教皇様は偉い人
「公爵、ユーリ嬢と殿下の婚約は無効ですよ」
教皇の冷静な声が、謁見室にいる者の動きを止める。
「無効? 一体、何を言って⋯⋯」
婚約に強い未練を持つ国王が、ギロリと睨むカーティス公爵に怯えながらも、反論しようとする。
この場に居合わせた者たちは、カーティス公爵が鎮まってくれたことにホッとして、そろそろと立ち上がった。
粉々になった大理石の床は立ちづらいが、いつまでも床に這いつくばっているわけにはいかない。
カーティス公爵の隣に並んだ教皇は、まだ座り込んだままの国王に向かい、詳しく説明を始めた。
「陛下。『婚姻契約』は教会が権限を持つものだということをお忘れではありませんか?
私は、アルフレッド殿下とユーリ嬢の婚約を成立させることは不可能であると判断致しました。
故に、私は2人の婚約無効を認めます」
教皇は、脇に抱えた鞄から1枚の書類を取り出す。
2人の婚約契約書であることを確認し、自分の魔力を流す。
「待てっ⋯⋯」
国王がよろけながら、教皇に手を伸ばす。
教皇の魔力に反応した婚約契約書が、淡く光り、記されていた文字が全て消える。
「あぁーー⋯」
契約内容がなかったことになった。
「ここにアルフレッド・シェラリアとユーリ・カーティスの婚約が無効になったことを宣言する」
教皇は教会の紋章のみが記された羊皮紙を高く掲げ、国王にしっかりと見せつけた。
「⋯⋯⋯」
一文字も書かれていない羊皮紙を、食い入るように見る国王は、哀れすら誘う姿だ。
だが、ここに国王に同情する者はいない。
さっきまでの「災害」を間近で体験した者しかいないのだから当然だ。
「あの、教皇様。婚約が無効とおっしゃっいましたが、なぜ無効になったのでしょうか?」
国王の側近が、恐る恐る教皇に尋ねる。
婚約破棄や解消であれば、一度婚約が成立した上で、婚約を辞めたことになる。
だが、婚約無効となると、婚約はなかったことになる。
王族の婚約は、成立したことを広く喧伝される。
無効となると、よほどの瑕疵があったのでは?と邪推される恐れがある。
「ああ、すいません。
そちらが先でしたね」
公爵が暴れるから、つい忘れてました。
と、隣に立つ男を見上げ薄く笑う。
「陛下。昨日の中継は我々教会の者も、全員見ておりました」
何を言い出すのかと怪訝な顔をする国王に対し、他の者は教皇の意図を理解した。
「教皇様、それはっ⋯⋯。
ご再考をっ⋯⋯。」
顔を真っ青にさせた側近が教皇に頭を下げる。
他の側近や大臣たち、居合わせた者たちも倣う。
教皇の意図が分かりながらも、カーティス公爵だけは懇願などしない。
国王も事態の深刻さに、やっと気づく。
「教皇殿。アルフレッドはまだ幼い。今回は見逃してもらえないだろうか」
全員(1人除く)の嘆願に、教皇は頭を横に振る。
「見逃すことはできません」
一度言葉を区切り、全員の顔を順に見ていく。
「教会はアルフレッド・シェラリアを破門致します」
重大宣言に、国王がふらつく。
「陛下っ」
「近衛騎士、陛下を寝室へ。医師の手配を急いで」
顔色を失くした陛下は、側近に支えられている。
「いや、大丈夫だ。まだ休めない」
震えが止まらず、体に力が入らない状態ながらも、国王は寝室に下がることを拒んだ。
「でも、陛下⋯⋯」
「アルフレッドを呼んでくれ。
至急、ここへ」
教会からの破門は、とても重い。
シェラリア王国は教会の権力が強い。
破門された者は、社会的に信用されない存在てなる。凶悪な犯罪者と同等の扱いとなる、
王族ならば、王族籍から抜け、北の塔で生涯幽閉となる。犯罪者扱いである。
教会の最高責任者である教皇に宣言されたら、誰にも覆すことはできない。




