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クロッカスの花束を~婚約破棄された令嬢は、三体の精霊と共に辺境伯を戦場で支えます~  作者: 逢神天景
第1章 章間

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章間2 セリスを知る者たち

 セリスが旅立ち、二週間ほど経ったある日――。王都に住むセリスの友人、ソニエの元に一通の手紙が届いていた。可愛らしい便箋に、丁寧な文字が並んでいる。

 差出人は、セリス・ノーグレン。


「セリスじゃん! アイツ、大丈夫かなぁ……」


 昔から、どこか抜けた子だった。善人だし真面目だが、若干人の気持ちを汲み取れない……要するに天然な部分のある子。当人の気質は、あまり貴族の娘に向いていなかったと思う。

 しかし……彼女はとにかく真面目だった。真面目だから『貴族の淑女』という立場を、どこまでも真面目に演じていたのだ。

 彼女の幸運は、とても良い師である……母の元に生まれたことだろう。

 しかし彼女の不幸は――誰にもバレることなく演じられてしまうほどの、スペックを持っていたことだろう。


「アタシみたいに、さっさとドロップアウトすりゃよかったのにさ」


 ソニエは今、とある豪商の元で働いている。早々に貴族社会に向かないと判断されたため、貴族相手のコネクションを繋ぐためではなく……経済人相手のコネクションを繋ぐため、婚約することになったのだ。

 婚約者に対して思うことが無いではないが(主に情けないという意味で)、貴族として生きるよりははるかに生き生き出来ると思っている。

 セリスも……最初から『向かない』と思ってもらえておけば。


「まぁ、ノーグレン子爵はうちと違って貴族議会ともつながりがあるし……分かってても出来なかったのかな」


 セリスからの手紙を持って、自室に戻る。そしてペーパーナイフで封を開いた。


「えーっと……」


 彼女の文章は、随分と生き生きとしていた。まだ二週間ほどではあるが、楽しく仕事をしているらしい。やはり彼女は、社交界よりもこういう世界の方が向いているようだ。

 既に魔物も倒しているようで――


「って、魔物倒してるの……? 嘘、実戦経験なんてなかったわよね……。フロストロール? フロストロールを倒したの? あんまり詳しくないけど、あれって五十人級の魔物だったような」


 なんでそれを、特に訓練もしていない貴族が倒しているのか。しかも仕事を始めて二日目に。


「……はーあ、凄まじいわね」


 ソニエはそう言いながら、皿を用意して……その上に精霊用のご飯とクルミを乗せる。すると、棚の上で寝ていた猫型の精霊がぴょんと降りてきた。

 精霊は皿の上に乗っている、クルミをパクパクと食べる。何故かこの精霊は、クルミが大好物なのだ。

 普通は果実水などを好むものだが……。


「美味しい? そ、よかった」


 こうした精霊との接し方も、セリスと共に――彼女の母、メイリンから教わったものだ。幼い頃からよくしてもらっていたため、六年前に亡くなった時はとても悲しんだ。

 ソニエはとても泣いたのだが……あの時のセリスは、涙一つこぼさず葬式を終えた。棺の前に立つ横顔は、妙に整っていて――作り物みたいに静かだった。

 その時から、セリスは『貴族の令嬢』を『真面目』に演じるようになったと思う。

 ……そんな彼女が強くあるために、メイリンの精霊を引き継いだ。というか、アレが彼女にとって唯一の『抵抗』だったのではないかとソニエは思っている。

 社交界で生きるため、自分を殺していたセリスの見せた唯一の抵抗。


「ソニエさーん、ただいま帰りましたー」


 セリスの過去に思いを馳せていたら、婚約者であるファファルが帰ってきたようだ。彼がソニエの部屋をノックしたので、立ち上がってドアを開けてあげる。


「おかえりなさい、ファファル」


 自分よりも頭一つ小さい青年――というか、まだ少年。ファファルは嬉しそうに抱き着いてきたので、やれやれと頭を撫でてあげる。


「今日もしごかれたの?」


「はい! もう仕事したくないです!」


 元気いっぱいに情けないことを言うファファル。

 彼は大きくため息をつくと――ふっと、ソニエの机の上を見た。手紙があることに気づいた彼は、少し悲しそうな顔になる。


「セリス様……大丈夫なんでしょうか」


 ファファルは、セリスを姉のように慕っていた。だから今回の件で、ソニエと同じくらい心を痛めていたのだ。


「もう、結構町では噂になってます。……セリス様を知っていたら、あんなの嘘だって分かるのに! 皆、凄く酷いことばかり言って……!」


「ちょっと、ちょっと。ファファル、落ち着いて。……確かに街の評判は良くないけれど、でもアタシたちに出来ることは何もないのよ」


「うー……! でも、あんなの不公平です! セリス様が、なんであんな目に遭わないといけないんですか……!」


 涙を浮かべるファファル。彼につられ、じわっとソニエの眼にも涙が滲んだ。

 彼のように、セリスを慕う庶民はそれなりにいる。でも大多数は、伯爵子息であるミュースのことを信じているのだ。それが……ファファルは歯痒いのだろう。

 商人の息子として、商売をする人間としては……街の噂がたくさん入ってくるから。


「大丈夫よ、あの子は強いから」


「ミュースとビッチの悪評を流してますけど、そっちはなかなか定着しなくて……」


「言葉遣いが悪いわよファファル」


 とはいえ、彼らの立場が強いかと言われると実はそうでもない。

 ミュースは精霊を奪われた『間抜け』、エルネは男を寝取った『アバズレ』と呼んでいる人もいる。


「俺、セリス様が名誉挽回出来るように……今から噂流しておきます!」


「あんまり、あることないことは流さないのよ」


「はい!」


 ふんす、と気合を入れるファファル。

 そんな彼を見ながら……ソニエはふっと笑った。


(セリス、アンタは自分で思ってる以上に皆から慕われる才能があるわ。だから、頑張ってね)


 この場にいない親友に、祈りを捧げる。

 彼女がもしも復帰した時に、共に過ごせるよう――今再び、ファファルと共に頑張ることを決意しながら。







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