第4話 後編 初めての血
室内の空気が凍った。
トーセは顔を顰めると、舌打ちをしてから立ち上がる。
「分かった。ギルドでたむろってる馬鹿どもに、討伐準備をするように言いな! あたしは救護班をまとめて向かうから!」
「わ、分かりました!」
若いハンターはビシッと敬礼すると、バタバタと出ていく。
トーセはくるりとセリスの方を振り返ると、難しい顔になった。
「怪我人が出てるなら、あたしらも行かなきゃならない。セリスさん、順番変更だ。鉄火場になるけど、先に救護班としての仕事を教える。急で悪いけど、一緒に来てもらえるかい?」
申し訳なさそうに言うトーセ。
しかしセリスは首を振ると、ほんの少し微笑んでから頷いた。
「もちろんです!」
ドキドキと高揚感が胸を叩く。こんなこと、貴族の家でお茶をしていたら味わえない緊張感だ。怪我人が出ているのに不謹慎だろうが、それでも生まれて初めての『非日常』にワクワクしてしまう。
(でもさっきのトーセさんの説明を聞く限り、こんな鉄火場の方が珍しいはずよね)
であれば、ワクワクしても許されるかもしれない。
「じゃあ、準備が出来たら受付の方で待っておいておくれ」
「はい」
バタバタと出ていくトーセ。
パン、と自身の頬を叩いてからセリスも立ち上がった。カバンから魔法書を取り出し、白衣の内ポケットに入れる。二冊も入れると流石に重たいが、いちいちカバンから取り出さねばならないのよりはよほど良い。
精霊たちも張り切っているのか、セリスの周囲を飛び回る。セリスは手渡しで彼らにクッキーを食べさせて、すぐに『真化』させられるように事前に魔力を渡しておく。
セリスが準備を終えて事務室から出ると、ハンターたちも準備を終えていた。
「それじゃあ行くよ! 相手はフロストロール、目標は討伐じゃなくて怪我人の救出! 戻ったら、他のギルドと合同で討伐作戦だ!」
「「「おう!」」」
気合の入った鬨の声。
セリスも両こぶしを握って、ムンと気合を入れる。
「よし、オレが先頭を行くからついて来い! ノノメ山の麓だ!」
ミンゾがそう声をかけて、彼を先頭にハンター達はギルドを出るのであった。
▽▲▽▲▽▲
ノノメ山は、クロッカスの東部にある小さい山。魔物よりも野生の獣がよく出るらしく、フロストロールが出たのは初めてだそうだ。
(移動に馬が使えない雪道――こんなところを、ハンターたちは毎日駆けまわって魔物を狩っているのね)
ハンターたちは全員、この雪道でも息が切れていない。セリスもダンスなどでそれなりに鍛えていた自信があったが、既に息も絶え絶えだ。まさか、こんなに差があるとは。
ハンターではない救護班の人たちも、息切れしていない。体力の差か、雪道への慣れか……あるいは両方か。
出発前のほんの一瞬の高揚を、即座に打ち消すような『現実』がセリスを打ちのめす。しかしそれでも、前を向いて進んでいく。
(だってこれから、私は……このギルドで一緒に働くんだから)
「って、あれ? この辺だったはずなのに……」
ノノメ山に入ってから、案内してくれていた青年が困ったような声を出す。
「どうしたんだよ、グード」
「いや、ミンゾさん。この辺のはずだったんですよ、フロストロールが出たのは!」
「移動したのか……。チッ、手分けして探すぞ! 見つけても、絶対戦闘に入るなよ!」
ミンゾの指示で、ハンターたちはばらける。セリスはミンゾ、グード、トーセと同じ班で捜索することになった。
と言っても、セリスは魔物を探した経験はない。仕方なく、シルを空に飛ばして上空から発見できないか試してみる。
「ん、血の臭い……。おい、あっちだ!」
ミンゾがそう叫んで走り出す。
セリス達も急いで後を追いかけると――三人のハンターが、血まみれで倒れていた。うち一人は脚を噛みちぎられ、ピクリとも動いていない。
「ったく、世話が焼けるよ!」
応急手当キットを取り出したトーセが、そう言いながら駆け寄ろうとした瞬間――ミンゾが顔を上げると、鬼のような形相で叫んだ。
「トーセ! 下がれ!」
トーセの首を掴んで、後ろにぶん投げるミンゾ。すると次の瞬間、真上から真っ白い巨体が襲い掛かってきた。角の生えた毛むくじゃらの巨人……フロストロールだ。
「お前ら逃げろ!」
『ゴオオオオオオオオ!!!!』
巨大な口を開けて叫ぶフロストロール。咄嗟にミンゾが剣に手をかけるが、彼がそれを抜くよりも早くフロストロールが動いた。
空気が撓むほどの速度で振るわれた剛腕が、ミンゾを真横に弾き飛ばす。勢いよく吹き飛んだ彼は、木にぶつかって口から血を吐いた。
「がはっ……」
「ミンゾ! 戦うなって言ったのはアンタだろうに!」
トーセが彼の方に駆け寄ろうとするが、それを邪魔するようにフロストロールが雪を掴み彼女に投げる。雪玉が直撃する寸前――地面から突き出た土壁が、それを遮った。
コルトを『真化』させて放った、セリスの防御魔法だ。間一髪、魔法書を開くのが間に合った。
「あっぶな……」
『グオオオオオオ!!』
ぐるん! と首をセリスの方に向けるフロストロール。セリスはシル、ゴールも『真化』させる。そしてフロストロールが跳躍すると同時に、魔力を練り上げて魔法を発動した。
「風よ、大地よ、光よ! 我が敵を消滅させよ!」
風の刃、土の砲弾、光の矢が一斉に放たれる。フロストロールが防ごうと突き出した両腕に直撃し、ズタズタに引き裂く。
さらにシルに魔力を渡し、真上から烈風を叩きつける。地面に強制的に引きずりおろされたフロストロールは、続いてコルトが発射した岩弾で頭をぐしゃっと叩き潰された。
まるでトマトを潰したかのように、辺り一面に真っ赤な血が飛び散る。
「わ、私……」
夢中だったとはいえ、自分の生み出した凄惨な光景に……スーッと血の気が引くセリス。そしてそのまま精霊達の『真化』を解くと、その場にへたりこんだ。
そして震える手で、魔法書を閉じた瞬間……トーセとグードが満面の笑みで駆け寄ってくる。
「あれが魔法か……! いや本当にすごいな!」
「ち、治癒魔法だけじゃなかったんだねぇ! 凄い、凄すぎるよ!」
ドン引きされるかと思いきや、物凄い盛り上がり。
その光景に肩透かしをくらいつつも、セリスはホッと胸をなでおろす。
(こ、怖かった……)
そんな彼女の様子を見て、トーセはハッとした表情でミンゾの方を指さす。
「せ、セリスさん! ごめん、今戦ってもらったばっかりで悪いんだけど……あいつらを治してやってくれないかい! グード、アンタは他のハンターを呼んで! フロストロールの死体、持ち帰るよ!」
「あ、うっす!」
グードがバタバタと駆け出していく。
セリスはトーセに手を引かれて立ち上がり、治癒の魔法書を取り出した。
「分かりました、じゃあ……って、コルト。どうしたの?」
セリスの袖を引くコルト。
彼女の引っ張る先を見ると……そこには雷を纏った狼の精霊、スコールが佇んでいた。
(あ、あの精霊……!)
精霊が一人でいるわけがない。きっと、あの青年がいるはずだ。
咄嗟に彼を探そうとして――「う、う……」というミンゾのうめき声で我に返る。そうだ今は、ハンターたちの治療をしなくては。
セリスはスコールから目を離し、ミンゾにかけよる。
「ミンゾさん! ジッとしててください、今治しますからね」
「う……お、おお……痛みが引いていく。こりゃ凄い……! ありがとうよ、セリスさん!」
大喜びでお礼を言ってくるミンゾ。そうやってお礼を言われて初めて、セリスは「人を救った」という実感を得ることが出来た。
(私……魔法で人を救えたんだ)
練習して磨いた魔法の腕を、今初めて役立てることが出来た。自分の努力が報われたような気がして、セリスの心が満たされる。
人を救った達成感、魔法で戦闘したことによる高揚。どれもこれも初めての感覚で、セリスの心臓はドクドクと鼓動を刻む。
「セリスさん、他の皆も頼むぜ!」
「わ、分かりました」
ミンゾに頼られ、セリスは気持ちを奮い立たせる。感傷に浸りたいところだが、今は皆を救うために動かなくてはならない。
セリスはパシパシと頬を叩き、笑顔を浮かべるのであった。
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