第4話 中編 経理業務
セリスの朝は早い。目を覚まして数秒後には、シャカシャカと髪をとかして顔を洗いに洗面所へ。
冷たい水で脳を覚醒させたら、次は窓を開けて朝の涼しい空気を体内に取り込――もうとしたら、尋常じゃない冷気が入ってきて体がガタガタ震える。
「そ、そうだった……。ここ、屋敷じゃないんだったわ」
そう呟いた瞬間、ジワリと心の中に寂しさが広がる。あんなことはあったけれど、王都はセリスの故郷だったのだ。
ほんの少し滲む涙を拭い、ゆっくり窓を閉じた。
「さて、それじゃあご飯にしましょうか」
精霊たちにそう声をかけ、朝ご飯の用意に取り掛かる。
精霊達の食事作りが切っ掛けで、セリスは料理も趣味の一つになっている。あとは刺繍や編み物など、自室で一人で出来る趣味が好きだった。
精霊達にはクッキーのような食事を与え、自分はトーストとベーコンエッグを作る。今夜、ドラセナから帰ってくる時はもう少しいろんなものを買ってシチューでも作ろうか。
「あ、新聞取ってくるの忘れてた……いや、そもそも新聞を契約してないわね。待って、もっと言うならクロッカスって新聞来るのかしら」
王都であれば、貴族議会が発行する新聞を購入出来ていたが……クロッカスにはそういう文化があるのだろうか。
セリスはそんなことを思いながら、台所で朝ご飯を食べる。
(ちょっと足りないわね……。まぁ、出社前に何か買い食いしましょうか、なんて)
ふふっ、と笑みがこぼれる。
ソニエから聞いていた、出社前の買い食いという文化。歩きながら食べるなんてはしたないことを、大手を振って出来るなんて思ってもみなかった。
「命の循環に、心より感謝を。この力を、無駄にはしません」
手をあわせ、お祈りをする。略式だが、まぁ別に良いだろう。セリスは精霊たちの食事皿を流し台に置き、その上から水をかけた。流石に義母の別荘なだけあって、古めかしい外観ながらちゃんと水の出る魔道具などは設置されているのは非常に助かる。
(そろそろ行かなくちゃいけないわね。お化粧……は、口紅だけでいいかしら)
昨日、仕事着として貰った白衣に着替え、その上からコートを羽織る。この白衣を羽織ると、ゴールが楽しそうに踊りだすのは何故だろうか。
そんなことを考えながら、セリスはブーツを履いて扉を開ける。
「それじゃあ出発!」
精霊たちに声をかけ、勢いよく踏み出した。
そして思いっきり雪で滑り、そのまましたたかに尻を打ち付ける。
「~~~~~~~~~っ! 痛い! 痛い!! ああもう、最悪ッ!」
朝から空に向かって、貴族令嬢とは微塵も思えないような語彙と声量で叫ぶ。
セリスがこの雪の街に慣れるには、当分かかりそうだ。
▽▲▽▲▽▲
ギルドに着くと、さっそくトーセに連れられて奥の部屋に入る。初日に連れてこられた、経理業務などを行う事務室だ。
初日はあいさつ回りが主だったため、本格的な業務開始は今日からになる。
「それじゃあ、経理業務や救護班として働く前に、いったんうちの仕事について説明するよ」
「はい、お願いします」
まだ尻は痛いが、仕事でそんな泣き言は言っていられない。今日は研修ということで、トーセからギルドについて学ぶ日だ。
彼女はいくつかノートを取り出し、セリスに見せてくる。
「あたしらは『ハンターギルド』。ハンターってのは主に魔物や猛獣を倒す連中のこと。うちのギルドに所属してる奴らは、もっぱら魔物を専門にしているヤツが多いかな」
「魔物ハンターですか。……なんだかカッコいいですね」
「ははっ、それをあいつらに直接言ってやったら涙を流して喜ぶよ」
愉快そうに笑うトーセ。
彼女は肩をすくめると、やれやれと首を振った。
「実際は罠を仕掛けたり、パトロールしたりって地味な仕事が大半だからね。戦う時は、そりゃあセリスさんが想像するような切った張ったになるけれど……それも凄惨な現場になりがちだから、カッコいいとは程遠いかな」
やはり、想像と現実はだいぶ違うらしい。
「んで、うちらギルドはそんな彼らに依頼を仲介したり、武器の貸与、販売、後は殺した魔物の素材などの買取なんかを行ってる。要するに、彼らが狩りだけやってられるような裏方を務めるってこった」
ギルドはクロッカスにも複数あり、『ドラセナ』はその中でも大きい方らしい。ソニエのお父さんも、貴族令嬢に仕事を斡旋するなら……ということで気を使ってくれたようだ。
「買い取った魔物の素材は、国や防具店なんかに売ったりするんだ。ギルドの主な収入源はそれと、依頼の仲介手数料だね。後は武器の代理販売、保険の代理販売なんかも行う。運転資金は保険会社から借入することが多いよ」
「なるほど……」
メモを取りながら、トーセの話を聞く。
ミュースが形だけ経営者になっていた商会を手伝っていた時期があるので、なんとなく彼女が何を言っているのかは分かる。
ただ、正直魔物の素材の売り買い程度しかお金の出入りが無いと思っていたので……思いの外、複雑で少しめまいがしている。
「まず最初は、帳簿付けだけでいいけど……ゆくゆくは、業者に魔物素材を売る業務も頼みたいんだ。計算できないと、足元見られちまうからね」
「分かりました!」
「じゃ、さっそく帳簿付けを頼むよ。領収書の束はこっちにあるから、一緒にやっていこう」
そう言って、トーセが席を立ってセリスの隣にやってくる。
セリスも彼女から帳簿を受け取り、さっそく領収書の束に手を伸ばしたところで――バン! と扉が勢いよく開き、息を切らした若い男が飛び込んできた。
「た、大変だよトーセさん!」
「ノックくらいしな! 一体何があったんだい!」
「ヤバいよ! 東の山にフロストロールが出た! 今足止めしてるけど人手が足りねえ! 怪我人も出てる!」
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