20:ご令嬢はゲームがお好き
「このシャフトがゴンドラの移動と連動して回転するボルトになってます。ゴンドラが上端、もしくは下端に近づくほどシャフトに接続された受けがスプリングを押し込み、ガイドロープへの圧力を増やして減速させます」
「ふむ、仮にブレーキ操作が行われなかったとしても、終点に到達した時にゴンドラは十分減速されていて、受ける衝撃は大きく緩和されるというわけか」
私が図面の中に描かれた装置――自動減速器について説明すると、ラッセル先生は顎をさすりながら何度か頷いて見せた。
王国の様々な研究機関が集められた四角い建物。その一角にある研究室に、私は再び足を運んでいた。昨晩完成させたばかりのエレベーターの構造図をラッセル先生に見てもらうためだ。
エレベーターのゴンドラは山の斜面に敷設されたガイドレールに左右を挟まれるような形で移動する。いくつかある手動ブレーキの一つはゴンドラ内からレバーで操作するもので、ゴンドラに据え付けられたブレーキアームがガイドレールを掴むようにして減速、および停止をおこなう。
ただ、ブレーキ操作を手動だけに頼っていては事故を引き起こしかねない。そこで考えたのが先ほど話に出た自動減速器だ。動滑車でゴンドラに動力を伝えるメインロープとは別に、ゴンドラと直結しエレベーターの上端の滑車から下端の滑車までをぐるりと輪のように結ぶのがガイドロープだ。減速器はガイドロープを挟み込む形で作用する。実のところ手動ブレーキを使わずとも自動減速器と終端の緩衝器だけでゴンドラは安全に止まることが出来る。どちらかと言えば手動ブレーキの方が保険的な意味合いが大きい。
「もう一つの安全装置は非常止めです。一定の速度を超えた場合ゴンドラからストッパーが引き出され、ガイドレールとの間に挟まります」
これは前世で現代式のエレベーターが採用していた方式だ。ガイドロープの滑車が一定の速度以上で回転すると、滑車に取り付けられた金具が遠心力によって外側にスライドし、ゴンドラに格納されたくさび状のストッパー(ドアストッパーをイメージして欲しい)につながるワイヤーを引き絞る。そして引き出されたストッパーが落下するゴンドラとガイドレールの間に挟み込まれ減速、停止する仕組みだ。ブレーキや自動減速器が間に合わない場合の保険である。
「安全面に関しても十分考えられているようだね」
どうやらラッセル先生からは合格点をもらえそうだ。
「ところで気になっていたんだが……この図はヴィリアーチェくんが描いたのかね?」
先生が示したのは装置の構造図だ。立体的な構造がわかりやすいように等角図法を用いて描いてある。左右斜め30度の線と縦線を組み合わせれば箱を斜め上から見下ろしたような図を簡単に描くことが出来る。
「モーガンお兄ちゃまの製図道具を借りて描きましたが、どこかおかしかったですか?」
「いや、あまり見ない図法だから、どこで学んだのか気になったのでね」
最初に等角図を習ったのは、たしか前世の中学の授業だ。薄青色のグリッドの引かれた製図用紙に定規と鉛筆で図を書き込んだ記憶が映像として呼び起こされる。
等角図は私がもっとも好きな図法だ。この方式で描かれたコンピューターゲームの画面を見てときめいたこともあったような気がする。
等角図は構造を立体的に把握しやすい反面、伝えられる情報量に限界があり、実製作の現場においては三面図の用意が不可欠だ。実用性で劣る等角図は本職の設計士さんにとっては見る機会が限られても不思議ではないのかもしれない。
ただ、今回私が作成したものは本設計前の草案だ。なので現場向きの図法ではなくイメージしやすさ優先の等角図を選んだのだ。
「私は文字で説明出来ないので、その分、図でわかりやすくしようと思い、この描き方にしました」
「なるほど、どうすれば伝わるか考えた結果というわけだね。なかなか面白いことを考えるじゃあないか」
どうしてかわからないけど、先生はとても気を良くしたようだ。
「オリアンヌくん! ヴィリアーチェくんには是非ともうちの研究室で働いてもらいたいのだが、かまわんかね!」
先生は応接ソファーで待機していたママさんにとんでもない要求を投げつける。
「かまうに決まってるじゃありませんか! 愛しい娘をこの歳で働きづめにする気ですか」
さすがに本気にはしていなさそうに、頬を膨らませて冗談っぽく抗議するママさんが可愛い。
「まるっきり冗談というわけでも無いんだがね。ヴィリアーチェくん、君さえ良ければいつでも私のところに来ると良い。歓迎するよ」
どうやら本気で私を勧誘しているようだ。正直、魅力を感じないわけでもない。とはいえ、さすがに私の一存で決められることじゃないためこの場では保留にせざるを得ない。
「前向きに検討させていただきます」
何やら話の趣旨がズレたけど、私の提出したエレベーター構造図は無事受け取ってもらえたのだった。あとはモーガンお兄ちゃまに頑張ってもらおう。
◇◇◇
私が王都に滞在する日も残り少なくなっていた。そもそも当初に予定されていた滞在期間の一週間はすでに過ぎている。ジャクリーヌ殿下の誕生会があったり、エレベーターの件や玩具店のこともあったりして予定がずれ込んだため滞在を四日間延長したのだ。ママさんはスピニグラードのお屋敷でのお仕事があるので、いつまでも留守にしているわけにもいかないらしい。
残りの日々はあいにくの雨模様が続いた。私はお部屋でマデリンに読み書きの勉強を手伝ってもらったり、一緒にゲームを楽しんだりして過ごした。マデリンの滞在しているバヤリス侯爵家の王都屋敷は、同じストリートを挟んだ向かいの並びにあり、ラングシュタインの屋敷からもさほど離れていなかった。
私がバヤリス邸を訪ねていくと、意外にも見知った顔がいた。エスコット男爵家のグレーテちゃんだ。彼女の母親はマデリンの実の叔母さんにあたるそうで、つまりマデリンとは従姉妹の関係となる。これまでもなにかと彼女のめんどうを見る機会が多かったらしく、お茶会でマデリンが他の子供たちを相手に上手に立ち回れたのも、彼女の存在が関係していたようだ。
マデリンの部屋にお邪魔すると、彼女は画板よりすこし大きな板状のものを取り出した。マデリンによれば、それはチェスのようなコマを使ったボードゲームだという。盤面には戦場の地形が描かれており、その上を兵士たちを表すコマを動かして、相手の陣地を攻め落とすか敵将を討ち取れば勝ちというものだ。所々に手作り感がうかがえるのは、既存のボードゲームをマデリンが改造して作った結果らしい。
ルールを説明してもらいながらプレイし、はじめの2回はマデリンが順当に勝利する。コツを掴んだ私は3回目で勝つことが出来た。4回目では手を変えたマデリンが辛勝し、最後の5回目で再び私が勝利を手にした。
「さ、さすがラングシュタイン将軍、お見事ですわ」
熱のこもった戦いに、マデリンも私も額に汗し肩で息をしている。同じ部屋でお人形遊びをしていたグレーテは退屈からか寝てしまっていた。
「私とここまで渡り合えた相手は、叔父様以来ですの」
叔父様というのはグレーテの父親のことだ。エスコット男爵家は代々バヤリス侯爵家に仕える騎士の家で、兵法にも詳しいらしい。ちなみにマデリンはグレーテにも相手をさせようとしたがルールを理解することを早々に放棄したとのこと。
「良い勝負が出来て楽しかったですわ。ありがとうございますヴィーチェ」
「私も面白かったよ。ありがとうマデリン」
それから私たちは、他愛のないおしゃべりに嵩じた。
領地に帰ったら最初に何をするかだったり、屋敷の料理人の得意メニューについてだったり。
明日はいよいよスピニグラードへ戻る日だ。マデリンとはしばらく会えなくなるだろう。
だから、この時間がもう少しだけ長く続いて欲しいと思った。




