第5話 白衣の鬼人
「――セリスさん、そっち行ったぜ!」
「任せてください!」
コルトの土魔法で地面を隆起させて、アイスゲーターを転ばせる。
そして生み出した風の刃で首を落とした。
断末魔も上げず、息絶えるアイスゲーター。その断面から流れ落ちる血が、パキパキと凍っていく。
セリスは大きく息を吐き、天を仰いだ。
「いやー、助かったぜ。やっぱセリスさんがいると全然違うな! 俺達だけじゃ、ああいう百人級の魔物は倒せないからな」
「お役に立てて何よりです」
セリスが『ドラセナ』で働き始めて、早一か月。フロストロールを討伐して以来、セリスは『ドラセナ』の切札として魔物討伐に出るようになっていた。
もちろん、普段は経理と救護班としての仕事が主なので……こうして五〇人級以上の魔物が出た時に限るのだが。
「普段からセリスさんが一緒に来てくれたらなぁ」
「そうだな、死人も出ねえし」
そう言って笑うミンゾ。他のハンターたちも笑いながら、それに同調する。
「ダメですよ。ただでさえ、帳簿がちょっと滞ってるんですから、私が前線に出過ぎたらトーセさんに怒られちゃいますよ。というか、救護班としての仕事もしますよー。はい、並んで並んで」
ハンターたちの言葉を流し、セリスは皆に治癒魔法をかけていく。魔法をかけるほどでも無ければ、普通に救護班として傷を応急処置する。
こうした魔法を使わない処置も、大分慣れてきた。そんな成長を実感しながら、セリスはこうして一緒に戦えることを楽しく思っていた。
▽▲▽▲▽▲
――だがまさか、その手伝いで不都合が生まれるとは思っていなかった。
「トーセさん!」
ある日の午後、ギルドで昼食を食べていたトーセの元にセリスは駆け寄る。そしてバン! と机を叩くと、彼女にチラシを見せつけた。
「なんですかコレ!」
「ん? ああ、それはうちのギルドで発行してるチラシだよ。魔物退治は、依頼を受けてやることも多いだろう? 今年は魔物の出現回数が少ない割に、強力になっているからね。他のギルドに仕事を取られないように、宣伝を……」
「そんなの分かってますよ! 昨日、支払いやったんですから! そうじゃなくて、コレですよコレ!」
そこには――『ドラセナの新エース!』と大きい文字で書かれている。ご丁寧に、セリスの後ろ姿の似顔絵まで載せて。
トーセはあっはっは、と笑うと……セリスからチラシを受け取った。
「よく書けてるだろう? あたしが書いたんだよ」
「ええ、よく似てますね! 王都の人が見ても誰のこっちゃわかんないと思いますけど、この街に住んでる人なら一目で分かるでしょう。そこじゃなくて、こっちですこっち!」
彼女の持つチラシを指さす。
そこには『圧倒的な実力を持つ魔法使い。戦場を踊る、「白衣の鬼人」』と書かれていた。もちろん、この物騒なあだ名はセリスのことだろう。
「なんですかこのネーミング!」
「カッコいいじゃないか。最近、巷じゃそう呼ばれているらしいよ」
「私、女の子ですよ女の子! 鬼人とか言われて嬉しいわけないじゃないですか! 白衣の天使とか、雪の妖精とか……そういう可愛いあだ名にしてくださいよせめて!」
「エースなのは認めるのか」
後ろで感心したように言うミンゾは無視する。エースと呼ばれるのは、嫌な気分ではない。このギルドの一員になれたような気がして嬉しいからだ。
しかし……鬼人とは、あまりにも語感が怖すぎる。
「いいじゃねえか、二つ名。カッコいいぜ」
「超一流のハンター、って感じでな」
「……私、経理スタッフなんですけど」
なんなら、魔物を倒すよりもそっちの方がはるかに得意だ。
セリスは釈然としない思いを抱えながら、唇を尖らせる。
「今さら回収しろとは言いませんけど、本当に恥ずかしいんですから」
「あっはっは、ごめんごめん。でも正直、勝手に街で呼ばれていたのを拾っただけだからねぇ。チラシがあろうとなかろうと、そう呼ばれることに変わりはないよ」
それがそもそもおかしいのだ。
「普通、人にそんなあだ名をつけますか?」
「ああ、そりゃ付けるぜ。俺だって若い頃は『疾風のミンゾ』って呼ばれてたんだぞ」
「今じゃ『疾病のミンゾ』だけどな」
わっはっは、と笑いあうハンター達。彼らは指折り、かつて呼ばれていた二つ名を並べていく。
「えーっと、『疾風』とか『黄金』とか、『銀色の剣士』とかもあったな」
「あれだよ、『白狼』とか、『大棍棒』って呼ばれてたやつもいたな。それと――」
「――『鮮血伯爵』ってのも……っていや、なんでもない」
空気が凍る。そして彼らは目を見合わせると、気まずそうに散らばっていった。一瞬の出来事で何が起きたか分からないセリスは、トーセの方を振り向く。
「あ、あの……なんですか今の流れ。『鮮血伯爵』って言っちゃダメなんですか?」
「あー……うん。クロッカスの領主様のことさね」
「へぇ……。えーっと、クロッカスの領主はセイヴェル辺境伯ですよね。あの方って結構お年を召されていた気がするんですが……そんな物騒なあだ名で呼ばれるような人なんですか?」
セリスが言うと、トーセはきょとんと首を傾げる。
しかしすぐにぽんと手を打ってから、プッと笑った。
「それは先代様だね。数年前、お孫さんに代替わりしたんだよ。デュナン・セイヴェル辺境伯、戦場帰りの騎士上がりの武闘派さ。代替わりしてすぐに、先代様の側近を処刑してね。その時の処刑の様子を見たなんか隣領の領主が最初に言い出したとかなんとかで、一瞬でクロッカスに広まったのさ。そのあだ名が、『鮮血伯爵』」
「せ、『鮮血伯爵』……」
あまりにも物騒なあだ名に、セリスはごくりと生唾を飲む。普通に生きていたら、そんなあだ名をつけられることは無いだろう。
ということはつまり、普通じゃない人ということで……。
「おっかない人さ。やることなすこと、正しいんだろうけど……とにかく、感情が見えない。あとはバカみたいに強いらしくてね。――おかげで魔物被害はガクッと減ったけど、その分街がなんとなく暗いからどっこいどっこいって感じかね」
トーセはそう言って、飲み物を呷る。そしてニコッと微笑むと、セリスに目の前に座るように促した。
「さ、座んなセリスさん。おっかないあだ名を広めてしまったお詫びに、美味しいご飯を作ったげるよ」
「あ、お願いします……」
彼女にしては珍しく、気まずそうにそそくさと去っていく。やはり『鮮血伯爵』の話は、それだけ皆……触れたくない話なんだろう。
(『鮮血伯爵』……。そんな怖い人、出来れば会いたくないな)
彼女はそう思いながら、天井を見上げるのだった。
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