19:ほんの小さな約束
私が契約の意思を伝え、積み木倒しの遊び方について説明を終えると、カメリアさんは私の話したことをメモにまとめた後、丁重にお礼の言葉を述べる。それでこの日は解散となった。
翌日、ドノヴァン伯爵夫人と玩具店マネージャーのカメリアさん、そして伯爵家の法律顧問を名乗る紳士が王都のラングシュタイン邸を訪れた。こちらもラングシュタイン侯爵家の委任を受けた法律家の先生を招き、同席してもらうことになっていた。
伯爵家の用意した書面の確認は滞りなく行われ、私は昨日練習して身につけたばかりのサインで署名した。
「それでは、さっそくですが今回の商品に関してお嬢様のご意見をいただきたいと思います。先日お嬢様からうかがったアイデアを元に試作品を用意させていただきましたので、ご覧くださいませ」
そう言ってカメリアさんはアタッシュケースから靴箱大のものを取り出す。
「基本となるのがこちらのベーシックセットでございます。まず百枚のゲーム牌、こちらは仮のものとして当社の積み木セットのものを流用しておりますが、専用のデザインのものを製作する予定でございます。そして、こちらがお嬢様にご提案いただいたプレイマット4枚セットでございます。盤面に描かれた図に沿ってゲーム牌を並べることで初心者でも迷わずに遊べるというものでございますね。マットの配置や向き、裏表を入れ替えることで幾通りものパターンを生み出せるというのは、実に素晴らしいアイデアでございます。そして最後に遊び方の手引き書でございます。文字を読めないお子様でも図を見るだけで理解出来るように工夫しております」
仕事が早い! 昨日私が話しただけのアイデアを次の日に形にして持ってくるとは。
手引き書では、私の伝えた遊び方がわかりやすく図解されていた。基本の並べ方、牌と牌の距離のとり方、置いていく順番、全滅防止の方法などなど。それに加え、子供が遊ぶ様子のイラストも添えられていた。注意書きの部分では、途中で牌を倒してしまってショックを受ける男の子の表情が秀逸だった。
「とてもわかりやすいですし、面白いです。これなら小さな子供でも楽しく遊べると思います」
誕生日にもらった絵本で読む練習は始めているものの、いまだにまともに読み書きは出来ない。そんな私にとっても図解入りの手引き書は理解しやすい。元々は自分の伝えた内容であるけれど、そのことを差し引いても、図で示された遊びの手順は読み手の視線を巧みに誘導して頭に入りやすいと感じた。
「これを描いた人は、遊ぶ子供のことを深く考えてらっしゃるのですね。とても優しさを感じます」
笑顔で言ってしまってから、ちょっと上から目線で生意気だったかなと後悔した。恐る恐る反応をうかがうと、カメリアさんが口元をへの字に歪めてぷるぷるしているのが見えた。
「お嬢様……! そのように言っていただけるとは……っ! この仕事について、私なりに工夫を凝らして参りましたが、感無量でございますっ!」
カメリアさんの涙腺が決壊した。
「もしかして、これを描いたの、カメリアさんですか……?」
カメリアさんは眼鏡を押し上げてハンカチで涙を拭いつつも頷く。
「わたくしどもの店ではお子様の笑顔を何より大切にしたいと考えて業務に当たっております。けれどわたくしの容姿では来店されたお子様に威圧感を与えてしまいかねないため、極力姿を現さないように接客は親しみやすい店員にまかせております。ですので、お子様より直接感想をいただく機会も無かったわけですが、こうしてお嬢様のような方に面と向かって言っていただけて、それがこれほどまでに心に響くとは、わたくし、この仕事を続けてきて本当に良かったと……っ!」
こんなに涙もろい人だったなんて。最初のイメージとは全然違ったけれど、色々と腑に落ちた部分もあった。商売っ気よりも誠実さを優先する人柄が、昨日の話し合いの中でもそこかしこに見られたからだ。あらためて、この人のお店と契約して良かったと思えた。
カメリアさんが落ち着いた後で、再度商品に関する意見を伝える。
「こちらは比較的低年齢向けの商品なので、流用元の積み木も小さくて軽いものが使われてますよね? 木材も柔らかい手触りで、優しい印象です」
「はい。遊ばれるお子様が怪我をされないよう、木材の質も厳選しております」
「小さな子供が遊ぶには最適だと思います。ただ、もう少し上の子供や、競技目的で使用するには向いていない部分もあります」
「競技目的、と言いますと?」
「並べて倒す、という遊び方は同じですが、どれだけの枚数を並べて倒しきれるかだったり、同じ時間で並べて、より多くの枚数を倒した側が勝ちといった、競技種目としての使用です。その場合、サイズをもっと大きくして、材質も重量があって安定感のあるものが向いていると思います」
たしか前世の記憶では大会やギネス記録などもあったはずだ。
「つまり、小さなお子様だけでなく、もっと広く遊ばれる可能性を見据えて商品展開を考えるべきだとおっしゃるのですね」
契約の範囲以上に口を出し過ぎという自覚はあったけど、この際なので自分の知識は惜しみなく伝えておきたかった。
「わかりました。お嬢様の貴重なご意見、わたくしめが必ずや結実してご覧に入れましょう!」
そう言って立ち上がるカメリアさんの表情は自信に満ちていた。
◇◇◇
次の日、再び私はママさんに連れられ王宮を訪れていた。ジャクリーヌ王女殿下の誕生会の招待を受けてのことだった。場所は先日も芸術鑑賞で招かれたホールである。この日の私はママさんとメアリさんに入念にヘアメイクとドレスアップを施されていた。主役は王女殿下なのだから、私はそこまで気合い入れなくて良いと思うのだけどね。
限られた招待客だけのプライベートパーティーと聞いていたので、なんとなく私の誕生パーティーのイメージを重ねていたけれど、もちろんそんな規模ではなかった。
招待客としてそこにいるのは皆、王家と関わりの深い者達だ。古くから王家を支えてきた高位の貴族だったり、その才能を教師として高く買われた芸術家だったり、なにかしら一流として存在を認められた面々であることは明らかだった。
そんな中、私たちお茶会メンバーの子供たちとその母親が急遽ゲストとして追加されたわけだけど、少なからずアウェー感を禁じ得ない。そもそも王女殿下とはあの日一度顔を合わせただけだ。
なんとなく落ち着かない心持ちで見知った顔を探していると、招待客に挨拶をして回っていた王女殿下が私に気づいて駆け寄ってきた。
「やあヴィリアーチェ嬢、来てくれてありがとう。そのドレス、すごく似合ってるよ」
そういうジャクリーヌ殿下はドレスではなくパンツスタイルの正装だ。相変わらずの王子様っぷりがまぶしい。
「お誕生日おめでとうございます、王女殿下。本日はご招待くださりありがとうございます」
カーテシーで応える。
「気楽に楽しんでいってくれ。ごちそうとデザートも色々用意してあるから、なんでも好きなものを味わうといい」
そう言って示す先には、カラフルなクリームに彩られたケーキタワーや積み上げられた焼き菓子のひしめくテーブルがあった。おそらく急遽増えた子供の招待客のために手配されたものだろう。
「お心遣いに感謝いたします」
「うん。気に入ったものがあれば屋敷に届けさせるからホール係に遠慮なく申しつけてくれ。この後の劇も最後まで見てくれると嬉しい」
それでは劇の準備があるのでと言ってジャクリーヌ殿下は去って行った。
しばらくすると、笛と弦楽器の二重奏がホールに響き、人々の注意を引いた。
「本日はジャクリーヌ王女殿下の8歳の誕生を祝う会にお越しくださりありがとうございます。それではこれより、ジャクリーヌ王女殿下並びに王立バレエ劇団年少組による舞台劇を行います」
人々が耳を傾ける中、進行役が舞台の始まりを告げる。
招待客たちはホールのステージ前に用意された席へと案内され、客席側の照明に覆いが掛けられていく。私もママさんに手を引かれ着席する。
「この物語は、古くから親しまれている童話を元に王女殿下自らアレンジを加えられました。妖精の国へ流れ着いた幼子が成長し、本当の両親を探して旅に出る物語です。どうぞ最後までお楽しみください」
どうやら劇の前にあらすじを教えてくれるらしい。劇のオープニングが始まるとその理由がわかった。バレエで表現する無声劇なのだ。
ステージの両サイドからジャクリーヌ殿下と同年代とみられる少年少女たちが現れ、音楽に合わせて舞いながらステージ中央の幕の前をすれ違っていく。彼らが両袖に捌けると、中央の幕に影絵が映し出される。馬車のようだった。最初は和やかな曲が流れていたが、次第に旋律は不穏になり、馬車のシルエットが左右に傾く。雷鳴を思わせるシンバルが鳴り響くと馬車のシルエットをかたどっていたものがパタンと倒される。嵐の中で馬車が事故に遭ったようだ。
上手の袖から水色の長布を翻しつつ演者たちが下手へと流れていく。川を表現しているのだ。
中央の幕が上がる。そこには小さく体を丸めて横たわる子供の姿があった。チュチュのような舞台衣装に身を包んだジャクリーヌ殿下だった。
両袖から妖精の衣装を身につけた演者たちが現れジャクリーヌ殿下を囲むように舞う。その中でゆっくり身を起こすジャクリーヌ殿下。物語の主人公が妖精の国へと流れ着いたのだ。主人公は歓迎され、妖精たちと手を繋いでダンスに加わる。
時は進み、ジャクリーヌ殿下演じる主人公は妖精の女王に送り出されて旅へ出る。
その後、様々な困難に立ち向かいながらも、ついには自分の両親のいる国へとたどり着く主人公。
エンディングはロイヤルファミリーの総出演だ。王族の衣装へと早着替えしたジャクリーヌ殿下が、国王陛下、王妃殿下、そしてサミュエル殿下と順番にパートナーを変えてワルツを披露する。4人共に息のあったダンスだった。国王陛下とは身長差もあるのに、それを感じさせない。曲の終わりに4人横並びになって観客へ礼のポーズを取る。一瞬の静寂の後、観客から拍手が巻き起こった。小さな演者たちも舞台へ上がり、再び全員で礼を取る。再度拍手の音が大きくなった。
◇◇◇
舞台が終わり、ステージから下りた国王陛下たちが観客たちと握手を交わしている。彼らの出演はサプライズだったらしく、招待客から一家を称える声が上がる。
そんな盛況の中、サミュエル殿下が私の元へとやってきた。
「ヴィリアーチェ嬢、劇は楽しんでもらえただろうか」
大役を果たしたばかりの殿下は、額にうっすらと汗をにじませていた。
「はい。素晴らしかったです。サミュエル殿下はダンスもお上手なんですね」
思った通りのことを口にすると、サミュエル殿下はどこかばつの悪そうな顔をする。
「いや、実は自分が受け持つほんの数小節分しか練習出来ていないんだ。姉上に、そこだけ踊れれば良いと言われて。姉上は男性パートもマスターしているというのに」
言われてみれば、舞台の上では王妃様がパートナーになる部分でジャクリーヌ殿下が踊っていたのは男性パートだった。
「それでも少しでも踊れるなら尊敬します。私は少しも踊れないので、あんな風に踊れたら素敵だと思います」
私がそう言うと、なぜか殿下の頬が赤くなっていた。
「ええと、これからは練習して全部の曲を踊れるようになろうと思う。だからヴィリアーチェ嬢……」
そこまで言ってなぜか口ごもる。
「はい? なんでしょう」
サミュエル殿下は逸らし気味だった瞳を正面に向け私の顔を捉える。そして意を決したような表情。
「お互い踊れるようになって、一緒の社交の場に出ることがあったら、その時はダンスの申し込みをさせて欲しい」
これは可愛い。
こんな小さな王子様が真剣な顔でダンスの申し込みだなんて、なんて微笑ましい光景だろうか。
少し離れたところにいるママさんの表情がニマニマしているのがわかる。
「私で良ければ、喜んでお相手させていただきます」
こんな可愛い申し出、断ったら罰が当たるよ。
「ありがとう。その時がくるのを楽しみにしているよ」
私たちがダンスパーティーに出席するだなんて、きっとかなり先のことだろう。それまで王子様が、この小さな約束を覚えていてくれたら嬉しいな。
この、ほんの小さな約束が、あれほど実現困難なものになるとは、このときの私たちには知る術はなかったのだ。




