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転生令嬢はバリアフリー王国の夢を見る  作者: 黄猫屋トモロヲ


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19/22

18:遊び方の値段

 メアリさんが“それ”を持ち上げると、白銀の煌めきが砥ぎ上げられた刃の上をほとばしる。

 そして彼女は“それ”を持ったまま、椅子の上で目をつむるモーガンお兄ちゃまの背後へと回った。

 

「坊ちゃま、じっとしていてくださいね」


 マスクを通して伝わる声は、低く、くぐもって聞こえた。お兄ちゃまの耳にもその声が届いたのか、のどがゴクリと鳴るように動く。


 お兄ちゃまの耳元に押し当てられた刃先が冷たい光を放つ。


 ――そこから先は、まさに達人の領域。


 メアリさんの手によって切り落とされたそれらが、瞬く間に周囲の床を赤茶色に埋め尽くしていく。

 やがて背後から正面へと回り込んだメアリさんの体に隠され、お兄ちゃまがどうなっているのか、私の位置から窺い知ることは出来ない。


 そして、最後の一閃が通り過ぎ、メアリさんの体が横にずれると、そこには数刻前とは大きく異なるお兄ちゃまの姿が……


 それを見た私は、叫ばずにはいられなかった。



「ステキ! まるでプロの美容師さんみたい!」



 メアリさんの卓越したヘアカットの技によって、毛刈りをサボったヒツジさんのようだったお兄ちゃまの姿は、清潔感あふれる美少年へと変貌したのだった。



◇◇◇



 研究室での一件のあと、ママさんとメアリさんは退庁時間を過ぎてもなおも残って仕事を続けようとするモーガンお兄ちゃまを半ば引きずるように連れ出し、私たちが乗ってきた馬車で一緒に帰宅したのだった。「クレーンの報告書をまとめないと……」と渋るお兄ちゃまだったけど、ラッセル先生も「港町から帰ったばかりで疲れてるだろうし、今日はもう帰りなさい」と送り出してくれた。先生も早く帰って休んだ方が良いと思うよ。


 そして帰宅するなり、お兄ちゃまはメアリさんにドレスルームへと連行され、無事ハサミのえじきになったのだった。


 王都に来てから4日目の夜。人数が一人増えた食卓での夕食は、昨日までのものよりひときわ暖かく美味しく感じられた。


◇◇◇


 翌朝、モーガンお兄ちゃまはお屋敷のみんなに見送られて一人登城していった。私もエレベーターの件を進めなければならないので、お屋敷に残って宿題に取りかかる。お兄ちゃまの部屋の製図道具は好きに使って良いとのことなので、お言葉に甘えて部屋ごと使わせてもらうことにした。

 住人が普段あまり部屋にいないせいなのか、いささか生活感に乏しい。けれど製図台の上には使い込まれた形跡があった。

 私は製図台に付いたキズをそっと指で撫でる。すると、何か懐かしいような不思議な気持ちがこみ上げてくる。ずっと前に、こうして触れていたような、そんな記憶が呼び覚まされるようだった。

 そんな感傷めいた気持ちを胸に抱きつつ、私は仕事に取りかかった。


◇◇◇


 その日の午後、来客があった。


 ドノヴァン伯爵夫人が、伯爵家の所有する玩具店のマネージャーさんを伴い訪ねてきたのだ。

 アポ自体は昨日のうちに取られていたらしく、来客への応対はスムーズだった。私は作業を中断し、ママさんと共にドローイングルームの応接デスクを挟んで彼らと向かい合っていた。


「先日、伯爵家のお坊ちゃまが積み木を用いて変わった遊びをされているのを目にしまして。詳細をうかがったところ、こちらのお嬢様に教えていただいたとのことでした」


 マネージャーさんはカメリアさんという女性で、格式張った物言いと神経質そうな眼鏡越しの瞳から、前世の記憶で見た、外国を舞台にした古いアニメの登場人物の家庭教師が思い起こされた。


「商標および意匠の登録を調査いたしましたところ、どこにも記録のない新しい遊びであると結論づけました」


 ふむ? 教えたのはただの積み木倒しのはずだけど。


「そこで、お嬢様の考案された遊びを、当方にて商品化および販売をさせていただきたく、お願いにうかがったしだいでございます」


「え、ちょっと待ってください。確かに遊びは教えましたけど、誰でも知ってるようなもので、私が考案したというのは正しくないと思いますけど」


「いいえ、多方面に聞き取り調査を行いましたところ、お嬢様のように確立された遊び方を知っているものはおりませんでした。お嬢様独自の遊びと言って差し支えないかと」


 前世の記憶にあった遊びを教えただけで、けっして私が思いついたわけではないのだけれど…… そう説明してしまいたかったけれど、なにを言っているんだと思われそうで口をつぐむしかなかった。


「お願いしたいのは発案者としてのお嬢様の名前を商品内に使用させていただくことと、遊び方の手引き書を作成するに当たっての監修でございます。こちらからは、ロイヤリティとして商品出荷時に販売価格の3%をお支払いいたします」


「え、名前を、ですか?」


「はい。当社がお客様にお届けする商品には、その成り立ちも付加価値として含まれると考えております。この時代のさるご令嬢が考案した新しい遊びというバックストーリーが加わることで、この先の長い年月の流れに耐えうる商品が完成されるのです」


 ずいぶんと大げさな話に聞こえるけど、後の時代に残るものって案外そう言うものなのかもしれない。


「ヴィヴィちゃんの名前がおもちゃの歴史に刻まれるのね。私は素敵なお話だと思うけど、どうかしら?」


 誇らしげなママさんの表情を前に、断るという選択肢は無さそうだった。



 今日は書面を取り交わすわけではなく、互いの意見がまとまったところであらためて正式な書類を作成する流れらしい。今回はそのためのすりあわせの場だ。その話し合いの中でいくつか興味深い話を聞くことが出来た。

 まず興味を引いたのは、この国の法律では、紙に書かれただけのアイデアを保護する仕組みが無いことである。成果物主義と言って、アイデアを実際に形にしたものが出来上がって初めて権利が認められるというものだ。今回の話にどう関係するかというと、積み木倒しのルールそれだけを権利として登録することは出来ないため、それを遊ぶための玩具を完成させて、それを国に登録する必要があったというのだ。


 例えば、サッカーのルールそれ自体を誰かのアイデアとして国に登録することは出来ない。しかし、サッカーを遊ぶための道具としてサッカーボールを作り、それを遊び方=サッカーのルールと共に登録することは可能、というわけだ。他のボールを代用してサッカーをプレイすることは可能だけれど、サッカーを遊ぶためのサッカーボールはそれ自体がブランディングされたものとなり、スタンダードなものとして市場に君臨し続ける。


 話を戻そう。


 今回はドノヴァン伯爵家が商品化に際し私と契約を結びに来たけれど、他の誰かが先に積み木倒しで遊ぶための商品を完成させ、国の機関に届け出されたら、法的な権利はそちらのものになってしまう。そのような恐れがあるため、お茶会から3日間という極めて短い時間で伯爵家は動いたのだ。


 重要なのは私が許可したかどうかではなく、先に商品を完成させられるかだ。

 それでも彼らは回り道をして私に会いに来た。そうするだけの価値が、この商品にはあると考えたからだ。


 私は彼らの不器用なまでの実直さに感銘を受けた。


「契約、謹んでお受けいたします」


某スイスを舞台にしたアニメに出てくる■ッテンマイヤーさんは、家庭教師ではなく執事だそうです。

私の記憶が間違っていたのかと調べていくと、原作小説では家庭教師だったことが判明。

いったいなぜこんなことに?

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