第6話 春、再会の扉
長い冬が終わろうとしていた。
セリスがクロッカスを訪れてはや半年。雪はまだ屋根に残っているが――陽の色はやわらぎ、氷の下で小さな水音が聞こえる。
雪かきをせずとも、普通に地面が見える道。クロッカスに越してきて初めての光景に、セリスも思わず鼻歌を口ずさむ。
「ふん、ふふーん」
セリスは精霊たちのためのご飯を用意してから、自分もコーヒーを淹れる。窓を開けて風を感じながら飲むコーヒーは格別だ。
「そろそろ行こうか」
精霊たちを連れて『ドラセナ』へ。
今日の午前中はトーセも、会長もいない。そういう時はセリスが責任者を任される……のだが、特別な仕事は無いので受付で経理作業をやるだけだ。
まぁ、ギルドを離れられない分……ハンターたちのお手伝いに行けなくなるのはちょっと寂しいが。
ドンっ!
大きい音と、軽い震動。
喧嘩っ早いハンターが多いから仕方ないが、せめて喧嘩は外でやってほしい。そんなことを思いながら寄り合い所に入ると――中には、身なりのよい三人の男が立っていた。
腰に剣を提げており、一人は精霊を連れている。暴力が身近にあるというか、暴力が仕事っていう感じの雰囲気。
「代表者、もしくは経理等の担当者を出せ」
「……えっと、どちら様でしょうか」
セリスが彼らの前に行くと、彼女が連れている三体の精霊を見てギョッとしたような顔になる。
しかしすぐにコホンと咳払いすると、精霊を連れた男が一歩前に出た。
「私は騎士役人第二支部のケナイサ。徴税に来た」
端的に答えるケナイサ。セリスはそう言われて、パッとカレンダーを見る。今月は祝日の兼ね合いもあり、徴税日が一日早かったことを失念していた。
普通ならちゃんと金を用意しているのだが……今はタイミングが悪かった。
(よりによって、アイスオーガの群れを倒した後に……)
強い魔物を倒すと、それだけ儲かる……わけでは無い。ハンターへの報酬をはずむ必要があるし、それ以外の諸経費も増える。
それを賄うために借入を増やし、そして魔物素材を現金化して利益を出すのだ。
しかし今回、アイスオーガの群れは多すぎたせいで全部現金化出来ていない。納税資金は会長とトーセが午後までに用意する予定で、今ギルドにある現金だけでは税額に足りない。
午後まで待ってもらえれば、納税資金は揃う。セリスは一つ深呼吸すると、男たちに頭を下げた。
「大変申し訳ありません。本日は責任者がおりませんので、お引き取り願えませんでしょうか」
「支払いの期日は今日だ。その日に責任者がいないかどうかなど関係ない」
まぁ、それはその通り。
(さて、どうやってごまかしたものかしら……うーん、でも相手は役人だしごまかしても無意味ね)
セリスは背筋を伸ばして、笑みを作る。ごまかせないなら、とりあえず現状を相手に伝えることくらいしか出来ない。
「先日、アイスオーガの群れの討伐に我がギルドは参加いたしました。それまでにも連続で強力な魔物を倒していたこともあり、当ギルドの経費が嵩んでしまっているのです。納税資金は会長たちが本日の午後までに用意する予定ですので……それまでお待ちいただけませんでしょうか」
頭を下げてから静かに告げると、ケナイサ達は目を細めた。
「それがどうした。決まりは決まりだ、例年通り納めてもらう。というか、アイスオーガの群れが来たから金が無いと言うのは理屈に合わないだろう」
キッパリと言い切られる。
セリスは頭を下げたまま、さらに淡々と口を開く。
「申し訳ありません。ハンターへの報酬の支払いを優先させておりますため……」
「ハンターへの報酬? なんでそんな物を優先する必要がある」
「命を懸けて戦ってくださっているのですから、それは当然じゃありませんか?」
セリスがそう言うと、ケナイサはフンと鼻で嗤った。
「ハンターが命を懸ける? 馬鹿を言うな、奴らは金と自分の命にしか興味がない。死にそうになれば逃げる者ばかりだろうが。そんな連中の酒代を優先して、納税を怠るなど言語道断だ。こっちは力ずくで従わせても良いんだぞ!」
「……なんですって?」
ピリッ、と空気が凍る。セリスが顔を上げると、ケナイサの後ろにいる二人は殆ど反射的に剣に手をかけていた。眼の前の女の発する殺気を警戒して。
三体の精霊をただ連れているだけならばいいが、セリスは魔法使い。彼女の白衣の裾から見えた魔法書を見て、ケナイサも警戒度を引き上げる。
そのただならぬ気配を察して、ミンゾを含めた数名のハンターがセリスを守るように前に立つ。だが彼らを押しのけたセリスは、ケナイサを睨みつけた。
「納税が滞るのが問題である、というのは理解しております。それに関しましては、こちらの落ち度です。まことに申し訳ありません」
再度、謝罪するセリス。
しかし今度は頭を下げていない。彼を睨みつけたまま、口を開く。
「しかし彼らが命を懸けていない、という発言は撤回してください。自分の生活のためだけでなく、彼らは人々を守るために毎日命を張っています! 腕が千切れることも、足が潰れることも……もちろん、命を落とすこともあります。そんな彼らの働きぶりも見ずに侮辱することは、このセリス・ノーグレン子爵令嬢として許しません!」
セリスがそう言い切ると、役人たちは少し気圧されたように一歩後ずさる。ケナイサもまた、一歩下がってしまい――それを誤魔化すかのように、セリスに向けて書類を突き出した。
「黙れ! 私は騎士としてハンター如きに下げる頭など持っておらん!」
そしてケナイサがセリスを突き飛ばす。彼女が尻もちをついた瞬間――シル、コルト、ゴールが怒りに満ちた顔で騎士たちの前に立ちふさがる。
それに呼応するように、ケナイサの精霊が前に出て……三対一は分が悪いと思ったのか、後ろに下がった。
「こ、こらムルシエラゴ! 下がるな」
蝙蝠の精霊、ムルシエラゴは気まずそうな顔で外に出て行ってしまう。そしてケナイサはちょっと怯えたような顔になると、書類を机に置いて剣の白刃をかすかにさらす。
セリスも白衣から魔法書を取り出し、ハンター達も武器に手をかけ――
「何をしている、貴様ら」
――バンッ、と扉が開いて一人の男が入ってきた。彼の足元には狼の精霊スコールがおり、その肩にはムルシエラゴがとまっている。置き引きから助けてくれた彼だ。
彼が入ってきた瞬間、ケナイサと他の二人が即座に敬礼をする。そしてハンターたちも一斉に顔を引きつらせて一歩引いた。
(この人、やっぱり騎士隊の偉い人なんだ。……なんで、ここに来たんだろう)
青年はジロッとケナイサを見ると、苛立った顔で舌打ちする。
「ケナイサ、午前中は『パキラ』に徴税に行くんじゃなかったのか。なんで『ドラセナ』にいる?」
「えっ……あっ……」
ケナイサは懐から紙を取り出すと、さっと顔を青くする。そして彼が勢いよく頭を下げようとするが、青年はそれを制して『ドラセナ』の中を見渡した。
「それで、何でこんなに揉めている?」
「あ、その……そ、それは……実は、かくかくしかじかで……」
事のあらましを彼が説明すると、青年はなるほどとうなずいてからセリスの前に立った。
「主張は理解した。しかしそれとこれは話が別だ。資金をどう振り分けるかはそっちの勝手だが、ルールはルール。今日中にしっかり納めて貰う」
冷淡な言い方。
しかし彼の精霊への接し方を見ており、何より見た目とは裏腹に優しい人だという印象を持っていたセリスは……再度頭を下げて、食い下がる。
「……お、お言葉ですが。アイスオーガの群れの討伐は、騎士団が間に合わずに我々民間で対応することになった事案。そのことを勘案すべきではありませんか? そう領主様にもう一度、お伝えください。というか、騎士団の出動の遅さは、領主様の責任のはずですから」
しかし彼女がそう言った瞬間、ミンゾ達ハンターの顔が真っ青になった。そして彼女に飛びつくと、物凄い勢いで頭を下げさせる。
「ちょっ、痛い、ミンゾさん何をするんですか!」
「馬鹿、セリスさん! 謝れ、アンタが今言い返したこの人が! デュナン・セイヴェル辺境伯その人だぞ!?」
「えっ!? こ、この人が……!?」
あんぐりと口を開けて驚く。しかしそれを言われたデュナンは、目を細めた。それだけで室温が数度下がったかのようで――たったそれだけなのに、セリスの背筋が凍った。
この恐怖、これが『鮮血伯爵』。
「き、貴様! デュナン様になんという暴言!」
「言うに事欠いて貴様! しゃ、謝罪だ! 謝罪しろすぐに!」
ケナイサと騎士たちが、大慌てでセリスに詰め寄ってくる。だがセリスは謝罪せず、むしろ彼の目をジッと見返した。
税金を支払えないのはどうかと置いておいて、騎士団の対応の遅さは明確に領主の落ち度だと思っているからだ。
数秒のにらみ合い。しかしデュナンは口の端を少しゆがめると、騎士たちを制した。
「ふっ……ふ、ははは! 知って猶、目を逸らさないのか。――面白い」
デュナンはそう言って面白そうに笑うと、セリスの精霊たちを見た。そして彼が何かを言おうと口を開いたところで、またも扉が勢いよく開いた。
会長と、トーセだ。
「ああああ! りょ、領主様! あの、お金はお持ちしましたので! どうか、どうか平に平に……!」
「まことに申し訳ございません! ご、午後のお約束と伺っておりましたので……」
トーセたちに言われ、デュナンはケナイサに目くばせする。
彼はさっとトーセから金袋を受け取り、中身を検めた。
「……た、確かに受け取った」
「偉そうにするな、ケナイサ。貴様が時間を間違えなければ、こんな騒ぎになっていない」
デュナンはそう言うと、最後にもう一度セリスを見た。
「――女、名前は?」
ニヤリと笑うデュナンが、セリスを見下ろす。彼を思いっきり睨み返しながら、セリスは胸を張った。
「セリス・ノーグレン。ノーグレン子爵の長女です」
「セリスか、気に入った。――また迎えに来る」
踵を返したデュナンは、ケナイサたちを連れて『ドラセナ』から出て行った。
扉が閉まり、再び静けさが戻る。セリスはその場にへたりこみ、ドクドクと早鐘を打つ心臓をギュッと手でつかんだ。
そんな彼女に向かって、トーセが抱き着いてくる。
「ああもう! もう徴税官が来たってジルコンから聞いて、大慌てで戻ってくれば……な、なんで領主様に啖呵切ってるんだい!」
「い、いやその……成り行き?」
「成り行きって……とにかく無事でよかったよ」
トーセのみならず、会長やハンター達も頷く。
そんな彼らを見ながら、セリスは大きく息を吐いた。
(また迎えに来るって言ってたけど……な、何のために来るんだろう)
今さらな恐怖に体を震わせながら、セリスはトーセを抱きしめ返すのであった。
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