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クロッカスの花束を~婚約破棄された令嬢は、三体の精霊と共に辺境伯を戦場で支えます~  作者: 逢神天景
第1章 鮮血伯爵と追放令嬢

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第4話 後編 初めての血

 室内の空気が凍った。

 トーセは顔を顰めると、舌打ちをしてから立ち上がる。


「分かった。ギルドでたむろってる馬鹿どもに、討伐準備をするように言いな! あたしは救護班をまとめて向かうから!」


「わ、分かりました!」


 若いハンターはビシッと敬礼すると、バタバタと出ていく。

 トーセはくるりとセリスの方を振り返ると、難しい顔になった。


「怪我人が出てるなら、あたしらも行かなきゃならない。セリスさん、順番変更だ。鉄火場になるけど、先に救護班としての仕事を教える。急で悪いけど、一緒に来てもらえるかい?」


 申し訳なさそうに言うトーセ。

 しかしセリスは首を振ると、ほんの少し微笑んでから頷いた。


「もちろんです!」


 ドキドキと高揚感が胸を叩く。こんなこと、貴族の家でお茶をしていたら味わえない緊張感だ。怪我人が出ているのに不謹慎だろうが、それでも生まれて初めての『非日常』にワクワクしてしまう。


(でもさっきのトーセさんの説明を聞く限り、こんな鉄火場の方が珍しいはずよね)


 であれば、ワクワクしても許されるかもしれない。


「じゃあ、準備が出来たら受付の方で待っておいておくれ」


「はい」


 バタバタと出ていくトーセ。

 パン、と自身の頬を叩いてからセリスも立ち上がった。カバンから魔法書を取り出し、白衣の内ポケットに入れる。二冊も入れると流石に重たいが、いちいちカバンから取り出さねばならないのよりはよほど良い。

 精霊たちも張り切っているのか、セリスの周囲を飛び回る。セリスは手渡しで彼らにクッキーを食べさせて、すぐに『真化』させられるように事前に魔力を渡しておく。

 セリスが準備を終えて事務室から出ると、ハンターたちも準備を終えていた。


「それじゃあ行くよ! 相手はフロストロール、目標は討伐じゃなくて怪我人の救出! 戻ったら、他のギルドと合同で討伐作戦だ!」


「「「おう!」」」


 気合の入った鬨の声。

 セリスも両こぶしを握って、ムンと気合を入れる。


「よし、オレが先頭を行くからついて来い! ノノメ山の麓だ!」


 ミンゾがそう声をかけて、彼を先頭にハンター達はギルドを出るのであった。



▽▲▽▲▽▲


 ノノメ山は、クロッカスの東部にある小さい山。魔物よりも野生の獣がよく出るらしく、フロストロールが出たのは初めてだそうだ。


(移動に馬が使えない雪道――こんなところを、ハンターたちは毎日駆けまわって魔物を狩っているのね)


 ハンターたちは全員、この雪道でも息が切れていない。セリスもダンスなどでそれなりに鍛えていた自信があったが、既に息も絶え絶えだ。まさか、こんなに差があるとは。

 ハンターではない救護班の人たちも、息切れしていない。体力の差か、雪道への慣れか……あるいは両方か。

 出発前のほんの一瞬の高揚を、即座に打ち消すような『現実』がセリスを打ちのめす。しかしそれでも、前を向いて進んでいく。


(だってこれから、私は……このギルドで一緒に働くんだから)


「って、あれ? この辺だったはずなのに……」


 ノノメ山に入ってから、案内してくれていた青年が困ったような声を出す。


「どうしたんだよ、グード」


「いや、ミンゾさん。この辺のはずだったんですよ、フロストロールが出たのは!」


「移動したのか……。チッ、手分けして探すぞ! 見つけても、絶対戦闘に入るなよ!」


 ミンゾの指示で、ハンターたちはばらける。セリスはミンゾ、グード、トーセと同じ班で捜索することになった。

 と言っても、セリスは魔物を探した経験はない。仕方なく、シルを空に飛ばして上空から発見できないか試してみる。


「ん、血の臭い……。おい、あっちだ!」


 ミンゾがそう叫んで走り出す。

 セリス達も急いで後を追いかけると――三人のハンターが、血まみれで倒れていた。うち一人は脚を噛みちぎられ、ピクリとも動いていない。


「ったく、世話が焼けるよ!」


 応急手当キットを取り出したトーセが、そう言いながら駆け寄ろうとした瞬間――ミンゾが顔を上げると、鬼のような形相で叫んだ。


「トーセ! 下がれ!」


 トーセの首を掴んで、後ろにぶん投げるミンゾ。すると次の瞬間、真上から真っ白い巨体が襲い掛かってきた。角の生えた毛むくじゃらの巨人……フロストロールだ。


「お前ら逃げろ!」


『ゴオオオオオオオオ!!!!』


 巨大な口を開けて叫ぶフロストロール。咄嗟にミンゾが剣に手をかけるが、彼がそれを抜くよりも早くフロストロールが動いた。

 空気が撓むほどの速度で振るわれた剛腕が、ミンゾを真横に弾き飛ばす。勢いよく吹き飛んだ彼は、木にぶつかって口から血を吐いた。


「がはっ……」


「ミンゾ! 戦うなって言ったのはアンタだろうに!」


 トーセが彼の方に駆け寄ろうとするが、それを邪魔するようにフロストロールが雪を掴み彼女に投げる。雪玉が直撃する寸前――地面から突き出た土壁が、それを遮った。

 コルトを『真化』させて放った、セリスの防御魔法だ。間一髪、魔法書を開くのが間に合った。


「あっぶな……」


『グオオオオオオ!!』


 ぐるん! と首をセリスの方に向けるフロストロール。セリスはシル、ゴールも『真化』させる。そしてフロストロールが跳躍すると同時に、魔力を練り上げて魔法を発動した。


「風よ、大地よ、光よ! 我が敵を消滅させよ!」


 風の刃、土の砲弾、光の矢が一斉に放たれる。フロストロールが防ごうと突き出した両腕に直撃し、ズタズタに引き裂く。

 さらにシルに魔力を渡し、真上から烈風を叩きつける。地面に強制的に引きずりおろされたフロストロールは、続いてコルトが発射した岩弾で頭をぐしゃっと叩き潰された。

 まるでトマトを潰したかのように、辺り一面に真っ赤な血が飛び散る。


「わ、私……」


 夢中だったとはいえ、自分の生み出した凄惨な光景に……スーッと血の気が引くセリス。そしてそのまま精霊達の『真化』を解くと、その場にへたりこんだ。

 そして震える手で、魔法書を閉じた瞬間……トーセとグードが満面の笑みで駆け寄ってくる。


「あれが魔法か……! いや本当にすごいな!」


「ち、治癒魔法だけじゃなかったんだねぇ! 凄い、凄すぎるよ!」


 ドン引きされるかと思いきや、物凄い盛り上がり。

 その光景に肩透かしをくらいつつも、セリスはホッと胸をなでおろす。


(こ、怖かった……)


 そんな彼女の様子を見て、トーセはハッとした表情でミンゾの方を指さす。


「せ、セリスさん! ごめん、今戦ってもらったばっかりで悪いんだけど……あいつらを治してやってくれないかい! グード、アンタは他のハンターを呼んで! フロストロールの死体、持ち帰るよ!」


「あ、うっす!」


 グードがバタバタと駆け出していく。

 セリスはトーセに手を引かれて立ち上がり、治癒の魔法書を取り出した。


「分かりました、じゃあ……って、コルト。どうしたの?」


 セリスの袖を引くコルト。

 彼女の引っ張る先を見ると……そこには雷を纏った狼の精霊、スコールが佇んでいた。


(あ、あの精霊……!)


 精霊が一人でいるわけがない。きっと、あの青年がいるはずだ。

 咄嗟に彼を探そうとして――「う、う……」というミンゾのうめき声で我に返る。そうだ今は、ハンターたちの治療をしなくては。

 セリスはスコールから目を離し、ミンゾにかけよる。


「ミンゾさん! ジッとしててください、今治しますからね」


「う……お、おお……痛みが引いていく。こりゃ凄い……! ありがとうよ、セリスさん!」


 大喜びでお礼を言ってくるミンゾ。そうやってお礼を言われて初めて、セリスは「人を救った」という実感を得ることが出来た。


(私……魔法で人を救えたんだ)


 練習して磨いた魔法の腕を、今初めて役立てることが出来た。自分の努力が報われたような気がして、セリスの心が満たされる。

 人を救った達成感、魔法で戦闘したことによる高揚。どれもこれも初めての感覚で、セリスの心臓はドクドクと鼓動を刻む。


「セリスさん、他の皆も頼むぜ!」


「わ、分かりました」


 ミンゾに頼られ、セリスは気持ちを奮い立たせる。感傷に浸りたいところだが、今は皆を救うために動かなくてはならない。

 セリスはパシパシと頬を叩き、笑顔を浮かべるのであった。








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