1) うちの孫も同じ年なの
春の匂いが、まだ少しだけ冷たい風の中に混じっていた。神代冬真は病院の自動ドアを抜けながら小さく息を吐いた。
中学を卒業したばかりだった。別に感懐深いわけじゃない。泣けるような青春もなかったし、部活に打ち込んだ記憶もない。三年間をなんとなく生き延びたという感覚の方が近い。卒業式の後に騒いでいるクラスメート達を遠くに眺めながら「ああ、終わったんだな」と他人事みたいに思っただけだった。
けれど、祖母にはちゃんと報告しに行けと母に言われていた。祖母は不愛想な孫にも、やたらと優しかった
ナースステイションで病室の番号を聞く。
「505号室ですね」
「ありがとうございます」
軽く頭を下げて歩く。病室の前で一応名前を確認する。『七瀬 志乃』『神代 八重』「あってるな・・・・・」扉を開けると、病室の中は妙に賑やかだった。
「リハビリは気合だって!」
「八重さん、それ昭和なのよ」
祖母の神代八重と、隣のベッドの女性。七瀬志乃が楽しそうに笑っている。冬真に気が付いた八重が顔を明るくした。
「あら、冬真!よく来たね!」
「・・・卒業したから、一応報告」
「一応とは何よ、一応とは!」
呆れたように笑う八重。冬真は軽く頭をかき、それから志乃に向き直り、
「初めまして。神代冬真です。いつも祖母がお世話になっています」
少し緊張しながら頭を下げる。志乃は目を丸くした後、ふわりと優しく笑った。
「あらまあ、礼儀正しい、可愛いお孫さんねぇ」
「いや、全然そんな・・・」
少し照れる冬真。
「こう見えて昔から真面目なのよ、この子」
孫自慢を始める八重。
「ばあちゃん余計な事言わなくていいから」
冬真が嫌そうに言うと、二人は声を上げて笑った。居心地が悪いような、でも少し暖かいような。そんな不思議な空気だった。
改めて「無事卒業したよ。ありがとう」
冬真が八重に言うと、八重は満足そうに頷いた。
「そう、おめでとう」
短い言葉だったけど、冬真は少しだけ照れ臭くなる。志乃が穏やかに口を開いた。
「冬真君、卒業おめでとう。うちの孫も冬真君と同じ年なの」
その時はそれだけだった。病院を出ると春の日差しがやけに眩しい。桜が満開だった。




