8:これはお茶会ですか? いいえ、ひよこ保育園です。
Is this a tea party?
No, it's a chick nursery school.
ガーデン宮。そこは王城の行政機能を司る本宮とは切り離され、建物の内外を花と噴水に囲まれた、ゆったりとした時間の流れる場所。仕事や人生に疲れたとき、こんな静かな場所で読書したりお昼寝したりすれば、身も心もリフレッシュされることだろう。
”ドタドタドタッ!”
こんな静かな場所で……
”ガッシャーン!”
静かな……
「ふぇえええんっ!」
静か……
「いやぁだぁあ!」
うん、世界は喧騒に満ちているね!
いま目の前に広がる光景、それは母親の手から解き放たれ、無秩序に遊び回る十余人の幼児たちの姿。私と同じように母親に連れてこられた3歳から5歳までの貴族の子供たちだ。
私たちの遊び場として提供されたのは、ガーデン宮の外庭に面したサンルームの縁側。その場所を選んだ理由が安全面にあったことは想像に難くない。障害物のない縁側の一角が巨大なバリケードのようなクッションで仕切られ、その床もクッション性の高いブヨブヨしたシートで覆われている。窓際にも椅子くらいの高さの四角いクッションが並べられ、窓に向かって突進しても手前で止められる模様。子供たちはその守られた空間の中でケージの中のひよこのようにピヨピヨとさえずりながら、各々新しい遊びを試みているのだった。
して、ケージの中に憐れなひよこを解き放った保護者たちはというと、縁側から階段で1メートルほど上がったフロアに設けられたテーブル席で優雅にお茶を楽しみながら歓談に興じていた。
この光景、何か既視感がある。あれだ、前世のハンバーガーショップにあったキッズエリアだ。大量のバルーンが詰め込まれ、ネットで仕切られた四角いスペース。その中で子供を遊ばせ、外のテーブルでママ友たちが女子トークに花を咲かせる構図そのものだ。母親の目の届く場所とは言え、ネットの外と内は隔絶された別の空間であり、ネット内の空間は、その中にいる彼らだけのルールによって支配される!
ネットの仕切りの有無はあれど、階段で隔てられた子供たちだけの空間と大人たちのそれは、ハンバーガーショップの店内の状況と同じだ。つまり、トラブルがあれば即座に駆けつけることのできる距離にいながらも、トラブルが起こることを未然に防ぐことは出来ないという、絶妙に親の庇護を棚上げにされた状態。そのような状況に置かれた者は、トラブルを回避するために自らの知恵が試されるのだ。
一度状況を整理しよう。
今朝ママさんと共に王城へ足を運んだ私は、お城の人に案内されて、ここガーデン宮の外庭へと通された。そこでお茶会の主催者である王妃様と対面した後、私と年の近い子供を連れた貴族のご夫人方を紹介され挨拶を交わした。それから歓談しつつ外庭の遊歩道を一回りした後、王宮シェフの手によるランチをごちそうになり、ここ、ガーデン宮の屋内庭園でくつろぐことになったのだ。
サンルームの南から西、北へとぐるりと曲面を描くように配されたパノラマ窓。そこに映し出される外庭の光景は、立地が高所なこともあり、さながら空中庭園だ。散歩道を縁取るように白い陶器のプランターがひしめき合い、その上では多様な品種の彩り豊かな花々が咲き誇る。そんな花々を見守るように噴水池が設置され、やや小ぶりではあるが、ロータリーで見た時計塔に似た意匠のそれが中央にたたずんでいる。
そんな景色をガラス一枚隔てたこちら側の様子は、先のとおりだ。
ここにいる子供は私を含めて12人。そしてもう一人、王妃様の息子であるサミュエル王子がお茶会に参加しているのだけど、彼は子供たちの遊びには加わらず、談笑する王妃様の隣でおとなしく席に着いている。オレンジがかった赤毛が印象的な賢そうな男の子だ。私と同い年らしいけど、他の同年代の子供よりも幾分大人びて見える。そうやって観察していると、どうやら私に見られていることに気づいたらしい。一度目があったと思いきや、ぷいっと視線をそらされてしまった。まあ、これだけたくさんの人に引き合わされたら人見知りするのも仕方ないよね。
さて、斜め上に向けていた視線を水平に戻そう。
子供たちの様子を観察したところ、この場での彼らの遊びは、大きく3つに分けられるようだ。
積み木に、お絵かき、そして、クッション遊び…?
何人かの子供が手にしている真新しい積み木セットは、木材とその加工品を商材として扱っているドノヴァン伯爵家の夫人から子供たち全員に贈られたものだ。すべすべとした手触りの木材は、私が誕生日にもらった多面体と同じもののようだ。
そして、様々な画材を扱っているというアルトマン伯爵夫人よりいただいたのは、箱入りのクレヨンに画板と画用紙を合わせたお絵かきセットだ。こちらも数名の子供たちがうつ伏せだったりクッションに腰掛けたりめいめいの姿勢で己の感性の発露を白い画用紙に塗り広げていた。
残りの子供たちはそのどちらにも興味を示さず、反発力を確かめるように両の腕を何度もクッションに突き立てていたり、ぺたんと座り込んでキョロキョロと辺りを見回したりしている。
私は積み木遊びをしている一人の男の子に目をとめる。シュナイダー家のマーティンくんという、5歳の男の子だ。彼は積み木の箱に描かれた作例を再現しようと、長方形のプレート状の積み木を縦横に積み上げようとしていた。ただ、床に敷かれたクッション材のせいで積み木の安定感はよろしくない。根気強く組み上げては崩れるのを繰り返し、いつしか彼の頬を溢れた涙が濡らしていた。泣きながら積み木を積み上げる様子は、まるで賽の河原だ。それでも自分はこのおもちゃで遊ぶのだという強い意志が感じられる。
「ねえマーティンくん、この上でやってみたらどうかな」
見かねた私は彼の傍らに放置されていた画板を手に取り、床のクッション材の上に置く。
マーティンくんは私の顔を一瞥すると頷き、画板の上で積み木を組み上げにかかる。ブヨブヨしたクッション材の張られた床面とは違い、硬く平滑な画板の上では順調に作業が進められそうだ。
私とマーティンくんのやり取りを見ていた三歳の男の子も、同じように画板を床に敷いて積み木を組み始めるが、積み方のコツをわかっていないようで、立てたそばから積み木を倒してしまう。ただ、彼が不器用と言うより、どちらかと言うと、積み木が幼児よりもう少し上の年齢を対象とした本格的なものであるのが原因な気がする。
積み木とは言ったものの、実際には1.5センチメートルほどの厚みを持った木製のプレートだ。長方形のものと二等辺三角形のプレートで構成されており、長方形のプレートを柱や壁に見立て、その上に屋根として三角形を乗せるという具合に、少ないパターンを組み合わせて本格的な家を再現するのを目的としたキットのようだ。園児が楽しむには、少し難易度が高いかもしれない。
積み木の箱の中には、同じサイズの長方形のプレートがたくさん収められている。それを見た私は、あることを思いつく。
決まった遊び方でなくとも、楽しむ方法はあるはず。
私は男の子の隣に腰を下ろし、自分の画板を床に敷くと、箱から長方形のプレートを取り出し並べ始める。積み上げるのではなく、渦巻きを描くように立てて並べるのだ。
「ねえ、ちょっとこっちを見てくれる?」
並べ終わったところで男の子に声をかける。声をかけられて戸惑いつつも、男の子はこちらに注意を向けてくれた。
私は一番外側のプレートを指でつつく。すると安定を失ったプレートは倒れ、その横に立つプレートを巻き込む。それは連鎖的に起こり、外から内へ渦巻きの流れに沿ってプレートが倒れていく。
「なにこれ!」
男の子は予想通り食いついてきた。
「積み木倒しよ。他にも、こんなふうに……」
今度は途中で枝分かれする形に並べてみる。二股に分かれた先でもう一度分岐する。
「わぁ!面白そう!」
男の子の声が呼び水になって、他の積み木勢や、クッション遊びをしていた子たちまでが寄ってきた。
「こうやって、スタートとゴールを決めて、途切れないように最後まで倒れたら成功なのよ」
「私にも教えて!」
「もう一回! もう一回!」
気づけば8人もの子供たちに取り囲まれていた。
予想以上の反響に嬉しい反面、若干戸惑いもあった。複数の子供の相手をするという慣れない行為に自分が手を出して良いのだろうかという恐れの気持ちだ。
それに、子供を相手にしていると言っても、自分も子供の体なのだ。さらに言うと、半数以上の子供は自分より大きな体格をしている。自分は4歳と言っても、この前誕生日を迎えたばかりで3歳より少し大きい程度なのだ。ともすれば恐怖を感じる。
「ちょっと、あなたたち、そんないっぺんに話したら、その子が困っちゃうでしょ」
子供の壁の向こうからハキハキした女の子の声が響いてくる。
「こっちに来てくれたら、とっておきの絵の遊び方、教えちゃうぞ」
3名の子供がその言葉に惹かれ、離れていった。おかげで強い圧迫感からは逃れることが出来た。助けてくれた……のかな?
子供たちが向かった方向を見れば、少し離れたところから、先ほどの声の主と思われる女の子がいたずらっぽく目配せしてくる。頭の両サイドでは、くるくると巻かれたダークブラウンの髪が艷やかな赤みを帯びて鈴なりに揺れていた。
彼女はバヤリス侯爵家のマデリンだ。
外庭で紹介された際、私の名前を聞いて『ラングシュタイン……!』と呟いて瞳を輝かせていたのが印象に残っている。
ともあれ、このような経緯で私とマデリンは、ひよこ保育園(仮)でそれぞれ5人の子供を受け持つことになったのだった。
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