↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君の笑顔が、本当になるまで  作者: 兎の毛


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
54/56

7-2)大切な友達

その夜。


部屋の明かりを消しても、澪はなかなか眠れなかった。


布団に入って、目を閉じる。


けれど、まぶたの裏に浮かぶのは、朝の教室だった。


――神代君と私が付き合うなんて、絶対にありえません。


自分の声が、何度も頭の中で繰り返される。


言った瞬間は、必死だった。


周りから向けられる視線が怖かった。


元旦に手を繋いでいたことを知られた恥ずかしさもあった。


小坂さんを、日菜と呼んだ神代君を見て、胸の奥がぐちゃぐちゃになっていた。


全部が一度に押し寄せて、どうしたらいいのか分からなくなった。


だから、強く否定した。


それだけだった。


それだけのはずだった。


でも、神代君の顔が浮かぶ。


少しだけ表情が消えた顔。


目を伏せた顔。


「大丈夫」と言った声。


全然、大丈夫ではなかった。


そんなこと、私にも分かった。


「・・・私、最低だ」


小さく呟く。


誰にも聞こえない部屋の中で、その言葉だけがやけに大きく響いた気がした。


神代君は、何も悪くなかった。


元旦の日だって、歩きにくい私に手を貸してくれただけだった。


志乃が誘った初詣に、付き合ってくれただけだった。


大晦日も、おせちを届けに来てくれただけだった。


なのに私は、それを全部、なかったことみたいに言った。


それ以上の意味はありません。


付き合うなんて、絶対にありえません。


そう言った。


神代君がどう受け取るかなんて、考えなかった。


いや、違う。


考えたくなかった。


考えたら、言えなくなるから。


考えたら、自分の気持ちまで見えてしまうから。


澪は布団の中で、胸元をぎゅっと握った。


神代君が小坂さんを日菜と呼んだ時。


嫌だった。


はっきり、嫌だった。


小坂さんが嬉しそうに笑ったのも。


神代君がそれを困ったように、でも優しく見ていたのも。


胸がざわついて、苦しくなって、見ていられなかった。


どうして、と思った。


どうして小坂さんは名前で呼ばれるの。


どうしてあんなに近いの。


どうして私は、そんなことを気にしているの。


答えは、きっと最初から分かっていた。


認めたくなかっただけ。


私は――神代君のことが。


そこまで考えた瞬間、澪は小さく首を振った。


「・・・違う」


違う。


神代君は、大切な友達。


そう、ただ、それだけ。


困っていたら助けてくれる。


一緒に話してくれる。


私のことを気遣ってくれる。


何も言わなくても、そっと隣にいてくれる。


だから、大切に思っている。


それだけなんだ。


大晦日、神代君が来ると聞いて慌てて服を選んだのも。


元旦の朝、手を繋いで眠っていたことに気づいて、心臓が止まりそうになったのも。


着物姿を見てほしいと思ったのも。


綺麗だと言われて、嬉しかったのも。


手を差し出されて、本当はすごく嬉しかったのも。


全部。


大切な友達だから。


そう思わなければいけない。


だって。


好きって、もっと暖かいものだと思っていた。


春みたいに、ふわっとして。


一緒にいるだけで嬉しくて。


思い出すだけで笑顔になれて。


幸せな気持ちになれるもの。


きっと、そういうものだと思っていた。


でも、神代君のことを考えると、苦しい。


胸の奥が、きゅっと締めつけられる。


嬉しかったことだって、たくさんある。


大晦日。


元旦。


手を繋いだこと。


着物を見て、綺麗だと言ってくれたこと。


本当は全部、大切な思い出なのに。


思い出せば思い出すほど、胸が痛くなる。


神代君が小坂さんを日菜と呼んだ声を思い出すだけで、苦しくなる。


二人が並んでいる姿を思い出すだけで、胸の奥がざわつく。


教室で自分が言ってしまった言葉を思い出すと、息ができなくなる。


こんなの、好きじゃない。


こんなの、恋じゃない。


恋はもっと、幸せなもの。


だから違う。


神代君は、大切な友達。


大切だから、他の人より気になる。


大切だから、傷つけたことが苦しい。


大切だから、小坂さんと親しそうにしているのを見て寂しくなった。


きっと、それだけ。


「・・・神代君は、大切な友達」


澪は、確かめるように呟いた。


けれど。


そう言えば言うほど、胸の奥が苦しくなった。


ただの友達なら。


どうして、小坂さんを日菜と呼んだことが、こんなに嫌だったのだろう。


ただの友達なら。


どうして、手を離したくないと思ったのだろう。


「・・・違う」


澪はもう一度、小さく首を振った。


ただの友達ではない、大切な友達。


だから、普通の友達とは違うだけ。


それだけなんだ。


そう言い聞かせる。


それ以上の言葉を、心の中に浮かばせないように。


けれど、朝の神代君の顔が消えてくれない。


少しだけ表情が消えた顔。


目を伏せた顔。


大丈夫、と言った声。


自分が傷つけた。


大切な友達を。


誰よりも傷つけたくなかった人を、自分の言葉で傷つけた。


「・・・ごめんなさい」


小さく呟く。


本人には届かない。


届くはずもない。


謝らなければいけない。


でも、どんな顔で謝ればいいのか分からない。


何を言えば、あの言葉を取り消せるのか分からない。


取り消せるはずもない。


一度言った言葉は、もう戻らない。


神代君は優しい。


きっと私が謝れば、


「謝らなくていい」


と言う。


「大丈夫」


と言う。


自分が勝手に勘違いしただけだと言う。


そうやって、また自分のせいにする。


それが分かるから、余計に怖かった。


私はまた、神代君に優しくされてしまう。


傷つけたのは私なのに。


「・・・どうしたらいいの」


答えは出なかった。


澪は布団の中で、小さく体を丸めた。


神代君の手の温度を思い出す。


元旦の朝、自分の手に残っていた温もり。


初詣の帰り道、離した後も残っていた感覚。


あんなに大切にしたかった時間を、自分で壊した。


「神代君・・・」


名前を呼ぶ。


それだけで、胸が痛くなった。


大切な友達。


神代君は、大切な友達。


それ以上ではない。


そう何度も言い聞かせる。


それなのに、神代君のことばかり考えてしまう。


声を思い出す。


顔を思い出す。


手の温度を思い出す。


小坂さんの隣にいる姿を思い出す。


そのたびに、胸の奥がきゅっと痛くなる。


澪は目を閉じた。


眠れないまま、夜だけが過ぎていく。


謝らなければいけない。


でも、近づくのが怖い。


大切な友達を傷つけた。


でも、その友達をどうしてこんなにも大切に思うのかは、考えたくなかった。


考えてしまえば。


大切な友達という言葉だけでは、足りなくなってしまう気がした。


結局、答えは出なかった。


ただ一つだけ、分かったことがある。


もう、前みたいには戻れない。


神代君を、ただのクラスメイトだと思うことはできない。


けれど、それ以上の気持ちを認めることもできない。


だから澪は、その間にある言葉へ逃げた。


大切な友達、神代君は、大切な友達。


それだけ、それ以上ではない。


そう心の中で何度も繰り返しながら、澪は暗い天井を見つめていた。


朝が来るのが、怖かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。