第四話:2010年9月19日(前編)
……ピピピピピピッ
……寝れなかった。特に最近はずっとこうだ。しかも、今日はおそらく俺にとって最大の厄日……クソッ。朝から気分が悪い。とりあえず、今から警察署に行く準備をしないとな──
──警察署にやってきた。この生涯で一度も世話にならないだろうと勝手に思い込んでいたが、どうやら運命というやつには逆らえないらしい。
「お、岩藤くん。おはよう。」
「おはようございます、周さん。半分手ぶらで来たんですけど、大丈夫ですか?」
「いいよいいよ。ま、とにかくこっちに来て。」
警察署の中を連れられて、内装はこんな感じなんだなと、知らない世界を知ることは意外と悪くないと思わされるが……まあ、そんな気分じゃない。
「……着いたよ。この扉の先に容疑者、沢登響太郎がいる。岩藤くん、覚悟はいい?」
覚悟、か。俺はどんな顔でそいつに会ったらいいんだ?それすら分からないから、覚悟なんてもってのほかだ。……でも、進むしかない。自分を偽ってでも。
「……はい。」
「……了解。じゃあ開けるよ……」
……!な、なんで……
「なんで……そんな哀しい顔をしているんだよ……おまえは……。」
「……はじめまして。君が岩藤昇くん、だね。僕は……」
「おまえの名前なんて既に知っている。話せ……なんで紘海を殺した……!!」
「……僕は、角倉くんを殺してなどいない。彼女は自殺なんだ。」
……自殺?な、なんで……。
「……でも、刑事は言っている。これが計画殺人だって。」
「まあ、形式上はそうなんだろうし、それは僕も否定しようがない。でも、これは全て角倉くんの意思だ。」
「……そんなはずがない!おまえの言葉なんて、信用出来るか!」
「……“T-メール”。」
……!T-メール……遺書にあった言葉だ……!
「……なぜ、おまえがその言葉を知っている?」
「何故も何もないだろう……だって、君に送られたメールは、送信者が僕なのだから。」
「ま、まさか……そのメールがT-メールなんて言うんじゃないんだろうな!?」
「その、まさかさ。」
……ここで新たな矛盾が生まれた。紘海の遺書によれば、T-メールは紘海を救うためのメール……おそらく未来メールのことだろう。しかし、肝心の犯人がなぜ、俺に塩を送るかのようにT-メールを送ったのか……?
どっちが嘘をついている……T-メールは紘海を救うためのメールではない、あるいは沢登響太郎が送ったメールがT-メールというのは嘘か。出来れば後者が嘘であって欲しいが……いや、もう一つの可能性がある……。
……あるいは、どちらも真実か?……嫌だな。そうなると、沢登響太郎の言うことにも、紘海の遺書にも、全てに筋が通ってしまう。まるで、この事件は紘海が引き起こしたかのような……。
「……とにかく、俺はおまえの言うことは信じない……信じたくない。」
「それは岩藤くんの自由だ。……それはそうと、最後に君に言いたいことがあるんだ。」
「……なんだ。」
「……彼女を救えなくて、ごめんなさい。そして、こんなことに巻き込まれた君にも、ごめんなさい……。」
……!!!ッッッッッッッ!!!
「…………………ッッッッ!!!!!!……ふざけるなッ!!!!」──
──様々な感情を振り絞って出た言葉が、あれだった。何がごめんなさいだ……どの口が。
「お疲れ様。……大丈夫かい?」
「……はい。何とか。」
「よく我慢してくれた。君には感心させられるよ。」
この刑事、俺のことをバカにしてるのか?……まあ、それはともかく。この人には聞かなければならないことがある。
「……あの、聞きたいことがあるんですが、いいですか?」
「うん。答えられる範囲ならね……そうだ、立ち話もなんだし、そこの腰掛けに座ってから聞こうか。」──
──「それで、聞きたいことって?」
「……なんであの人は俺を呼び出したんですか?」
「ああ、単純だよ。取り調べの時、沢登の口から君の名前が出てきたからからだよ。ちなみに、沢登と君は今までで面識があったのかな?」
「もちろん、そんなはずないですよ。」
「じゃあ、なんで沢登は君の名前を知っていたのか……君はどう思う?」
「それについては……それを考えるとやっぱり、あのメールは予告状だったのかもしれません。」
「へえ、そう思う根拠は?」
「計画殺人なら、多分紘海と沢登は面識があったはずです。なんとなく、沢登がせめてもの慈悲を感じたんでしょう……その結果があのメールなんだと思います。紘海の知人に、紘海の死を告げることが、沢登なりの慈悲なのかもしれません。」
「そう考えるのが無難だよね。それで、君と沢登はどう繋がるのかな?」
「俺と沢登には関係がありませんよ……沢登と紘海、そして紘海と俺に関係があっただけです。多分、メールを送る時はじめて紘海から俺の名前を聞いて俺の存在を知った、そんなところだと思います。」
「まあ、沢登が君を知るタイミングなんて、そこしかなさそうなのはそうだね。僕も普通はそう思うよ。……でも実際、僕はあのメールを予告状とは思わないし、沢登は元から君のことを知っていたように思うね。」
「え……なんでですか?」
「……それじゃあ、あのメールは本当は何だったのか、考えよっか。とは言っても、君はもう既に知っていると思うけどね。」
……色々考えた。沢登のことを信じていいのか。しかし、沢登を信用しないとなると、自ずと紘海のことも信じないことになる。俺は、どっちを選ぶべきなんだ?あのメールは予告状だと決めつけたい俺もいるが、それともやっぱり……
「……T-メール、ですか。」
「そうだね……そして、これを見てほしいんだ。」
「これは……住所?」
「うん、それも沢登が教えてくれた住所なんだ。彼曰く、ここに行け、と。」
「そんなの、罠に決まってます!」
「まあ、そう考えるのが妥当だね。……でも、沢登の証言はおかしな点ばかりだ。彼がこの事件の首謀者だと、僕は考えられないな。」
「苦し紛れの言い訳に決まってるじゃないですか!」
「じゃあなんで、角倉さんの遺書にはT-メールなんて言葉があったのかな?しかもこの遺書は、君が持ってきた証拠品だ。それを君が否定してどうするんだ。」
「……でも!」
「結果を急ぐな。真実から目を逸らすな。この事件は、そんなに単純なものじゃないんだ。」
……やっぱり、俺にはこの人の考えが理解できない。いや、したくないんだ。なんというか、この人の優しい雰囲気の裏に、彼の執念にも似た正義感が溢れているような、そんな感じがする。俺はそれに対し酷く抵抗があるが……でも、今はそれに従うしかない。
「……まあともかく、僕が言いたいことなんだけど……この事件は、君が深く関わっている。多分、君は彼女を救わなければならない、そのための事件な気がするんだ。」
「……そう思う根拠とは?」
「いっぱいあるよ……何故か君に送られてきた沢登からのメール、角倉さんの遺書の存在、角倉さんと沢登の両方から出たT-メールという言葉……そして何より、沢登の証言だ。角倉さんは自殺だった。それが真実かどうか分からないけど……でも、この事件は確実に今の段階で終わりじゃないし、解決には君の力が必要だ。
……だからお願いする。君も、この住所の元へ着いてきて欲しい。」
……俺は、心のどこかで紘海を殺したやつに復讐すれば、それで終わりだと思い込んでいた。……でも、違うんだ。俺はT-メールの正体を知り、それを使って紘海を救わなければならない。やっぱり、それがゴールなんだ。
──だったら、答えは一つしかないだろ。
「……わかりました。ぜひ、付き合わせてください。」
「……ありがとう。君ならそう言ってくれると信じてたよ。じゃあ、早速向かおうか……」
「え、今からですか?」
「え?もちろんだよ。ほら早速さ、昼ご飯は僕が奢ってあげるから。」
「じ、じゃあ、まあ……」
クソッ。見事にこの人のペースに流されてしまった。でも、むしろ好機なのかもしれない──今すぐにでもTメールを使って、紘海を助け出してやる……。
続く




