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君の笑顔が、本当になるまで  作者: 兎の毛


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3-4)雨も悪くない

雨の日の2年A組の教室は、いつもより少しだけ騒がしかった。朝から降り続いている雨が、窓ガラスを細かく叩いていた。


いつもなら中庭の奥、体育館裏へ続く通路の先のある滅多に誰も来ないベンチで昼飯を食べる。俺が勝手に心の中で『隆中』と呼んでいる場所だ。諸葛亮がいた場所。静かで、人が来なくて考え事をするには丁度いい。


だが今日は雨だった。流石に屋根はない。当然使えない。だから仕方なく教室で一人で弁当を広げている。別に一人は嫌ではない。むしろ楽だ。誰かと食べるより一人の方が気楽だし、好きなタイミングで食べられる。


群れるのは嫌いだし、友達が少ないことを気にした事も無い。蓮がいるし、それで十分だった。


ただ・・・視線が勝手に向いてしまう。教室の窓際の前の方、七瀬の席の周り。


「それでさー!」


「えー!マジ!?」


水城柚葉が大きな声で笑う。少し派手な髪、少しギャルっぽい。でも性格は明るくて優しい。誰とでも話せるタイプだ。


その隣で黒田ひかりも笑っている。黒田は成績が良い。頭の回転も速い。いつも誰かの話を上手く拾う。そして、二人の真ん中で、七瀬が笑っていた。


「ふふっ」


柔らかく笑った。誰が見ても感じが良くて綺麗で、隙のない笑顔だと思う。別に派手な訳ではないけれど教室の中で目立つ。


「・・・・・」


視線を弁当に戻す。卵焼きを口に入れる。味がしない訳ではない。ただ集中出来ない。また視線が向く。


七瀬達は本当に楽しそうだった。水城が話して、黒田が突っ込んで、七瀬が笑う。自然な女の子のグループ。そこに俺が入る余地なんて当然ない。というか入りたくもない。絶対に気まずい。キモい想像をしてしまった。そんな想像しただけで胃が痛くなる。俺は女子と話すのは苦手だ。七瀬相手なら尚更だ。何を話していいか分からない。


だから別に今の距離でいい。そう思っている。・・・・・思っているのに。


「神代君」不意に、頭の中で七瀬の声が蘇る。クラス替えの日、初めて話しかけられた時の声。あれから何度か会話はした、それでも未だ緊張している。


「重症だな・・・」心の中で呟く。自覚はある一目惚れだった。だから仕方がない。いや仕方なくない。普通はもう少し落ち着くんじゃないのか。一年以上経っている。なのに未だに目で追う。我ながら気持ち悪い。


窓の外を見る。雨、灰色の空、静かな雨音。本当なら今頃、隆中で一人だった。


でも、今日は少しだけ、雨も悪くないと思えた。こうして七瀬が笑っているのを見られたから。


その時、七瀬がふとこちらに来た。


「あ、神代君」


俺は箸を止める。


「・・・ん?」


「おはよう」


もう昼だけど、と思ったけど、俺は口にも顔にも出さないように気を付ける。出来るだけ自然に、どもらないように


「ああ、おはよう」


と短く返すと、七瀬はまた自然に黒田達の方へ戻った。それだけだった。


そう言えば今日は七瀬と挨拶をしていなかった事を思い出す。七瀬は礼儀正しいから、いつも挨拶をしてくれる。


黒田ひかりは少しだけ目を細めていた。


男子が澪に挨拶したら、澪は笑顔で返すだけだ。相手から言われたら、ちゃんと返す感じ良く、綺麗に、距離を取って。


でも今のは違った。澪からだった。しかもあまりにも自然に。神代君以外に澪から男子に挨拶しているのを見た事がない。


私はちらりと神代君を見る。神代君はもう何事もなかったように弁当を食べている。全然気づいてないんだ、この人。


次に澪を見る。澪も何も特別な事をしたつもりはなさそうに笑っている。「・・・へえ~」黒田は心の中で少しだけ面白がった。


澪の笑顔は、いつも完璧だ。綺麗で、優しくて、誰に対しても同じに見える。柚葉はそれを疑わない。きっとクラスメートの誰も疑わないだろう。


でも私には、ほんの少しだけ、本当に少しだけ違って見えた。


神代君に向ける時だけ、澪の笑い方が少しだけ微かに緩い。本人も気づいていないくらい差。


指摘したら、きっと澪は困った顔で否定する。だから、私は何も言わなかった。ただ、心の中で思う。「・・・澪、意外と分かりやすいかも」そしてまた、何も気付かないふりをして、柚葉の話に笑って相槌を打った。


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