6:お茶会まで何マイル?
ブックマークありがとうございます!
ある晴れた昼さがり、王都へと続く道、私は馬車の中でゴトゴト揺られながら、何度目かの生あくびを噛み殺していた。
進路の右側はゴツゴツとした岩壁が連なり、左側は眼下に深い沢へと続く急斜面が切り立っている。沢の向こうはと見れば、麓こそ木々で生い茂っているものの、目線を上げると、やはり岩肌の露出した山腹が視界の正面を覆っていた。
ここは渓谷の中腹を切り開いて作られた街道なのだ。
私の隣ではママさんが馬車の揺れをものともせずに、せっせと編み物の手を進めている。向かいの席ではメイドのメアリさんが背筋を伸ばしつつも目を伏せていた。寝ているわけではなく、何かを聞き逃すまいと神経を集中しているようにも見える。
そして私はというと、押し寄せる馬車酔いとの戦いに勝ち筋を見いだすべく、酔い止めにもらったレモンと生姜の砂糖漬けを口に含み、窓外の変化に乏しい光景の中から少しでも新たな情報を得ようと視線をめぐらせていた。道はうねりながらも、概ね山の形に添って時計回りにカーブしており、曲がった先がどうなっているのか、馬車の窓からは知ることが出来ない。わかるのは先を行く騎士さんの乗っている馬のおしりがでっかいなあということくらいだ。騎士さんは8人いて、私たちの乗る馬車ともう一台の周りをそれぞれの死角を補うように隊列を組んで護衛してくれている。
軽い朝食をとってから屋敷を出発し、西の関所から領地を抜け、途中で30分の休憩を挟んだ以外ひたすら街道を進むこと四時間あまり。街道は整地されているもののアスファルトのような舗装がされているわけではなく、それなりにデコボコしている。馬車に備わっているサスペンションのおかげで路面からの振動がダイレクトに伝わってくることはないけれど、ひっきりなしに揺られ続けたせいか、しだいに胃の上の辺りがムカムカしてきた。
「ヴィヴィちゃん、どうしたの? 気分が悪いの?」
私の異変に気づいたママさんが心配そうにのぞき込む。優しい声にくすぐられる耳の奥で、私の三半規管は今まさに臨界点を突破しようとしていた。
青い顔でダラダラ冷や汗を垂らす私の頭を、ママさんが優しく抱き寄せてくれる。
「次の停車場まですぐだから、もう少しだけ辛抱してね」
狭い馬車の中で粗相をしようものなら大惨事である。エチケット袋なんてものは無さそうなので、最悪の事態はなんとしても避けたい。
頑張れ私。唸れ、なけなしの腹筋力。私は己の丹田に意識を集中する。呼吸を極めれば吐き気を止めることなど造作もない。
◇◇◇
新たな呼吸法をマスターする間もなく停車場に到着したことで、私の幼い尊厳はどうにか保たれた。長女だから耐えられたけど、次女だったら危なかったかもしれない。王都に着く前に嘔吐するなんて下手な洒落とは無縁でありたいよね。
停車場は山間の鞍部(山と山がくっついた時に出来るへこんだ部分)に至る緩やかな斜面を利用して作られた野営地のようだ。サービスエリアのように店が開かれていたりはしないけど、馬留や水場、そこそこ広い東屋などがあり、掃除が行き届いている様子からも、きちんと管理されている施設のようだった。
馬車の中にいるよりは気分が良くなるだろうということで、私は東屋のベンチに横になって休むこととなった。
「ごめんなさい。前に馬車でお出かけしたときは平気そうにしてたから、大丈夫だと思ったんだけど…」
ママさんは申し訳なさそうに私の頭を撫でる。
「奥様、お嬢様くらいの年頃ですと、成長と共に外からの刺激に敏感になっていくものなのです。兄夫婦の子も、言葉を覚える頃までは長く馬車に揺られてもけろりとしておりました。おそらく学園に通い始める頃には落ち着くかと思います」
テキパキ荷物を広げながらもよどみなく解説してくれるメアリさんが頼もしい。確かに前世でも小学生の頃が一番乗り物酔いが酷かった気がする。
一行は私の体調を慮って、予定より長めの休憩を取ることになった。とはいえ、日が落ちる前に王都入りしなくてはならないため、一時間くらいが限度らしい。
横になって20分ほど経った頃には、吐き気はほぼおさまっていた。少しは食べ物をお腹に入れた方が良いと言うことで、お弁当のパイ包みとチーズをいただく。パイ包みはいろんな具を包んで食べやすくしたおにぎり的なもの。中に何が入っているのか食べてからのお楽しみである。今回はキノコだったよ。
馬留の方を見れば、お馬さん達も何かをもらってボリボリ食べている。興味が湧いたのでとてとてと寄っていくと、砂糖の塊をあげているのだと騎士のお兄さんが教えてくれた。
「手のひらに乗せて、顔の前に持っていくんだよ」
噛まれないためのレクチャーを受けて、私も砂糖の塊を物欲しそうに見ているお馬さんの鼻先に差し出してみる。するとお馬さんは歯をむき出しにしたりせず、くちびるの先で「はむっ」とくわえて持っていく。ひとしきりボリボリしたあと、また顔を近づけてきたけど、おかわりの要求とかではないらしい。騎士のお兄さんの言うことにゃ、撫でられ待ちだそうな。サービス精神に富んだお馬さんらしく、鼻にも触らせてくれた。ふにふに。
アニマルセラピーの効能か、出発する頃には私の体調もすっかり回復していた。再び馬車に乗り込み、私たちの一行は停車場をあとにする。ちなみに私たちが乗る馬車の他にもう一台馬車があるのだけど、キャビンには誰も乗っていない。なんでも、予備だったりダミーだったりだとかなんとか。よくわからないけど、念には念をってことらしい。
停車場を出発してさらに二時間ほど揺られていると、次第に視界が開けてきた。街道が山道を抜け平野部へと進出すると、ほどなくして関所が見えてくる。こちらの騎士さん達とは装飾の異なる制服を着た門兵さんたちに迎えられ、待ち時間無しでゲートが開く。通行手形のやり取りはあったようだけど、ほとんど顔パスも同然だ。あとで聞いた話によれば、普通は照合やらなんやらでしばらく待たされるものらしい。これぞ家紋の力といったところか。
関所を抜けた先で交差する街道を東へと右折すれば、目になじみのある農村地が広がっており、もはや懐かしさすら覚える。
けれど、ここはスピニグラードではない。その違いを示すものとして、街道の先、まだ距離はあるのに、遠くからでもはっきりと見えるものがある。
それは壁だった。関所を囲っている丸太の塀とは比ぶべくもない巨大な石の壁。
王国の首都、王都サンサリアの城壁は黄金色の夕日に照らされ、その堂々たる威風を誇示していた。
本文中で主人公がメアリの立場をメイドと呼称していますが、立場的には他の作品に見られる侍女としての役割に相当します。この時点ではヴィリアーチェが侍女とメイドの違いをよくわかってないことと、英語表記ではレディースメイドと呼称されることから、あえてメイドの一種として扱っています。前回言及されていた掃除や洗濯を行うメイドたちはハウスメイドに分類され、こちらが一般的にメイドとされるものになります。




