9:ガラスの瞳が映すもの
お茶会?編、続きます
「注目! ここにリンゴがあります。リンゴです。パプリカじゃありません!」
マデリンはリンゴらしき絵の描かれた画用紙を掲げて、5人の子供たちを相手に滑舌良く口上を回し始める。
「でも実はこのリンゴ、ただのリンゴじゃありません。なんと、変身します!」
「「変身~?」」
巧みな口上に釣られ、思わず合いの手を入れる子供たち。
「こうやって折り目を開くと……はい!」
マデリンが折りたたまれた画用紙を開いていくと、リンゴの輪郭は上下左右に離れ、中心から蝶の胴体が現れる。
「チョウチョだ!」「うわ~!」
引き込まれた子供たちの歓声で場の空気が高揚する。まるで手品ショーだ。
「みんなもやってみる? それじゃ、まずは紙をこうやって折るよ。そして折り目の上からリンゴでもトマトでも好きなものを描こう。でも、できるだけ簡単な形にしてね」
子供たちはおぼつかない手つきで自分の画用紙を折り始める。マデリンはその様子を見守り、時には優しくアドバイスする。自分より大きな子相手にも臆することなく接していく姿は熟練の保育士のようだった。
そんな様子を遠目に眺めていた私は、彼女にはとてもかなわないことを痛感する。自分にはあのような器用な進行はできないだろう。何も勝ち負けを競っているわけでは無いが、そんな諦観めいたものが、心の奥を萎縮させるのだった。
「ねえ、早く教えてよ」
向こうの授業風景に気を取られていた私は、一人の男の子にドレスの袖を引っ張られる。
私の元に残った5人(泣き虫マーティンくん含む)は、元々お絵かきにはさほど興味が無いらしく、お絵かき組の様子を多少気にしつつも積み木遊びを優先したいらしい。
そうだ、萎縮している場合ではない。今は少しでもこの子たちの期待に応えなければ。
「それじゃ、みんな画板を用意してね。出来たら箱から四角い積み木だけ取り出していくよ」
「「は~い」」
先ほどまでのカオス空間などはじめから無かったかのように、素直な子供たちはいそいそと準備に取りかかる。
「それじゃ、最初はまっすぐ並べよう。奥から手前に置いていくのがおすすめだよ。コツを掴んだら次の形に挑戦していこうね」
画板の上に広げた四角い積み木を縦長の向きに立て、等間隔に並べていく。子供たちも真剣な面持ちでそれに倣う。最初は斜めになったり蛇行したりとばらつきが出たが、終端まで並べ終える頃にはすっかり感覚を掴んだようだ。
「みんな大丈夫かな? それじゃこっち側からそっとつついてみよう。そっと、優しくね」
開始点の積み木をつつくと、その先でパタパタと小気味の良い音が鳴り響く。そう、積み木倒しは視覚的にも聴覚的にも盛り上げてくれる遊びなのだ。
子供たちもそれぞれの積み木をつつき倒す。中には軌道が逸れたり側面にはじかれたりして途中で止まってしまう子もいたが、すぐさま学習して目標を完遂出来るようになっていた。
「できたできた!」
一人の子が興奮し立ち上がって手を叩く。するとその振動が伝わって、隣の子が並べ直していた積み木の一団が倒れてしまった。
「この遊びをしている間は、立ち上がって飛び跳ねたり走ったりするのは無しでお願いね。約束してくれるかな」
志半ばに倒れた積み木たちを見てしょんぼりしている子を慰めつつ、はしゃいだ子にも注意する。フォローと注意、両方やらなくっちゃあいけないのが保育士さんの辛いとこだね。
臨時保育士の覚悟が出来たところで、次に取りかかるのは円陣だ。まずは半円を作るところからスタートする。
「最初は一番奥に横向きに置いて、そこからぐるっと回って手前に並べていくよ」
お手本を示すと、そこここで、ややいびつな半円が出来上がっていく。
「あ!」
一人の女の子が半分ほど並べ終えたところで手にした積み木がひとつ前に置いたそれに接触。あえなく全滅だ。
「所々に寝かせた積み木を置いておくと、もし途中で倒してしまっても、全部が倒れてしまわなくて安心よ」
女の子を慰め、立て直すのを手伝う過程で積み木のプレートを横に寝かせた状態で列の間に差し込んでいく。全体を作り終えてから縦に置き直すのだ。
完成した半円を、続けて円陣へと進化させる。積み木の列がぐるりとカーブしながら倒れていく光景はなかなかに壮観だ。
生徒たちが基本をマスターしたのを確認し、枝分かれや組み合わせといった応用テクニックを伝授していく。ここまで覚えることができたら、後は彼らの発想力しだいだ。一仕事終えた私は、クッションのブロックを背に体育座りでまったり休憩することにしよう。
――と、思ったのもつかの間、
「かして!」
「やぁだぁあ!」
なにやら穏やかでない声が辺りに響く。お絵かき組の方でトラブルがあったようだ。
見れば、一人の男の子が別の子の画板を掴んでいて、された側の女の子がいやがって抵抗しているように見えた。マデリンが仲裁に入るようだが、彼女の能力を持ってしても手に余る事態であるようだ。
テーブル席のママさんズの何人かは心配そうな目を向けているものの、今のところ動き出すそぶりを見せない。
「ちょっと向こうに行ってくるから、仲良く遊んでいてね」
私は積み木組の子たちに一声かけると、マデリンの応援に向かうべくその場をあとにする。
「どうしたの? 大丈夫?」
私とマデリンの二人が間に入ったことで、事態は収束の兆しを見せる。
プンスカしている女の子の方はマデリンにまかせて、私は男の子の方に向き合う。
マッシュヘアが可愛い3歳の男の子、確かバートリー子爵家のトマスくんだ。
「あなた、トマスくんだったよね。私はヴィリアーチェよ」
「う゛ぃあ…ちぇ?」
やっぱりこの年頃の子は“リ”の発音が苦手なのかもしれない。かといって、ママさんのつけてくれたヴィヴィという愛称は、子供同士の呼び名としては違う気がする。なのでもう一つの愛称を提案することにした。
「言いにくければヴィーチェでいいわよ」
「ヴィチェ!」
伸ばすところは残して欲しかったけど、まあ良いか。今すべきはケンカの原因の究明だ。
「それでトマスくん、あの子と何を話していたの?」
「あのね、お絵かきの紙が足り無いから、貸してって」
足り無いとはどういうことだろう。状況的にトマスくんが女の子から画用紙を借り受けようとしたみたいだ。けれど、彼の手にもしっかりと画用紙の留められた画板が握られている。よく見れば、画用紙の真ん中に弓なりの線が引かれている。
「じぃじが帰ってこなくて、ママが元気無いの。だからイルカさんを見せてあげるの」
「イルカさんを?」
確かに、外庭で紹介されたバートリー夫人の表情に影があるのは感じていた。よもや、トマスくんが心配に思うほどだったとは。おじいさんが帰らないという言葉も気がかりだ。
「イルカさんはママのお友達なの。じぃじが教えてくれたの」
そう言って胸元にぶら下がっていたものを手にし、私の鼻先に近づける。それはガラス細工のイルカだった。つぶらな瞳がつややかにハイライトを映して可愛い。リングチェーンにつながったそれは、小さな子が持つにはやや不釣り合いに見える大きさのペンダントだ。
どうやら画用紙に書かれていたのはイルカさんの目であるらしい。話を聞くに、画用紙1枚ではイルカさんの体がおさまらないので隣の子の画用紙を借りようとしたらしかった。
「この紙におさまるくらいの大きさで描くのはダメかな」
「イルカさん大きいの。こんのくらい大きいんだって」
そう言って手を広げてイルカの大きさを伝えようとしてくれるんだけど、あいにくその広げた手ではおさまらないと思うよ。
アルトマン伯爵夫人にお願いすれば代わりの画用紙をもらえるかもしれないが、それで解決したとは言えないだろう。
「トマスくん、あなたのしたいことはわかったけど、人の画用紙を取っちゃダメだよ」
「取るんじゃないの。借りるの」
「それでも相手のいやがることをしちゃダメ。トマスくんも、そのペンダントを勝手に持って行かれたらイヤでしょ?」
「うん……」
「これからは、人の嫌がることはしないって、約束してくれる? もしまた相手が嫌がっていたら、ペンダントのことを思い出して」
「わかった……」
「イルカさんのことは別の方法を考えよう。その前に、あの子にごめんなさいしに行こうか」
こくんと頷いてくれたトマスくんを、マデリンの宥めによりどうにかクールダウンに成功したらしい女の子の元へと連れて行く。
二人が仲直りしたのを見届けると、私は思いきってマデリンに話しかける。
「お願いマデリン、協力して欲しいことがあるの」




