7:噴水時計と坂の街
私たちを乗せた馬車と護衛の一団が城門での手続きを終え、城壁の管理区画を抜けて進んでいくと、やがて夕日に照らされた市街地が見えてくる。
「わぁっ……!」
キャビンの壁に寄りかかって車窓の変化を見守っていた私は、前方からフレームインしてきた光景に思わず感嘆の声を上げた。
几帳面に敷き詰められた石畳と、それを見下ろすパステルカラーの建物たち。特徴的なオレンジ色の三角屋根が、前世で好きだった動物一家のドールハウスを彷彿とさせる。まるでミニチュアの世界に入り込んでしまったかのような感覚に心が躍る。ここはおもちゃの国のテーマパークですか?
三角屋根の建物が立ち並ぶストリートを進んでいくと、広場のように開けた場所に出た。何本もの道が合流するロータリーだ。道の周囲にはオープンテラスのカフェや露店などが見られ、人通りはまばらながらも途絶える様子がない。きっと昼間は活気溢れる場所になるのだろう。そんな光景を想像しつつロータリーの中心へ視線を移すと、そこにあるものが私の意識を引き寄せた。
それは時計だった。とんがり帽子を被った5メートルほどの高さの箱型の塔。その上部に時を刻む針と数字を表す文字盤が据え付けられている。そして塔を囲むようにして人工の池が設けられており、その水面のあちこちでは、ちょろちょろと控えめな高さの水柱が上がっていた。
「あれは水動時計よ。正確な時間がわかるから、待ち合わせ場所にピッタリなの。メアリ、おねがいね」
「はい、奥さま」
メアリさんがバッグから何かを取り出す。懐中時計のようだ。どうやら時刻の誤差を修正するらしい。しかしその間にも馬車がロータリーをぐるりと回り込んでいく。時計が見えなくなるかと思いきや、隣り合う面にも同じ作りのそれが現れる。4面それぞれに時計盤を持つ構造のようだ。
時計塔の針はそのとき、ちょうど5時を指し示した。
すると変化が起こった。
どこからか鐘の音が鳴り響いたかと思えば、先ほどまで控えめだった水柱は突如として大きく噴き上がり、それは時計塔の頂点まで届きそうな勢いで放物線を描き、対となる水柱と交差するようにしてその身をばらけさせる。
オレンジ色の斜陽がほとばしる飛沫に拡散され、光の粒が降り注ぐ。
鐘の音と噴水のどちらかに驚いたのか、広場で羽を休めていた鳩たちが一斉に飛び去っていく。皆同じ方角へ飛んでいくので、そのまま住処へと帰るのかもしれない。
5回目の鐘が鳴り終わる頃には、噴水は元の背の低い水柱へと戻っていった。
「あんな風に一時間ごとに噴水が上がるのよ。ちょうど良い時間に来られて良かったわね」
確かに、王都に着くのが少し早くても遅くても、今の光景は見られなかっただろう。街道の停車場でダウンしていた時間は無駄ではなかった!
馬車は道の1つに進路を定め、広場から遠ざかっていく。途中から道は勾配になり、馬車は緩やかな斜面をどんどん登っていく。登っていった先には、また様相の異なる市街地が広がり、そこからさらに坂道を登っていくとさらに上の階層が現れる。どうやら街全体が段々畑のように上下に積み重なった構造をしているらしい。平坦なエリアと、それらを結ぶ坂道のエリア、その組み合わせを繰り返す形で王都の街は広がっていた。
区画をいくつもまたいだ先、落ち着いた色合いの邸宅が建ち並ぶ閑静なエリアの一角に、私たちの滞在するお屋敷があった。
第一印象としては、わりと普通だなあという感じ。けっして小さくはないんだけど、両隣の家も同じくらいの大きさに見えるので、相対的に大きくないと感じてしまうのだろう。実際は四階建ての雑居ビルくらいのサイズがあり、一軒家として考えると相当なものだ。
小さく感じる理由はもう一つあって、それは縦横の比率だ。建物の高さと比べて、正面から見た幅は半分も無い。ようするに薄いのだ。同じ面積の長方形であっても、高さと幅の差が大きくなるほど狭いと感じてしまう心理だ。江戸時代には通りに面した家の幅で税金が決められてたなんて話もあるし、これも税金対策だったりするのだろうか?
スピニグラードから護衛してくれた騎士さん達とは、ここでいったんお別れだ。何人かは馬を預けたら戻ってくるらしい。それ以外の人は、街の中に騎士団の宿舎があるので、そこで寝泊まりするのだそう。邸宅に残る騎士さんとは、交代で任務に当たるのだとか。任務から外れている間は、ぷち休暇を楽しめると良いね。
玄関の扉が開くと、温和な印象の中年男性が出迎えてくれる。
「おかえりなさいませ、奥さま、お嬢様。長旅お疲れ様でございます」
「出迎えありがとうレイノルド。こちらは変わりない?」
「問題ございません。すべて滞りなく準備が整っております」
二人が短い言葉だけでいかにもシゴデキって感じのやりとりを交わすのがかっこいい。
「レイノルド、娘のヴィリアーチェを紹介するわね。ヴィヴィちゃん、こちら、王都のお屋敷を夫婦で管理してくれているレイノルドさんよ」
「お初にお目にかかります、お嬢様。レイノルドと申します。王都での滞在を快適にお過ごしいただけるよう、妻共々お手伝いさせていただきます」
子供相手にも礼儀正しい。礼儀には礼儀で返さねば。
「はじめましてレイノルドさん。ヴィリアーチェと言います。よろしくお願いします」
ぺこりとお辞儀したいのだけど、この国ではそんな習慣は無いので、こういう場面ではもどかしく感じる。
「まあ!ちゃんとご挨拶出来てえらいわ! いつの間に言えるようになったのかしら」
ママさんが驚き半分、我が子自慢半分といった感じに声を上げる。
実のところ、自分の名前を正確に発音出来るようになったのは最近のことだ。舌が短いのか”リ”の発音がうまく出来なくて苦労したのだ。
「素晴らしいお嬢様ですね。感服いたしました」
レイノルドさんは特に動じる様子もなくニコニコしている。なんだかママさんの親バカなところを見られた気がして気恥ずかしい。
「レイノルド、モーガンは帰っているの?」
「モーガン坊ちゃまはラッセル様のお仕事に同行されて、ビッケルに滞在しております。戻りは3日後になるとうかがっております」
どうやら従兄のモーガンお兄ちゃまはこのお屋敷に住んでいるらしい。会えたらブローチのお礼を言わなくちゃね。
2階の寝室へ案内してもらった私は、そのまま夕食までベッドで休ませてもらうことにした。
私の身の回りのものはひととおり持ってきてくれたらしく、お誕生日にもらったヒツジさんやオルゴールも寝室に置かれていた。私が初めての場所で不安にならないようにという心遣いが感じられて嬉しくなる。
◇◇◇
「はじめましてモニカさん。ヴィリアーチェです。よろしくお願いします」
「まあまあ、なんて愛らしいお嬢ちゃまでしょう。困ったことがあればなんでも言ってくださいね」
夕食に呼ばれて食堂に下りていくと、レイノルドさんの奥さんのモニカさんを紹介してもらったので、旦那さんの時と同様に挨拶する。ふくよかな中年女性で、メイドさんって言うよりおかみさんって感じの人だ。すごく世話を焼いてくれそう。
お昼もあまり食べられなかったのでお腹は空いていたのだけど、それ以上に疲れていて食が進まない。せっかく用意してもらった夕食はあまり食べられずに、ベッドへ戻ることとなった。
ママさんは私を寝かしつけると、おでこにキスをする。
「ゆっくり休んで。明日のお茶会で、きっと素敵なお友達に会えるわ」
◇◇◇
「さあ、着いたわよ。お友達に会いに行きましょう」
翌日、ママさんに連れられて馬車で向かった先、なんとなく予想はしてたけど、やっぱりここ、王宮だよね?




