対策
「い、いえっ、そういうわけではなく⋯⋯。殿下のことは何も決まっておりません。ユーリ様との婚約のことも、お変わりありません」
慌てて否定する王太子の側近の様子に、王城の中の人々の思惑が感じられる。
王太子の醜聞をなかったことにするつもりなのだ。
あれは王太子によく似た王城の文官だとでも言うつもりなのだろう。
「つまり、口裏合わせのお願いに来たというわけ、なのですね」
心底嫌そうな顔をしながら言う公爵令嬢の姿に、側近と広報官はそっと目をそらした。
貴族は、感情を表に出さないように教育される。高位貴族であれば、なおさら高度な教育がなされる。
ユーリ・カーティスは、公爵令嬢で王太子の婚約者であり、とても優秀と言われている。
その彼女が、嫌悪感を隠さなかった。というより、隠す気がない。
これはダメだ。
2人は、国王陛下から極秘任務を受けていた。
あの生中継が流れてからの王家の支持率急降下と王太子への不満の対策を。
国王陛下曰く、ユーリ・カーティス嬢なら何らかの妙案があるだろう、と。
ユーリ・カーティス嬢がついている限り、王太子は安泰だと。
諦めるしかないと、2人は「不機嫌です」と全身で表現する令嬢をしみじみと眺めた。
「ユーリ様は今後どうなると思いますか?」
ユーリ様は王太子と別れたい。
同性との浮気しまくりの、変態といってもいいくらいの色狂いに娘を嫁がせたくないだろうユーリ様の父親、カーティス公爵も王太子を見限るだろう。
王太子の未来は暗い。
「そうね。
私が考えられる未来は2つ」
美しく手入れされた指を2本立てて、ユーリは説明する。
その1。
あの映像は王太子ではないと言い張り、王太子の婚姻という慶事で世間の関心を他に向ける。
子供をなんとしても産ませるために、早々に側室を数人投入。
婚姻後、てきとうな時期に王太子が国王へと即位。
無能な国王による悪政により、シェラリア王国がなくなる。
新国王は処刑。
その2。
病により、王太子はどこかの離宮で療養、という建前で幽閉。
そこそこ生かしたあ、殺処分。
第二王位継承者である王弟殿下か、第三位の王弟殿下のお子様が王太子になる。
王弟殿下親子は聡明な方たちなので、国の未来は明るい。
「こんなところかしら。ちなみに、その1の王太子の相手は私じゃないわ。私は重い病にかかり、領地に引っ込むから」
王太子への悪意がすごい。
どちらも王太子は死んでいる。
だが、どちらも現実的な推測だ。
「ユーリ様、国王陛下達によるシナリオ、わかっていて無視してますね」
ユーリの考える未来は、国王陛下が考える未来とはまったく重ならない。
「そんな不敬なことはしないわ。無視じゃなくて、より良い提案をしたいだけ」
この国の未来にアホ王太子はいらない。
そちらが王太子を選ぶなら、カーティス家は王家から距離を置く。
「陛下は親バカであることを除けば良い方よ。親バカでなければ、為政者としても1人の人間としても最高の方だと思っいるわ」
どう見ても不敬だと思うが、と思いながらも、2人は何も言わなかった。
「国王陛下の夢物語は、あくまで夢なのよ。
禁域である場所に、顔が似てるだけの他人が簡単に入れないことぐらい、誰にでもわかるわ。王城の警備は厳重だってことは常識じゃない」
私だって、悪意まみれの未来予想図ばかり考えているわけじゃないわ。
私は冷静に状況を分析できる。国王陛下も、本来ならできる方のはずだが、盲目的な親の愛が邪魔している。
「あなたたちだって分かってるんでしょう?
あの王太子はダメだと。臣下として支える価値なんてないって。
ああ、答えなくて結構よ。あなたたちの立場では何も言えないでしょうから」
言ってから、ユーリは紅茶を飲もうとして、冷めていることに気づいた。
意外に時間が経っていたようだ。
侍女がユーリへと視線を向ける。
ユーリは、侍女に向けて首を横に振る。
「そろそろ帰った方がよろしいんじゃなくて?
いろいろと忙しいんでしょう?」
深々と頭を下げた来客たちが帰った後、ユーリは新たに淹れた紅茶の香りを楽しんでいた。
「いい香りね。花の香りがするわ」
「カーティス領で試験的に栽培している茶葉だそうです。南方の国から苗木を入手したそうです」
「量産できたら、売れそうだわ。女性受けする香りと味わいだもの」
「はい。淹れていても、幸せを感じる香りです」
侍女と微笑み合い、カップをソーサーに戻す。
まったく音を立てない仕草は、高位貴族の優雅さを感じる。
「試験的に栽培、ね。
こちらの試験は、間違いなく上手くいくわね」
あちらの試験運用は、混乱と波乱しか生まない。
王城内の混乱、貴族たちの遠回しな嫌味、平民たちの王太子への失望、近隣国の戸惑い、野望。
「本当に、すごい試験の結果だわ」
笑いが止まらないわ。
高笑いしたいけれど、さすがに淑女らしくないわ、と我慢する。
「⋯⋯お嬢様。今、魔王の笑みを浮かべていらっしゃいます。絶対に、外ではしないで下さいね。天使の仮面を貼り付けて下さいね」
「あら、無意識って怖いわね。
あの王太子と縁を切る機会がやっと、やっとよ。やっと来たんだもの。はしゃいじゃったわ」
本当に長かった。
5歳で出会い、8歳で王命で婚約を結ばされ、それから10年。
学院の卒業が迫った今。本当に
ギリギリだった。
なんとかなって、本当に良かった。




