章間2 セリスを知る者たち
セリスが旅立ち、二週間ほど経ったある日――。王都に住むセリスの友人、ソニエの元に一通の手紙が届いていた。可愛らしい便箋に、丁寧な文字が並んでいる。
差出人は、セリス・ノーグレン。
「セリスじゃん! アイツ、大丈夫かなぁ……」
昔から、どこか抜けた子だった。善人だし真面目だが、若干人の気持ちを汲み取れない……要するに天然な部分のある子。当人の気質は、あまり貴族の娘に向いていなかったと思う。
しかし……彼女はとにかく真面目だった。真面目だから『貴族の淑女』という立場を、どこまでも真面目に演じていたのだ。
彼女の幸運は、とても良い師である……母の元に生まれたことだろう。
しかし彼女の不幸は――誰にもバレることなく演じられてしまうほどの、スペックを持っていたことだろう。
「アタシみたいに、さっさとドロップアウトすりゃよかったのにさ」
ソニエは今、とある豪商の元で働いている。早々に貴族社会に向かないと判断されたため、貴族相手のコネクションを繋ぐためではなく……経済人相手のコネクションを繋ぐため、婚約することになったのだ。
婚約者に対して思うことが無いではないが(主に情けないという意味で)、貴族として生きるよりははるかに生き生き出来ると思っている。
セリスも……最初から『向かない』と思ってもらえておけば。
「まぁ、ノーグレン子爵はうちと違って貴族議会ともつながりがあるし……分かってても出来なかったのかな」
セリスからの手紙を持って、自室に戻る。そしてペーパーナイフで封を開いた。
「えーっと……」
彼女の文章は、随分と生き生きとしていた。まだ二週間ほどではあるが、楽しく仕事をしているらしい。やはり彼女は、社交界よりもこういう世界の方が向いているようだ。
既に魔物も倒しているようで――
「って、魔物倒してるの……? 嘘、実戦経験なんてなかったわよね……。フロストロール? フロストロールを倒したの? あんまり詳しくないけど、あれって五十人級の魔物だったような」
なんでそれを、特に訓練もしていない貴族が倒しているのか。しかも仕事を始めて二日目に。
「……はーあ、凄まじいわね」
ソニエはそう言いながら、皿を用意して……その上に精霊用のご飯とクルミを乗せる。すると、棚の上で寝ていた猫型の精霊がぴょんと降りてきた。
精霊は皿の上に乗っている、クルミをパクパクと食べる。何故かこの精霊は、クルミが大好物なのだ。
普通は果実水などを好むものだが……。
「美味しい? そ、よかった」
こうした精霊との接し方も、セリスと共に――彼女の母、メイリンから教わったものだ。幼い頃からよくしてもらっていたため、六年前に亡くなった時はとても悲しんだ。
ソニエはとても泣いたのだが……あの時のセリスは、涙一つこぼさず葬式を終えた。棺の前に立つ横顔は、妙に整っていて――作り物みたいに静かだった。
その時から、セリスは『貴族の令嬢』を『真面目』に演じるようになったと思う。
……そんな彼女が強くあるために、メイリンの精霊を引き継いだ。というか、アレが彼女にとって唯一の『抵抗』だったのではないかとソニエは思っている。
社交界で生きるため、自分を殺していたセリスの見せた唯一の抵抗。
「ソニエさーん、ただいま帰りましたー」
セリスの過去に思いを馳せていたら、婚約者であるファファルが帰ってきたようだ。彼がソニエの部屋をノックしたので、立ち上がってドアを開けてあげる。
「おかえりなさい、ファファル」
自分よりも頭一つ小さい青年――というか、まだ少年。ファファルは嬉しそうに抱き着いてきたので、やれやれと頭を撫でてあげる。
「今日もしごかれたの?」
「はい! もう仕事したくないです!」
元気いっぱいに情けないことを言うファファル。
彼は大きくため息をつくと――ふっと、ソニエの机の上を見た。手紙があることに気づいた彼は、少し悲しそうな顔になる。
「セリス様……大丈夫なんでしょうか」
ファファルは、セリスを姉のように慕っていた。だから今回の件で、ソニエと同じくらい心を痛めていたのだ。
「もう、結構町では噂になってます。……セリス様を知っていたら、あんなの嘘だって分かるのに! 皆、凄く酷いことばかり言って……!」
「ちょっと、ちょっと。ファファル、落ち着いて。……確かに街の評判は良くないけれど、でもアタシたちに出来ることは何もないのよ」
「うー……! でも、あんなの不公平です! セリス様が、なんであんな目に遭わないといけないんですか……!」
涙を浮かべるファファル。彼につられ、じわっとソニエの眼にも涙が滲んだ。
彼のように、セリスを慕う庶民はそれなりにいる。でも大多数は、伯爵子息であるミュースのことを信じているのだ。それが……ファファルは歯痒いのだろう。
商人の息子として、商売をする人間としては……街の噂がたくさん入ってくるから。
「大丈夫よ、あの子は強いから」
「ミュースとビッチの悪評を流してますけど、そっちはなかなか定着しなくて……」
「言葉遣いが悪いわよファファル」
とはいえ、彼らの立場が強いかと言われると実はそうでもない。
ミュースは精霊を奪われた『間抜け』、エルネは男を寝取った『アバズレ』と呼んでいる人もいる。
「俺、セリス様が名誉挽回出来るように……今から噂流しておきます!」
「あんまり、あることないことは流さないのよ」
「はい!」
ふんす、と気合を入れるファファル。
そんな彼を見ながら……ソニエはふっと笑った。
(セリス、アンタは自分で思ってる以上に皆から慕われる才能があるわ。だから、頑張ってね)
この場にいない親友に、祈りを捧げる。
彼女がもしも復帰した時に、共に過ごせるよう――今再び、ファファルと共に頑張ることを決意しながら。
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