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君の笑顔が、本当になるまで  作者: 兎の毛


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3-7)先輩がいいです

小坂日菜バイト初日。五月の終わり。


ファミレスのバックヤードでタイムカードを押す。


今日から新人が入るらしい。


正直、人に教えるのは苦手だ。


出来れば他の人に任せてほしい。


「お疲れ様です」


ホールから戻りながらバックヤードの扉を開ける。


すると店長と新人らしい女子が立っていた。


「初めまして、小坂日菜と申します。よろしくお願いいたします」


少し緊張した様子だったが、明るく頭を下げる。


一年生だろうか。


「神代冬真です。よろしくお願いします」


いつも通り挨拶を返す。その瞬間だった。


女子生徒の目が大きく見開かれる。


「あっ……」


小さな声。どこか驚いたような。嬉しそうな。そんな反応だった。


知り合いだったかと思ったが、記憶にない。


すると彼女が言った。


「あっ、先輩。覚えてますか? 百円玉」


「えっ?」


百円玉。何だそれ。数秒考える。夜の駐輪場。精算機の前。困っていた女子生徒。


「ああ……駐輪場の」


思い出した。


すると小坂の顔がぱっと明るくなる。まるで探していた物を見つけたみたいに。


「その節はありがとうございました」


律儀な人だなと思う。別に百円あげただけなのに。


店長が面白そうに聞いてくる。


「あれ? 知り合い?知り合いなら小坂さんの教育係を神代君にお願いしようかな?」


「いえ、知り合いでは――」


そう答えかけた瞬間だった。


「先輩、お願いします」


食い気味だった。


むしろ少し前のめりだった。


「え?」


思わず声が出る。


小坂自身も言ってから少し恥ずかしくなったのか、慌てて姿勢を正した。


「その……神代先輩がいいです」


店長は笑う。


「じゃあ決まりだな。神代君、小坂さんの教育係よろしく」


「いや、でも……」


「よろしく」


店長は勝手に話をまとめて去って行く。逃げ道がない。


「……分かりました」


諦めて頷く。


「よろしくお願いします、先輩」


小坂は満面の笑みだった。知っている人がいて安心したのか。緊張が解けたのか。理由はよく分からない。ただ、百円あげただけの相手にしては、妙に嬉しそうだなと思った。




小坂がバイトを始めて一か月が経った。


最初は新人だったはずなのに、今では一人でかなりの仕事をこなしている。飲み込みが早い。真面目。手も抜かない。そして素直だ。正直かなり助かっていた。


「先輩、ドリンクバー補充してきました」


「ありがとう」


「あと十番テーブル下げてあります」


「助かる」


そう言うと日菜は嬉しそうに笑う。何故か小坂は褒めると毎回嬉しそうにする。別に特別な事を言っている訳じゃない。出来ている事をそのまま言っているだけだ。


「神代君、小坂さん優秀だねぇ」


店長が感心したように言う。


「そうですね」


素直に頷く。


「教えるの上手いんじゃない?」


「それはないです」


即答した。小坂が優秀なだけだ。その時。


「先輩!」


ホールの向こうから声が飛んできた。見ると日菜が小走りでやって来る。


「どうした?」


「見てください」


何故か得意げだ。手にはオーダー端末。


「今日まだ一回も間違えてません」


「へぇ」


「へぇ、じゃないです」


頬を少し膨らませる。


「先輩、最初いっぱい怒ったじゃないですか」


「怒ってない」


「怒りました」


「注意しただけ」


日菜はむぅっとした顔をする。でも目は笑っていた。


「でも頑張ったんですよ?」


「知ってる」


そう言うと日菜が固まった。


「え?」


「頑張ってるだろ」


誰が見ても分かる。忙しい時間帯も走り回っているし、分からない事は必ず確認する。


新人にしてはかなり優秀だ。


「だから最近ミス減ったんだろ」


日菜は数秒黙る。そして。


「えへへ」


嬉しそうに笑った。本当に嬉しそうだった。


「小坂」


「はい」


「その調子で頑張れ」


「はい!」


凄く元気な返事だった。日菜はスキップしそうな勢いでホールへ戻っていく。


「若いねぇ」


店長が笑う。


「そうですね」


俺もそう思った。


元気で。真面目で。素直で。良い後輩だと思う。


ただ。その日の帰り道。日菜は一人で駅まで歩きながら、何度も何度も思い返していた。


『頑張ってるだろ』『知ってる』たったそれだけ。たったそれだけなのに。顔が熱くて仕方なかった。


「もう……先輩ずるいです」


誰もいない夜道で。日菜は小さく呟いて、照れ隠しみたいに笑った。




別の日


「先輩、おはようございます!」


出勤した瞬間だった。バックヤードの向こうから小坂が駆けてくる。妙に元気だ。


「おはよう」


「今日シフト一緒ですね」


「そうだな」


何故か嬉しそうだった。いや、毎回嬉しそうだ。別に珍しい事じゃない。週に何回も被っている。それなのに。


「先輩、聞いてください」


「ん?」


「今日の小テスト満点でした」


「おお」


「頑張りました」


「偉いな」


そう言うと。


ぱっと笑う。本当に分かりやすい。少し褒めるだけで機嫌が良くなる。


「じゃあ仕事戻ります!」


そう言って走っていく。元気だな。冬真はその後ろ姿を見ながら思う。


何というか。小型犬みたいだ。呼ぶと来るし。褒めると喜ぶし。懐いているのも隠そうとしない。本人に言ったら怒られそうだから言わないけど。


「神代君、何笑ってるの?」


店長に言われて気付く。どうやら少し笑っていたらしい。


「別に」


そう答える。小坂日菜。真面目で。素直で。よく働く。そして少しだけ騒がしい。


良い後輩だと思う。


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