもいかない。おとなしく彼女にスコップを返し……精霊のコルトを『真化』させた。セリスと変わらないサイズになったコルトは、両爪をふんすと掲げる。
コルトはモグラ型の精霊、雪を掻きわけるのは得意分野だ。
「うっわおっきい……。貴族様ってすごいですねぇ。撫でてもよいですか?」
「いいわよ」
許可が出たスディナは、コルトをわしゃわしゃと撫でる。
「魔法を使う時以外、『真化』させるのはマナー違反なんだけど……まぁ、今回は特別ね。私は働かないから、これでいいでしょう?」
「……わ、分かりました。それじゃあ、これで早く終わった分は別の何かでお返しさせていただきますね」
やれやれ、と首を振るスディナ。
というわけで二人と一体で、雪かきを始める。コルトが大活躍したために、大量の雪はものの十数分で完全に片付いてしまった。
セリスは手を動かさなかったので、若干手持ち無沙汰だったが。
「はー、あっさり終わっちゃいましたね。お父さん、後はわたしが全部やっとくからー」
「うむ、しっかり励むんだぞ」
管理人は帰路に着き、セリスとスディナは家に戻る。中は暖炉の火を付けているので暖かいが……それでも、外で冷え切った体を温めるのは時間がかかるだろう。
中に入ると、スディナがテキパキとセリスの上着などを片付けて……表情を消し、すっと頭を下げた。
「それでは改めまして。本日からお仕えさせていただきます、スディナ・ブラウンと申します」
ビシッと堂に入ったお辞儀。どうやら、彼女はちゃんとメイドとしての教育を受けているらしい。先ほどまでとは、テンションがまるで違う。
家に入ったことで、仕事モードになったというところだろうか。そういう使用人は、割と出会ったことがある。
ただ……。
「ごめん、さっきまでくらいのテンションでお願いしてもいいかしら。その……家、思い出しちゃうから」
――今の自分と、前までの自分。
そのギャップを思い出してしまい、どうしても心が重たくなる。スディナは苦笑した。
「承知いたしました。――じゃあ、テンションマックスなのを隠さないようにしますね! あの、まさかこんな綺麗な同年代の人にお仕え出来ると思ってなくて……今、凄く嬉しいんですよ!」
「そ、そう」
この子に中庸というのは無いのだろうか。
彼女はさっそく、すちゃっとセリスの服に手をかける。
「ではまずお着替えからいたしましょう!」
「いやお掃除とかお洗濯とか手伝ってくれるだけで十分なんだけど……」
「まぁまぁ、お世話させてください!」
仕方なく、彼女に身を任せるセリス。服を脱がされ、汗をかいたインナー類を着替えさせられた後、部屋着を着せられる。
……ゴムの入っていない、ゆるーい部屋着だ。セリスが実家から持ってきたものではない。
「どこから出したの、これ」
「昨日買っておいたんです。わたしのお気に入りなんですよ、暖かくて緩くてモコモコしてるんで。それとも、セリスお嬢様は……カチッとしたお洋服が好きですか?」
「いいえ、部屋着はこれくらいが楽でいいわ」
髪の毛をくくり、セリスは窓辺の椅子に座る。今日は『ドラセナ』に出勤する日ではないので、あとは読書でもして過ごそうか。
なんて思いながら精霊と戯れていると、スディナがチェス盤を持ってくる。
「遊びましょ、セリス様」
「あら、いいじゃない。……それにしても、物おじしないわねぇ」
セリスにとってはむしろ心地よい距離感だが、人によっては裸で庭に放り出されても仕方ないような言動だ。
スディナはチェスのコマを並べながら、にっこりと微笑む。
「うっとうしかったら、いつでもお申し付けください。あ、コマの動かし方分かります?」
「ルールは知ってるわよ」
「わーい! じゃあ、やりましょやりましょ。負けた方は、恥ずかしい秘密を暴露するルールでやりましょう」
「本当に怖いもの知らずね!?」
とはいえ、久々に同年代と遊び……セリスも少し心が軽くなっていくのを感じる。やはり、ずっと気を張ってしまっていたらしい。
『ドラセナ』は、セリスにとっての居場所だ。しかしそれは『人から必要とされる』という意味での居場所。
対してこの家は、人目を気にせずリラックスできる場所。そういう意味では、彼女のお世話のおかげで……やっと自宅でも気を張らなくてよくなったのかもしれない。
「じゃあ、まずは恋愛がらみの恥ずかしい秘密からですよー」
――こうして、休日は過ぎて行った。
結局、スディナが四回ほど恥ずかしい秘密を語ることになるのであった。
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