21:鳴動
※終盤、次回のショッキングな展開につながる描写があります。ご注意ください。
「ヴィーチェ、どうかお元気で。これから毎日お手紙を書きますわね」
出発の朝、見送りに来てくれたマデリンは瞳を潤ませ私の手を握って言った。
「毎日はさすがに大変じゃないかな。でもありがとう。私も頑張ってお返事を書くよ」
マデリンが手伝ってくれたおかげで、私の読み書きもだいぶ上達したのだ。その恩に報いるためにも早く手紙を書けるようにならなくては。
「きっと近いうちにスピニグラードへ参りますわね。その時にはヴィーチェと一緒に領内を散策したいですわ!」
「うん、待ってる。でもスピニグラードってヒツジさんと畑くらいしかないよ?」
私もそこまで領内に詳しいわけではないけれど、印象としてはそんなものだ。
「スピニグラードにも重要な古戦場跡があるんですのよ! 早くヴィーチェに実地での解説をして差し上げたいですわ!」
ブ、ブレない。しかも私の地元なのに私が案内される側なのか。
「ぜひヴィーチェもオルランジェにいらしてくださいまし! 春には花々が咲き誇って、たいそう美しい景色が見られますのよ!」
マデリンの地元、バヤリス侯爵領オルランジェは、スピニグラードとは王都を挟んで反対側の北にある広大な領地だ。染料の元になる花の一大生産地なので、その景色を売りにした観光地としても人気なのだという。ちなみに果樹園も盛んだそうな。
「それは春になるのが楽しみだね。一緒にお花の咲く中を歩けたら素敵だろうなあ」
辺り一面の花々に囲まれたマデリンの姿を想像してみる。それはきっと絵になる光景に違いない。
「ええ、ええ、是非いらしてください。案内して差し上げますわ」
マデリンと出会ってまだ10日だというのに、まるで古くからの友人だったように名残惜しさは尽きない。王都での暮らしにも慣れ始め、あたかも半年くらいは滞在していたように感じている。
けれど、いつまでも名残惜しんではいられない。出発が遅くなれば、到着する前に日が暮れてしまう。
「奥さま、お嬢様、次にお戻りになられる日を、私ども夫婦、心よりお待ちしております」
レイノルドさんとモニカさん夫妻も揃ってお見送りに出てきてくれている。モーガンお兄ちゃまはその横で控えめな感じで立っていた。
「レイノルド、モニカ、モーガンのことよろしくお願いね」
「畏まりました。おまかせください」
「次の休みに領地へお戻りになるまでには、しっかり肉をつけてあげますよ」
モーガンお兄ちゃまはメアリさんのヘアカットにより清潔感のある美少年へと進化したものの、その線の細さが見てて不安を覚えるレベルだ。作業に没頭すると時間が過ぎても家へ帰らず、食事をするのも忘れるクセがあるのだと聞く。
「お兄ちゃま、これからはちゃんと家に帰って、モニカさんのお料理をしっかり食べてください」
私のお願いしたエレベーターの設計をしてもらうのだから、それで倒れられても困るのだ。
「う、うん、努力するよ」
どことなく歯切れは悪いけど、一応約束してくれて一安心。
「それではお兄ちゃま、エレベーターのこと、よろしくお願いします」
「うん。年内に工事の手配までいけるはず。頑張るから期待して待っててよ」
頼もしいお言葉。普段はおどおどしてるのに、仕事のことになると自信に満ちた物言いになるんだよね。
全員との挨拶が終わり、ついに王都を出発する時が来た。ここへ来た日と同じように、8人の騎士さんたちに囲まれ、私たちの乗り込んだ馬車が動き出す。
「ヴィーチェー! また会える日を楽しみに待ってますわー!」
マデリンは馬車を追いかけてきたりはしないものの、姿が見えなくなるまで手を振り続けてくれた。もちろん私も窓から身を乗り出して答え続けたのだった。
◇◇◇
王都からスピニグラードまでの道のりは馬車での移動時間のみで6時間ほど。そこに30分の休憩を2回挟んで合計7時間というのが標準的な旅程だ。
しかし前回、私が盛大に馬車酔いを起こしてしまったのを重く見たママさんは、途中の休憩をそれぞれ1時間という形にしてしまった。なので到着までは8時間。暇である。本を読めば酔いが加速するのは必至なので、ヒツジさんの編みぐるみをもふもふして気を紛らわせるのだ。もふもふ。
しかし、いくらもふもふとは言え、私の手持ち無沙汰っぷりを完全に撃退することは出来ない。そこで2時間ごとの休憩タイムが効いてくる。お世話になってるお馬さんたちとのふれあいチャンスだ。馬車馬のように働かせるって言葉があるけど、侯爵家のお馬さんたちは大切にされていて、たいそう毛艶が良い。それに、何というか私を見つめる瞳が優しいんだよね。犬は子供に優しいって聞くけど、お馬さんもそうなのかな?
それにしても、やはり馬車の揺れは体に堪える。お腹の中で胃や腸がフワフワ揺れ動くような、何とも言えない気持ち悪さだ。車台とキャビンを繋ぐ板バネのサスペンションの反発力が強いのだ。これがないとガタゴトな振動が直接おしりに伝わってくるだろうから、あまり文句は言えない。私は往路と同じように酔い止めの砂糖漬けを噛みしめて耐えるほか無い。けれど最初から休憩時間が長めに取られていたおかげで前回ほどの辛さはなかった。ママさんの賢明な判断に感謝だ。
そんなこんなで2度目の休憩を終え、スピニグラードへ向けて山腹の街道を進み30分ほどが経った頃だった。
外でなにやら声が上がり、ほどなくして馬車が停止する。何事かと外を見ると、前方から馬に乗った騎士さんが一人やってきた。先導役の二人のうちの一人だ。
「申し上げます。前方の道で広範囲に落石が散らばっております。これより調査に入りますので、しばらくお待ちください」
◇◇◇
動かない馬車の中で待つこと15分ほど。調査の結果、街道の先で二百メートルほどにわたり落石や土砂が散乱しているとのこと。街道の側面、山肌の上の方から落ちてきたらしい。昨日まで降り続いていた雨の影響だろうか。今のところさらなる落石が起こる兆候は見られないらしい。幸い道が完全に埋もれていると言うことは無く、障害物を避けて歩くのは難しくはない。しかし、馬車にとっては相当な悪路となり、危険が伴いそうである。
今ここにいる人たちで馬車が通れるようになるまで石や土砂をどかすのは時間がかかり現実的ではない。そこでママさんは二つの選択肢の中から決断を迫られることになる。
ひとつめの選択肢は、今から王都へ引き返し、街道が復旧するまで待つと言うこと。
ふたつめの選択肢は、今乗っている馬車を置いて向こう側へ渡り、スピニグラードから迎えの馬車をよこしてもらうというものだ。
今の時刻は午後三時を回ったあたり。行路のの4分の3ほどを消化しており、本来であればあと一時間半ほどでスピニグラードへ到着する距離だ。ここから王都へ戻るとなると休憩無しで4時間半。着くのは夜の八時近くになる。夜間の到着であるのに加え、私の体力の問題があるので、ママさん的には避けたいようだった。
ふたつめのプランで考えるなら、まず連絡係の騎士さんを単騎で送り出し、早馬でお屋敷へ戻って連絡をつけてもらい、迎えの馬車をよこしてもらう。早馬がお屋敷へ着くまでが30分。そこから迎えの馬車が出てこちらへ到着するのが1時間半、私たちが乗り込み、お屋敷へ着くのがさらに1時間半で合計3時間半といったところか。時間はそれなりに要するが王都へ戻るよりは1時間ほど早い上、余分に馬車に揺られることが無い分、こちらの方が負担は少ないと言える。
順当に後者のプランが選ばれ、私たちは迎えが来るまで待つこととなった。お屋敷からの馬車を待つ間、騎士さん達は少しでも歩きやすくするために通り道から石をどかす作業をしてくれている。馬車は馬を外すため、道の山側の端に寄せられる。私はママさんと二人、馬車の中に残っている。メアリさんは外で他の人から状況を聞いているようだ。
太陽はとっくにその姿を隠し、残光に照らされた周囲は本来の色彩を欠いて青みがかっていた。しだいに秋の夜の寒さが足音を忍ばせて迫ってくる。
「もう少し暖かくしましょうね」
ママさんは荷物入れからトランクケースを取り出す。その中には私の着替えやオルゴールなど、私の身の回りのものが収められていた。
私はボレロの上から毛糸のケープを着せてもらう。お誕生日にもらったママさんお手製のフード付きケープだ。耳がじんわり暖かい。伯母さんからいただいたミトンも合わせて装着する。
? 馬車を移動させるのだろうか? 小さな振動が床面を通じて伝わってくる。
数秒後、小さな振動にさらに大きな振動が重なるようにしてキャビンを震わせる。サスペンションが弾み、接合部がきしむような音を立てる。
あ、これは地震だ。前世では珍しくもなかったが、今の人生の中で地震を感じた記憶は思い当たらなかった。この地で地震が起こることはめったになかったのだと思う。
ママさんにとっても地震は驚くことであるらしく、明らかな狼狽の表情を浮かべていた。焦るような動きで私の体を抱き寄せ、両手で庇うように包み込む。
その直後だった。
私の世界から重力が消えた。
評価ポイントありがとうございます!
前書きでもお伝えしたように、次回はショッキングな展開となります。ご留意の上でお読みください。
やや重めな描写を入れる予定ですが、人が亡くなったりするようなことはありませんので、その点はご安心を。




