第7話 手の甲の熱
「どうしたんだい、セリスちゃん。ぼーっとして」
「あ、えっと……な、なんでもないです」
先日の出来事のあと、セリスの胸の奥には小さな棘のような違和感が残った。あの日、彼と睨み合った時に覚えた熱は、一体なんだったのだろうか。
セリスがこの町に来て――否、生まれて初めて覚えた熱。強大な魔物を倒した時も、難しい魔法を成功させた時もこんな気持ちにはならなかった。
「どれ、休憩にしよう」
そう言って、執務室から出ていく二人。集会部屋に移動して、椅子に座る。
コトン、とコーヒーを置くトーセ。ゆらゆら立ち上る湯気を見ながら、セリスはなんとはなしに口を開いた。
「……トーセさん、あのデュナン辺境伯って、どんな方なんですか?」
「ん? ああ……領主様かい」
トーセはコーヒーを一口飲んでから、天井を見上げる。
「冷酷で強引、それでいて気まぐれって感じかな。罪人を自ら剣を取って処刑したり、裏切った部下を翌朝には別の領地に飛ばしたり。とにかく行動が早くて、そして恐ろしく冷酷だ」
だが、と言葉を切るトーセ。
「でもあのお人が、この領地を守ってるのもまた事実だよ。なにせ七年前の戦争で、わずか十七歳でありながら武功を立てたほどのお人だからね。敵にも味方にも恐れられている『鮮血伯爵』。アタシからはこんなところかな」
ごくりと生唾を飲むセリス。
憎まれ、恐れられ、それでも従われるほどの実力。
その話を聞いてなお、セリスは胸の奥で得体の知れぬ熱を覚えた。
「……でももう、会いたくはないですね」
「そうだねぇ、あのお人が来る時は決まって凶兆だからね」
――そんなことを言ってしまったからだろうか。
どこか遠くから蹄の音が聞こえてくる。セリスとトーセが顔を見合わせると――バン、と勢いよく扉が開いた。
そこに立っているのは濃い外套の男――デュナン・セイヴェル。その背に従う兵はおらず、どうやら馬を繋ぐのも自分の手で行った様子だ。
彼の目が真っすぐとセリスを見据える。どうやら自分に用件があると悟ったセリスは、彼の方へ向かって恭しくお辞儀した。
「何かご用件でしょうか」
「先日言った通り、迎えに来た」
デュナンはそう言うと、懐から何かを取り出した。小さな金属製――貴族の使う令状にだけ付けられる印章が刻まれた封書。
彼はそれから中身を取り出すと、堂々と読み上げた。
「セリス・ノーグレン。貴殿をデュナン・セイヴェルの側付きとする」
「……は?」
セリスは一瞬、理解が追いつかなかった。
(――私を、側付きにする? 腐っても子爵家の娘に――下働きを命じると!?)
驚愕、そして一拍遅れてやってきた怒り。セリスは目に険を込めると、凛と背筋を伸ばした。
「大変なる栄誉、まことに光栄でございます。ただ……ノーグレン家の名を冠する以上、夫でも無い方に頭を垂れるわけにはいきません。丁重にお断りさせていただきます」
断ると言いながら、頭を下げない。それは彼女がデュナンに『お願い』しているわけでは無いということを示していた。
子爵家と伯爵家、家格に差はあれど同じ貴族。であれば家の許可なしの下働きなど、断じて認めることは出来なかった。数瞬の沈黙。しかしデュナンは小さく肩を動かすと、口元をわずかに歪ませた。
「嫌か、そうか。――そうだろうな」
どこか嬉しそうな口調。彼は周囲をぐるりと見渡すと、今度は別の用紙を取り出した。『特例における領地補助金』と書かれた契約書だ。
「ここの寄り合い所は、人数は少ないながら魔物の討伐実績はそれなりに高い。そこでなんだが……セリス、お前が俺の元に来るのであればこの通り、補助金を出そう。三年間の減税もセットだ」
「!?」
目を見開いて驚くセリス。それがあれば、ボロボロの設備も武器も買い換えられるし、場合によってはたくわえを作ることも出来る。今まで以上に、ハンターたちの生存率は上がるだろう。
補助金の用紙を睨むセリス。自分一人が彼の元へ行けば、補助金を受けられるというのであれば……それはやむを得ないことでは無いのだろうか。
しかし彼女がそう悩むよりも早く、寄り合い所にいるハンターたち全員が首を振った。
「セリスさんよ、それが条件ってなら断りな」
「いやまぁ、経費とかやりくりしてる嬢ちゃんの方が金は欲しいかもしんねぇけど……」
「でも俺たちゃ、仲間を売った金なんてくそくらえだぜ」
そう言って笑いあうハンターたち。当然、後ろに立つトーセも同じように頷いた。
それを見て、理解する。ここはもう、本当に自分の帰るべきところになっているのだと――。
「……改めて、お断りいたします。デュナン辺境伯、お帰りはあちらです」
目に力がこもる、背筋に一本芯が通る。ほんの少しでも、この寄り合い所のためなら……と誇りを曲げそうになった自分を恥じた。
そしてデュナンは……この光景を見て、ますます嬉しそうな顔になる。
「いいな、素晴らしい。やはり俺の目に狂いはなかった」
デュナンは少し考えるような仕草をした後に……その場でそっと、膝を折った。
「お前のような人材を放置するのは惜しい」
そしてすっと右手を差し出すデュナン。セリスは長年の癖、というか習慣でその手を取ってしまう。
デュナンはセリスの手の甲にキスを落とすと、初めて見せる……やわらかい笑みを浮かべた。
「この領地は今、変革の時を迫られている。そのためには優秀な人材が必要だ。セリス・ノーグレン子爵令嬢――いや、『白衣の鬼人』。秘書として、俺を支えろ」
唐突な行動に、セリスも……周囲の人たちも、時が止まったかのように動きを止める。
デュナンの目はまるで獲物を見つめるかのごとく。しかし何故か、彼にキスされた手の甲が熱を持つ。心臓の鼓動を高める熱だ。
――彼といれば、この熱の正体が分かるのでは?
きっとそうだ、そうに違いない。
「……秘書、ですか」
「執事でもいいぞ」
下働きではなく、部下としての扱い。
セリスは少しだけ考えて、礼をした。
「であれば、謹んでお受けいたします」
「うむ」
――こうして、セリスは秘書となった。その手に残る熱、その疼きを抱えたまま。
後日、『ドラセナ』には莫大な補助金が出るのだが……それはまた、別の話。
*===================================================
「面白い!」、「続きを読みたい!」などと思った方は、是非ブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!
していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が速くなるかもしれません!
是非よろしくお願いします!




