3-2)天使の話
いつもの釣堀は、冬真にとって数少ない落ち着ける場所だった。少し濁った水。魚の跳ねる音。水面に浮かぶ赤白の浮き。常連のじいさん達の雑談や子供達のはしゃぐ声。高校一年生から柏木蓮と通っている場所。気づけば二人のたまり場みたいになっていた。
「・・・餌デカい。」
冬真は隣を見ながら言った。
「今日は活性が高い。」
蓮は真顔で返す。
「絶対デカ過ぎ、巨大魚狙ってるのか?一匹は一匹だぞ。」
「知ってるよ。」
「この釣堀は餌を小さく付けて軽く合わせるんだよ。」
「分かってない奴が毎回負ける。」
「・・・」
冬真は黙った。蓮が笑う。冬真は軽く舌打ちをしながら練り餌を小さく丸める。この釣堀のコツは単純だった。餌を小さく、合わせは軽く、焦ると負ける。最初の頃、冬真は毎回フルスイングみたいな合わせをして魚を逃がしていた。その度に蓮に笑われた。
「懐かしいな~」
「何がだ。」
「最初に来た時のお前。“我が槍は常山の龍なり!!とか言いながら合わせてた」
「忘れろ」
「魚もビビって逃げてた」
「うるさい」
蓮は腹を抱えて笑う。『柏木 蓮』中学からの唯一の友達。・・・多分、親友。顔は意外と良い。残念ながら普通にモテる。でも、本人はあまり気にしていない。人との距離感が上手い男だった。冬真には無い能力だ。
「そういや」
「七瀬と同じクラスなんだって?」
「・・・そうだけど」
冬真は少し視線を逸らした。その瞬間、ウキが沈み、軽く合わせる。小気味良い感触。
「2匹目」
「今日は調子いいな」
魚をビクに入れながら、冬真はぼそっと言う。
「なんか疲れる」
「七瀬?」
「ああ」
「可愛いもんな」
「そういう意味じゃなくて」
冬真は困ったように眉を寄せた。
「なんか・・・話しかけられただけで緊張した」
「へぇ」
「ん?」
「おれのこと、何故か知ってた」
蓮がニヤッとした。
「そりゃ調べたんじゃね?」
「・・・なんで?」
「お前がキモかったからじゃん」
「は?」
「よっぽどガン見してたんだろ”あの人なんなの・・・“って怖くなって友達に聞いたとか」
冬真の動きが止まった。
「・・・・・」
「心当たりある顔してんな」
「・・・見てたかもしれない」
「うわ・・・」
「でも仕方ないだろ、可愛いし」
「開き直んな」
蓮が笑う。冬真は本気でショックを受けていた。確かに見ていた。めちゃくちゃ見ていた気がする。だって可愛いし気になるし、でも。
「・・・終わった。」
「何が?」
「高校生活」
「大袈裟」
「絶対キモがられている・・・」
冬真は額を押さえた。
「確かに。」
「否定してくれよ。」
蓮はケラケラ笑ている。
「でも、まぁ流石に七瀬は無理じゃん?」
冬真は黙る。
「俺等と住んでる世界違うし」
「・・・まぁ」
「男子からも女子からも人気あるし。なんかもう学校の女神みたいな扱いじゃん。」
それは冬真もわかっていた。『七瀬 澪』は目立つ騒ぐタイプじゃないのに自然と人が集まるり、男女問わず人気がある。しかも本人は、それを鼻にかけない。だから余計に軽く、あしらわれそうで近寄り難い。
「お前、自己評価低いくせに七瀬なんて随分攻めるな」
「まぁな」
蓮は笑いながら竿を引く。魚が跳ねた。
「五」
「・・・くそ」
冬真は自分のビクを見る、四匹。一匹差。
「今日も僅差だな」
「まだ、分からん」
冬真は真剣な顔でウキを見つめる。その横顔を見て、蓮が少し笑った。
「でもさ」
「お前、七瀬の話をしてる時はちょっと楽しそう。普段死んだ魚みたいな顔してんのに」
「してねぇよ」
「してるよ」
冬真は小さく、ため息を吐く。夕方の風が水面を揺らした。ウキが小さく沈み軽く合わせる。魚が跳ねる。
「五匹目。お、追いついた」
蓮が笑う、こういう時間は嫌いじゃなかった。
「・・・クソ」
冬真は自分のビクを見てため息を吐く。自分のビクには八匹、蓮は九匹。
「負けた・・・」
「これで何戦目だっけ」
と蓮が言う。
「十四戦目」
「俺五勝、蓮六勝三引き分け」
「蓮の勝ち越し」
釣りをして。話をして、こういう時間は嫌いじゃなかった。




